第332話 世界に散らばる
「――じゃあ、他の先読みの乙女の話も聞かせてくれるか? 体は普通の人間のはずなのに、遠路はるばる聖域まで赴けた理由も、そこにあるんだろう?」
ヒロフミがクインを見つめる。アルはその指摘を聞いて、疑問点が残っていたことを思い出した。
クインは軽く頷き、口を開く。
『そうだな。他の者については、情報を要約して語ることにしよう。その人格については、さして興味もなかろう?』
「そうだな。アルの母親以外は別に。俺が会った先読みの乙女が誰になるのかは多少気になるが……クインが気にしなくてもいいというならそれでいい」
ヒロフミの返答に、クインは軽く頷く。
『大して気にしなくてもいいだろう。まぁ、会った時期を考えると、アルの母親の一代前であろうな。生まれも育ちも特出するところなく、ただヒロフミに託宣を告げるために彷徨い歩いた旅商人だ』
「……俺に託宣をするのが、そいつの役割だったってことか」
『だろうな。精霊やアテナリヤに直接関わりのあったアルの母は、先読みの乙女の中でも特殊な存在だ。ほとんどは、一般の人間とさほど変わらず、だが一つの使命を持って行動し、それを達成するとその後は先読みの乙女としての能力を消失していたようだ』
「へぇ……」
頷いたヒロフミと視線がぶつかった。アルが軽く肩をすくめて返すと、ヒロフミは苦笑する。
どちらにとっても、クインが告げた事実はさほど驚くようなものではなかったということだ。
多くの先読みの乙女に救いとして見出されていたアルの母親なのだから、それは特殊な存在だっただろう。それ以外がさほど目立った行動をしていないことも、不思議には思わなかった。
『それで、先読みの乙女が聖域に行けた理由とはなんなのだ。我は、そのような娘が森を歩いているとは知らなかったぞ』
話の先を促したのはブランだった。僅かに憮然とした様子なのは、自身が管理する森を越えて、ただの娘が聖域に赴いた事実を把握していなかったことが、不満だからであろう。
アルはブランの内心を悟り、苦笑しながらその頭を撫でた。
『把握できなくて、当然なのだ。気にするでない』
クインが目を細めてブランを宥めるも、ブランが納得する様子はなかった。さらに答えを求めるように視線を尖らせているので、アルは肩をすくめる。
「それで、移動手段はなんなのですか? 把握できなくて当然とは、気になりますね」
「もしかして、俺の転移術……いや、アルみたいな転移魔法か?」
ヒロフミが続けて推測を口にすると、クインの尻尾がゆらりと揺れた。口の端がニッとつり上がり、少しばかり狂暴な表情に見える。『よくぞ気づいた!』と言いたいだけなのだろうが。
『さすが、転移の現象を知る者だけに、察しがいいな。実は先読みの乙女は様々な場所に通じる特別な移動手段を持っていたようなのだ』
「様々な場所に? 聖域だけではないということですか」
『うむ。地下に生きる者に残されていた情報によると、大陸のどこかに【転移ポート】という遺跡が点在し、転移ポート間を一瞬で移動できたらしい』
「転移ポート……」
アルは新たな単語を反芻して頷く。おそらくそれは、アルが持っている転移箱のように、異なる地点を一瞬で結びつける作用のあるものなのだろう。転移箱より物自体は大きいが、アルでも作れないこともない。
「遺跡か……。確かに、俺が移動している中でも、いつできたのか、なんのためにあるのか、判明していない遺跡はたくさんあった。その内のどれかが、転移ポートだったということか」
「あれ? それなら、魔法陣とかあるんじゃないのか?」
脳内で記憶を辿りつつ納得するヒロフミに、アカツキが尋ねる。
確かに、転移ポートが転移魔法を使った物ならば、魔法陣があるはずなので、遺跡を見た者ならばその用途が分かって当然だろう。古代魔法大国を築いた第一人者であり、転移の方法を研究し続けてきたヒロフミならばなおさらである。
「……俺が調べた限りでは、そういう遺跡はなかったが。俺が知らない遺跡ってことか?」
ハタと気づいたヒロフミが呟くと、クインが首を振った。
『いや。遺跡自体は隠されていないものだったようだから、ヒロフミが知っている可能性が高いだろうな。だが、その用途は隠されていたはずだ。転移ポートを使えるのは、先読みの乙女の魂を抱く者だけだと限定されていたようだからな』
「使用者を限定、ですか。魔法陣自体を隠していたのか、それとも転移ポートへ至る道を隠していたのか……――?」
アルの中でムクムクと好奇心が湧き上がる。もともと、アルは遺跡などへの関心が強かった。多くの遺跡は魔法に関係していて、魔法の研究をする者として、一度は実際に見てみたいと思っていたのである。
こうして話を聞いていると、転移ポートとはどんなものなのか、見に行きたくてたまらなくなった。
『……アルの旅の目的地が、次々増えていくな』
ブランが呆れたように呟いた。だが、その言葉は一切アルの意思を否定していない。転移ポートを見に行こうと提案したら、ブランは仕方なさそうにため息をつきながら、止めることなくアルについてくるのだろう。ブラン自身はまったく興味はないはずなのに。少し捻くれているが、アルの意思を尊重してくれる相棒なのだ。
アルは微笑み、ブランの頭を撫でる。ブランは鬱陶しそうな顔を作ってアルを見上げたが、何も言わずに目を伏せた。今は撫でられたい気分だったようだ。
『どういう仕組みかは、吾には分からぬ。だが、先読みの乙女の魂を抱く者には、転移ポートへの道が開かれるとされていた。遺跡のどこかに隠れた道があるのやもしれぬな』
クインが微笑ましげな眼差しで補足する。アルは頷きつつ、少し残念な気分でもあった。
何故なら、アルは先読みの乙女の魂を持っていないから、その隠れた道を見つけ出せない可能性が高いのだ。遺跡を見るだけでも楽しいだろうが、やはり魔法陣を見られる方がより楽しいに決まっている。
そんなアルをヒロフミがちらりと見て、小さく首を傾げた。
「アルは先読みの乙女の子どもなわけで、もしかしたら条件に該当するかもしれないぞ。先読みの乙女の魂を抱いているわけではないから、確実ではないけどな」
「そうだったら嬉しいですね」
アルはあまり期待しすぎないでおこうと思いつつも、笑みが浮かぶのは抑えられなかった。
アカツキとサクラが苦笑して肩をすくめる。何かコメントする必要もないくらい、アルの好奇心の向く先は、二人もよく理解していた。
『転移ポートというのが聖域にもあって、先読みの乙女はそれを利用して聖域を訪れていたということだな。――それならば、確かに我が感知することもできない』
ブランがぼそりと呟く。その言葉に、クインが頷き『その可能性が高い』と返した。
「先読みの乙女の移動手段の謎は解けたってことだ。ってなると……他に得られた情報は?」
ヒロフミが話の先を促す。
『うむ……。多くの先読みの乙女は、先ほど言ったように、使命を抱いて行動していた。ヒロフミに託宣を伝えることとかな。たいていは、その後の未来に関わることだったようだ。それ自体は、既に済んでいることだから、ヒロフミたちが今聞いたところでさほど意味のある情報ではないだろう』
「気にはなるが、そろそろ話をまとめたいから、先延ばしせずに言いたいことをさっさと言ってくれ」
躊躇うように冗長に話すクインを、ヒロフミが軽く睨む。アルたちは苦笑しつつも、同感だったのでクインを見つめた。
クインは『う~む……』と呻いたが、一つため息をつくと、ようやく核心を口にする気になったようだ。
『――吾が知った先読みの乙女の中で、特殊といえる存在が二人いた。一人はアルの母親。それは既に語ったな』
「ええ」
アルは軽く頷く。そこで再び一拍おいたクインは、居並ぶ面々に視線を巡らせた。
『――もう一人、特殊というべき存在は、先読みの乙女の初代。まさしく、彼女らの始まりといえる存在だ』
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