第329話 共感と理解
『アルの母親である先読みの乙女は、他にも言葉を残していた』
「地下に生きる者に、ですね?」
アルの確認に、クインが軽く頷く。
『うむ。あやつらが言うには、【長く彷徨い続けた闇の中に、一筋の光が見出された。ようやく得られた救いは、きっと全ての歪みを正してくれるでしょう。いずれ生まれ来る我が子に、全てを託さなくてはならないことは心苦しい。でも、精霊もアテナリヤも、子に加護を与えることを決めてくれた。こんな機会は、最初で最後。私は私の全てを
なんだか曖昧な言葉で、意味を読み取りにくい。それでも、『一筋の光』として見出され、『全ての歪みを正す』存在として語られているのが、アルだということはなんとなく分かる。
「……そういや、俺があった先読みの乙女も、アルのことを救いとなる存在として示唆していたんだよな。それは俺たちにとって、だと思っていたんだが……先読みの乙女にとっても、アルは救いとなる存在だったのか……?」
ヒロフミが考え込みながら呟く。その間、アルは精霊の王に聞いた話を思い出していた。
アルが精霊の魔力核を持って生まれたのは、未来の世界で起きる恐ろしいことを防ぐためだ。だが、アルは実際にどういう役割を望まれているのか、あまり分かっていなかった。
これまで先読みの乙女が残してきた情報を集めると、ヒロフミたちの望みを叶えるよう努めることで、世界にとっても良い方向に進む、ということなのだとは思うが――。
「……俺の頭じゃ、理解できない。一文ずつ紐解いていい?」
「ギブアップが早すぎんだろ、バカツキ」
「どうせ馬鹿だから、仕方ないんですぅー」
「開き直んな」
ヒロフミとアカツキが言い合いを始める。
アルはサクラと顔を見合わせて、苦笑を浮かべた。心を落ち着けるため、ブランを撫でながら、アルの方から話を進める。
「僕も、話は整理しておいた方がいいと思います」
「そうね。ちょっとした認識の齟齬で、上手く物事が進まなくなるかもしれないもの。……えぇっと、まずは――」
アルに続けて、サクラが同意したところで、クインが口を開く。
『【長く彷徨い続けた闇の中で、一筋の光が見出された】だな』
「そう、それね。【長く彷徨い続けた】というのは、先読みの乙女の魂について話していたのと、印象が重なるわよね?」
サクラの言葉に全員が頷く。
アルがふと視線を落とすと、ブランが思い切り顔を顰めて、何か考え込んでいるように見えた。その理由を問いかけようとするも、アルが口を開くより先に、ヒロフミが話を続けたので、後回しにするしかない。ここで話を混乱させるのは良くないだろう。
「たぶん、先読みの乙女は普段魂として世界を漂っていて、適合する人物が現れると、ある種の憑依をして、動くようになるんだろう」
「そうなると、漂っている世界は闇ってこと? この世界、そんな暗くないよな?」
アカツキが不思議そうに首を傾げる。アルもそこは少し気になっていた。
「……そうだな。俺たちが生きている世界、というより、少し次元がズレたところなのかもしれん。なにせ、アカツキのダンジョンや異次元回廊、あるいは地下に生きる者が住む世界とか、この世界には異なる次元がいくつも存在しているみたいだからな。先読みの乙女の魂が、別の次元にあったところでなんの不思議もない」
「あぁー……確かに……。っつーか、この世界、複雑すぎない? 俺たちの世界みたいにもっと単純にしようぜ……」
「俺たちの世界と比べても、そう複雑でもないだろ」
思考停止に陥ったようなアカツキの言葉に、ヒロフミが皮肉っぽい口調で呟き、肩をすくめる。
「ヒロフミさんたちの世界も、ここのように違う次元の空間が存在していたということですか? 空間魔法はないんですよね?」
アカツキとサクラがきょとんとしているのを見て、アルはヒロフミに限定して問いかけた。どうやら同じ世界の住人であっても、世界の見方は異なっているようだと感じたからだ。
「魔法はない。……いや、似たようなのを使えるヤツはいるだろうが。俺みたいに呪術として、とかな。そして、そういう特殊な能力を持っている人間は、世界の表層以外も見なければならなくなる。望まずとも」
少し暗さが窺えるヒロフミの顔から、アカツキとサクラに視線を移す。二人とも、ヒロフミに共感はできない雰囲気だが、理解を示していた。
アルは一拍おいて頷き、ヒロフミを見据える。
「では、僕と同じですね。この世界に生きている多くの人も、ダンジョンや異次元回廊の存在を知らない。そして、世界で巻き起こっている騒動の陰で扇動している存在を知っているのは、ほんの限られた人たちだけ。――僕も、望まずとも、世界の表層以外を目撃することになっているんです」
「……ああ、そうだな。お互い、苦労するな」
ヒロフミと目が合った瞬間に、なんとなくお互いの思いに共感できる気持ちになった。
アルが時折、世界との乖離を感じるのと同じように、ヒロフミも元の世界では一種の孤独を感じていたのだろうと思う。
アルが視線を落とすと、ブランと目が合う。どこか心配そうな眼差しに微笑み掛け、ブランの頭を撫でた。
「苦労はしているのかもしれません。でも、楽しいですよ。少なくとも、退屈はしません。色んな世界を知ることができるなんて、選ばれた者にしか体験できない特権ですね」
「それは、なんというか……アルは、意外と楽天家だな」
「ポジティブな人なんでしょ」
呆れたように呟くヒロフミに、サクラが軽く返す。アカツキはヒロフミの肩をポンポンと叩き、「なんだよ」と殴り返されていた。
アルはそんな三人を眺め、にこりと微笑む。
「否応なく世界の裏側を見せられようと、僕にはブランのように、何があっても傍にいてくれる存在がいますから。暗くなる必要はないでしょう? ――ヒロフミさんだって、理解してくれる人が傍にいる。だから、あまり孤独は感じていないのでは?」
ヒロフミがピタリと動きを止めて、アルを見つめた。アカツキに向けていた拳をぎこちなく下ろしながら、プイッと顔を背ける。普段とは違い、どこか子どもっぽい仕草だ。本心を言い当てられたのが恥ずかしいのだろう。
アルは思わず笑いを噛み殺した。
アカツキがニヤニヤと笑ってヒロフミをつつき、反射的に殴られていたのは仕方ないことだと思う。揶揄うのはよくない。
サクラは穏やかに微笑み、ヒロフミとアカツキを眺めていた。
『……おい。話が逸れまくってるぞ』
不意にブランが口を開く。何故か顔を背けられている。
アルは一瞬その態度を不思議に思ったが、すぐに察した。ブランは、アルがブランを例に出したことを恥ずかしがっているのだ。つまり、ヒロフミと同じである。
思わずアルはふふっと笑ったが、じろりと睨まれて顔を逸らした。そこでクインと目が合う。
「えぇっと、次の言葉は――」
『まだ、【一筋の光が見出された】を読み解いていないが』
「あ、そうでした」
クインがすぐさまアルに応じてくれたので、そのまま話を続ける。
「――これは、僕という存在が生まれることを、先読みの乙女の能力により察知したということでいいんですよね?」
「……あぁ、そうだろうな。アルが先読みの乙女にとって救いとなる存在なら、闇の中を漂っていた魂がアルを光として例えたのも不思議はない」
動揺が静まったヒロフミがアルに同意する。アカツキたちも異存はないようで頷いていた。
「では、次の言葉に移りましょうか」
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