第328話 概念の共通点
ヒロフミはどう説明するか迷うように、視線を空に向けて小さく唸った。それを見て、クインへの説明が終わったサクラが、苦笑を零す。
「宏兄が言いたいのって、名称とかのことじゃない?」
「そう! それも含めてのいろいろだが」
パチリと指を鳴らして、ヒロフミがサクラを指さす。その手をアカツキが叩き落とし、「ちゃんと説明して!」とヒロフミの肩を揺さぶった。ヒロフミはうんざりとした表情である。
「つぅか、アルさんたちはともかく、バカツキは気づくべきじゃねぇか? お前、この世界で意思の疎通で苦労したことある?」
「苦労……? あ、アルさんに俺の趣味が伝わんなかったり、上手くのってもらえなかったり――」
「それはさすがに神も考えてないだろうな。普通の日常生活で物を言え……」
指折りして数えるアカツキに、ヒロフミが大きくため息をついた。アルもアカツキの意味不明な言葉を思い出し、苦笑する。
「――俺が言ってんのは、いろいろな物の示し方のこと。俺たちが知る森はこの世界でも森だし、それは他の自然も同じ。あと食い物も、芋やら人参やらの野菜とか、魚や肉という言葉も同じ。伝わらなかったことないだろ?」
「……確かに、ダンジョンで俺が創った特殊食材以外、通じなかったことないや……」
ようやくヒロフミが言いたいことを理解して、アカツキが目を見開いて、呆然と呟く。アルはここで思い違いがあったことが分かった。
「僕は、そうした概念はヒロフミさんたち魔族により、この世界に広がり、共通化したのだと思っていたのですが」
アルがこれまで考えていたことを告げると、ヒロフミたち魔族組は、「えっ!?」と声を漏らして驚愕を示した。だが、すぐにヒロフミが考え込んだ表情で唇を指で擦る。
「……それは違う、と俺は思う。確かに俺たちは、この世界で昔から存在していたし、ある程度、この世界の者たちとの交流はあった。古代魔法大国がその一例で、魔法技術が大きく成長した陰に、俺たちの影響があったことは否定できない」
「ええ。僕はその影響で、物事の名称もヒロフミさんたちのものが、ある程度広がったのだと思っていました。ドラグーン大公国の独特な食文化は、完全に魔族由来でしょうし」
改めてアルの考えを告げる。アルは魔族が世界にもたらした影響を知りすぎていた。だから、ヒロフミたちが異世界出身の存在だろうと、概念的な違いがさほどない理由はそれなのだと理解していたのだ。
「そうだな。その点は俺たちの影響だろう。だが、もっと根源的な、さっき言った森やら食べ物やらの名は、俺たちがここに来た時には、既に存在していたと思う。……いくつかは、俺たちによる影響かもしれないが」
「でも、確たることは言えませんよね?」
「……そうだな。俺がそう思っているだけかもしれない。でも、俺が初めてこの世界の者と話をした時に、一切支障がなかったのは事実だ」
重ねて主張するヒロフミの目を見て、アルはその意見を受け入れた。事実か否かはともかく、推定として認めても問題ないだろう。
「ヒロフミさんがおっしゃる通りなら、創世神アテナリヤは、ヒロフミさんたちの世界を様々な概念ごと真似て、この世界を創り上げたということでしょうか。アカツキさんのゲームの世界も織り交ぜて?」
「そうだと思っている。その必要性があったのかは知らねぇが」
「必要性……手間を省いた?」
アルが思い当たることを呟くと、ヒロフミが苦笑しながら頷く。
「その可能性はあるだろうな。世界を創るっていうのが、どれほど手間がかかるものかは知らないが、少なくともある程度完成された世界を取り込んだら、随分と手間は減る」
「でも、それだけじゃなさそうですね」
アルはヒロフミに頷きながらも、そう言いながら、視線をアカツキへと向けた。
「――手間を省くだけなら、アカツキさんのゲーム世界を取り入れる必要性はないですから」
「そうだな。まぁ、ただの遊び心って可能性もある。完全に同一の世界を創り上げても、つまらんとか思ったんじゃねぇか」
「あぁ、それはありますね。あるいは、ヒロフミさんたちの世界を、ある種の失敗作と見做していて、更なる完成度を目指したか」
アルがそう言った途端に、アカツキから不満げな目を向けられた。ヒロフミとサクラは、苦笑して肩をすくめる。
「……確かに、俺から見ても、あの世界が完璧だったとは思わない。いいとこ取りした方が、良い世界が創れると思った可能性は十分にある」
「宏っ!」
「なんだよ、アカツキだって、全部が良いとは思わねぇだろ?」
「……そうだけど……そうなんだけど……」
どうやら元の世界に対する憧れのような思いは、アカツキが一番強いらしい。ヒロフミやサクラは、客観的に判断しているようだ。
アルとしても、アカツキに不満を抱かれたことに、文句を言うつもりはない。誰だって、自分が生きる世界を失敗作だと言われたら、どんなに現状に不満があろうと、多少なりとも苛立ちが生まれるものだろう。
『――随分話が逸れたが、ヒロフミの話は終わったのか?』
クインが不意に言葉を発する。ずっと興味深げに耳を傾けていたが、話が停滞したのを感じ取ったようだ。
「おう、そうだな。俺は魂って特殊な概念の話が出てきたから、神とかの概念だけじゃなく、世界を構成するあらゆる概念が神により持ち込まれてる可能性があるって言いたかっただけだ」
「……結局、前に話したこととさほど変わんなかったじゃん」
不貞腐れたように呟くアカツキを、ヒロフミはちらりと見た。スッと伸びた手が、アカツキの額を強く弾く。
「イテッ!」
「大きな違いだろ。アテナリヤの存在を知る上では。世界の根幹の概念を、ほぼ丸ごと真似てんのと、特殊な部分だけ真似てんのとでは、全然違う」
「そうですね。アテナリヤがヒロフミさんたちの世界のことを物凄くよく理解していることが分かりました。――ヒロフミさんの、アテナリヤはヒロフミさんたちの世界出身なのでは、という意見に納得できるくらいに」
アルはヒロフミと目が合う。
最初に聞いた時には納得できなかった意見だったが、今は少し変わった。
ここまでヒロフミたちの世界を理解し、取り入れることができるなんて、ただ観察して知っただけとは思えない。そこで生きていたからこそなのではないかと、アルも思わずにはいられなかった。
「……あー、確かにー」
「そうね……私たちが新たに世界を創ろうってもし考えたら、こんな世界になるかもね。生まれ育ちの中で得た概念は、簡単には捨て去れないし、そうしようと思っていなくても、創る世界に反映される気がするわ」
思考停止したようなアカツキとは違い、サクラは真剣な表情で考察する。ヒロフミもサクラに頷いていた。
「……白い空間に遺された情報を見ていても、どうにも人間くさい印象なんだよなぁ」
「それは精霊もなんとなく言っていた気がします」
ヒロフミにアルがそう返すと、全員から視線を向けられた。
「――アテナリヤはある時に感情を捨て去った、みたいなことを。それを聞いたとき、アテナリヤは人間のような感情があることで、世界の管理に苦しみを感じていた、という印象を受けました」
「……アテナリヤ=元人間説、か? 俺たちみたいに召喚されて……? いや、なんとなく違う気が――」
悩んだ様子で呟くヒロフミから視線を逸らし、アルはサクラと目を合わせた。どちらからともなく軽く肩をすくめる。
「……今のところは、前と同じ結論じゃない?」
「全ては推論にすぎない、ですね。調査するしかないでしょう」
サクラに続いてアルが言うと、ヒロフミも目を上げて苦笑した。
「だな」
話が一段落したことを察したのか、クインがくわりとあくびをした。
『――では、吾の話にもどろうか』
「あ、そうですね。お願いします」
そういえば話が途中だったのだと、アルは苦笑して姿勢を正した。
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