第327話 ヒロフミの考察

「先読みの乙女も、か……。まぁ、精霊やらドラゴンやらが地下に生きる者を知っているなら、そうであっても不思議はない気がするが……」


 ヒロフミはそう言いながらも、首を傾げていた。


『うむ。何故知っているかは知らぬぞ。だが、先読みの乙女は力を継ぐたびに、地下に生きる者と連絡を取っておったようだ』

「それはどうしてでしょうか?」

『どうして、とは?』


 クインがパチリと瞬きをする。アルは質問を言い直すことにした。


「どうして、力を継ぐたびに、連絡を取っていたのか、ということです。それが決まり事なのでしたら、そう決められた理由があると思うのですが」

『……うぅむ、言われてみればその通り。吾は確かなことは言えんが、地下に生きる者が持っていた先読みの乙女の情報自体が、その理由なのかもしれん』

「先読みの乙女の情報自体が……?」


 今度はアルの方が、クインの言いたいことが上手く掴めなかった。

 クインは頷き、一同を見渡す。


『とりあえず、吾が得た情報を話そう。――地下に生きる者から得たのは、基本的には先読みの乙女の素性に関するものだった』

「素性……。つまり、僕の母で言うと、マギ国の王女である、ということとかですね」

『そうだ。話に出たから、まずはアルの母親の話からするか』


 アルはごくりと唾液を飲み込んだ。正直、母について知ることに、緊張を覚える。

 母に関してアルが知っている情報は少ない。先読みの乙女という能力を保持している時点では、別の人格であった可能性があるとはいえ、母という存在の一部であることは間違いないのだ。

 先読みの乙女であった時の母はどういう人物だったのか。母自身が語っているだろう情報は、アルにどんな思いを抱かせるのか――。


 じっと固まるアルの手の甲に、柔らかな感触があった。視線を落とすと、真白い毛がふわりと揺れて、アルを擽っている。ブランがちらりとアルを見上げて、すぐに視線を逸らした。


 アルはブランの背中を撫でて、クインに視線を戻す。もう緊張感はなくなっていた。今はただ好奇心が胸を占めている。


『――地下に生きる者によると、第十代先読みの乙女は、マギ国王族の王女として生まれ、生まれた時から精霊や妖精に愛される性質があった』

「僕の母で間違いないですね」


 アルが知る数少ない情報に合致している。クインは頷くと、話を続けた。


『彼女は語った。【この体が先読みの乙女としての能力を得たのは三歳の時。流れゆく時の中を彷徨っていた魂を、この体は穏やかに受け入れた。もともと先読みの乙女と気が合う性質だったのでしょう。意思は絡み合い、私は、時に先読みの乙女であり、時には世界を愛するただの王女になった】と。笑っていたそうだ』


 アルは目を閉じて、クインの言葉を反芻した。幼い頃にアルに読み聞かせしてくれた母の声が、よみがえって聞こえてきた気がする。

 穏やかで、優しくて、愛情に溢れた声。


 精霊に話を聞いた時は、先読みの乙女と自分が母に抱くイメージとの齟齬があった。それが、やはり人格から微妙に異なっていたのだと分かり、深く納得する。


 おそらく、グリンデル国に嫁ぐまでは、二つの人格が母の中で共存していたのだろう。そしてその関係は、アルが生まれることになるいずれかの段階で解消された。先読みの乙女としての能力と共に、その意思も失われたのだ。


「魂、か。……ここで、そういう概念的存在にぶつかるとは思わなかったな。それとも、魔物では一般的な考えか?」


 黙っているアルの代わりのように、ヒロフミが問う。クインは小さく首を傾げた後、横に振った。


『いや。魔物全体がどうかはともかく、吾には魂という言葉に馴染みはないし、その存在を見たこともない。だが、不思議とそれが、生き物の根幹をなす要素であることは知っている』

「ほぅ……?」


 片眉を上げて、意味深な吐息を零すヒロフミを、アカツキが横目で睨んだ。


「なんだよ、言いたいことがあるなら、ちゃんと言えって」

「言われる前に気づいてほしいが……」


 ヒロフミが呆れたようにため息をつく。アルはヒロフミが言いたいことを察していたので、ただ苦笑を零した。


「――そういう、馴染みがないはずなのに、知っているって、世界の理的なもんだろ。つまり、創世神アテナリヤにより、生き物に植え付けられた考え。……アルも、違和感はなかったんだろ?」

「魂という存在自体には、違和感はありませんでした。魂とは何かと改めて考えて、知っていることに違和感を覚えはしましたが」

『アルも、か。我もそんな感じだったぞ。変に据わりが悪くて落ち着かん』


 アルに続いて、ブランも同意を示す。

 アカツキは「へぇ……」と呟き、サクラと顔を見合わせていた。


「俺たちは元から知っているもんな。見たことはないけど。幽霊の素みたいなやつ」

「その言い方は、正直どうかと思うけど。魂って概念は、たぶんここと私たちの世界と、違いはなさそうね」


 半眼でアカツキを軽く睨んだサクラが、ため息混じりに言う。ヒロフミは何故か「幽霊の素」という言葉に笑い転げていた。


「ヒロフミさん、そんな面白いことでした?」


 アルは少し呆れて、ヒロフミの背中を叩く。笑いすぎて呼吸困難を起こしそうになっていたのだ。


「ヒッ……フッ……ッ! ……いや、すまん。幽霊の素とか言われて、プリンの素とかみたいに、魂からレッツ幽霊作成しているバカツキを想像して」

「その想像をする宏の方が馬鹿では……?」


 珍しくまともなことを言う半眼のアカツキから、ヒロフミは視線を逸らして、気を取り直すように咳払いをした。


「桜が言った、ここと俺たちの世界で、魂の概念が同じっていうのは、ちょっと違う気がするな」

「どういうことですか?」


 アルも同じだと思っていたので、思わず首を傾げてしまう。ヒロフミは真剣な眼差しで一同を見渡し、言葉を続けた。


「同じと言うより、似ているんだ。さらに厳密に言うと、おそらく魂という概念は、俺たちの世界から、この世界に持ち込まれたものだと思う。だから、必然的に同じだと思うほど似ている」

「ヒロフミさんたちの世界から……? 神や悪魔などの概念と同様に、ということですか?」


 何故そう思うのか。言葉にしないまま、アルが視線で問うと、ヒロフミは少し考えた後に口を開く。


「……俺たちは、生きる中で自然と魂という概念を知る。親や周りの大人、あるいは様々な情報媒体を通じて、そうした考えがあることを受け入れるんだ。生まれながらにインプットされているわけじゃない。……この世界の者が、魂という概念に違和感を伴うのは、アテナリヤにより植え付けられた概念だからだろう」

「なるほど……」


 アルだけでなく、ブランやクインも、納得したように頷いた。サクラやアカツキは、理解したような、していないような曖昧な表情である。

 だが、ヒロフミの言葉はここで終わりではなかった。


「クインの話がまだ中途だが、ちょうどいいから、俺の話を聞いてくれ」

「もちろんです。なんでしょう」


 アルたちは姿勢を正してヒロフミを見つめる。そうするくらい、ヒロフミが真剣な表情だったのだ。


「白い神殿が暁の作ったゲーム世界にあるものと似ているって話しただろ?」

「……ええ」

「実は、クインが言った、聖域での映像記録や、地下に生きる者のような世界外の記録者という存在も、ゲームの中に登場していた。名前は違うが」

「え……?」


 アルたちは目を見開く。クインがよく分からないと言いたげに首を傾げていたので、サクラが説明をしていた。そのサクラの表情も、ヒロフミ同様真剣そのものだ。


「寝てすっきりした頭で改めて考えて気づいたんだ。――思っていた以上に、この世界は、あまりに俺たちの世界と似すぎている」

「いや、どこが?」


 アカツキがすかさずヒロフミに突っ込みを入れる。確かにアルが聞いたことがあるヒロフミたちの世界は、この世界と全然違う気がする。アカツキが否定するのも当然だ。


「別に世界が同じってわけじゃない。――魂という概念がこの世界に持ち込まれているのと同様に、あらゆる概念が俺たちの世界を真似て定められているんじゃないかってことだ。神とか精霊とか魔物とか、限定したものだけでなく、遍く全てが」

「……言っている意味がよく分からん」


 ヒロフミの言葉を理解し損ねたアカツキが、顔を顰める。アルも分からず、思わずブランに視線を向けたら、サッと逸らされた。ブランも分からなかったらしい。

 ここはひとまず、ヒロフミの話を静聴するしかないだろう。

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