第326話 表裏にある者
クインの話はまず、情報源についてから始まった。
『アルたちは、地下に生きる者を知っているか?』
「地下に生きる者?」
初耳の言葉である。アルはヒロフミたちに目を向けたが、全員首を横に振った。
唯一、ブランだけが、ピンと尻尾を立てて、嫌そうに顔を顰める。
『なんだと? まさか、あやつらに会いに行ったというのか!?』
「え、なに? そんなに嫌な相手なの?」
憤りさえ感じるほどの強い口調のブランに、アルは目を見開いて驚く。神やドラゴンに対しても嫌そうな態度を隠さないブランだが、他にもこれほど嫌う相手がいるとは思わなかった。
嫌う理由は、ドラゴンのように理によるものか、それとも神のようになんらかの不利益を被った相手だからか。
アルは色々と考えつつクインに視線を戻す。クインはブランのような激しい感情は一切見せなかった。
『これ、アルたちが驚いていよう。気持ちは分かるが、あまり感情を乱すな、未熟者め』
『そうは言っても……いや、話を進めてくれ』
クインの注意に、ブランは不満そうにしながらも口を閉ざした。だが、クインの言葉を考えるに、クイン自身も地下に生きる者のことは好いていないらしい。
「なんなの、その、地下に生きる者って……」
サクラが戸惑ったように呟くと、クインが頷き口を開く。
『まず知っていてほしいのは、吾ら魔物にとって、生き物は二種類に大別されるということだ』
「二種類、ですか」
『ああ。それは、森に生きる者と地下に生きる者だ。森に生きる者は吾らのような魔物、あるいは森の恵みを受け取って生きる生き物のことだ』
「魔物以外も、ということですね? 例えば、僕や精霊のような、森の中で採集や狩猟をする存在も?」
『うむ。アルが見知っている大半が、吾ら魔物にとって森に生きる者である。特に精霊は、もとが木であるゆえに、純粋なる森に生きる者として代表格に挙げられるが』
クインが頷く。アルは「へぇ……」と呟きながら、地下に生きる者について想像する。その存在は、アルたちが見ることができない場所にいるということではないだろうか。
「森、つまり地上に対しての、地下。……地下、ねぇ――ここも、ある意味、地下ではあるが」
ヒロフミが興味深そうに呟いた言葉に、アルはハッと顔を上げた。
「そういえば、異次元回廊の入り口は、地下に向かって伸びる階段でしたね」
「付け足すと、俺のダンジョンも地下みたいなもんですよ。入り口からずっと下って、ダンジョンが続いてたでしょう?」
「ああ、そうですね……。これ、関係ありますか?」
少々話が横道に逸れた気がして、クインに尋ねる。だが、クインは面白そうに目を細め、首を傾げた。
『興味深い意見だったが、関係しているかは吾には分からぬ。それこそ、創造主の神のみぞ知る、だ。だが、吾が知る地下に生きる者も、この地のように、森に生きる者とは隔絶された地下空間に世界を築いている者たちだ』
「え、隔絶された地下空間……?」
それこそ、異次元回廊やアカツキのダンジョンそのものではないかと思う。
アルが首を傾げているのを気にせず、クインは説明を続けた。
『本来、吾らとあの者たちが交わることはない。吾らが生きる世界と、表裏の関係にあるのが、地下に生きる者の世界だ。……あれらにとっては、吾らの方が地下なのかもしれぬが』
最後笑い混じりに呟くクインを、ブランがじろりと睨む。
『我らが地下なわけがないだろう』
『もちろんだ。吾が言っているのは、見る者が変われば、形容の言葉も変わりうるということだ』
どうにも地下に生きる者への嫌悪を捨てられない様子のブランを、クインは苦笑しながら宥める。
「……どうして、それほど嫌っているの?」
『理由なんぞない。そういうものなのだ』
「え……それはさすがに、ひどくない……?」
あまりにも無慈悲なブランの言葉に、アルは頬を引き攣らせた。生理的嫌悪感はいかんともしがたく存在するものではあるが、ブランが示す嫌悪感はその範疇に留まらないように思える。理由なく、それほどの感情を抱くものだろうかと、アルが疑問に思って当然だ。
『愚息の言葉は身も蓋もないが、確かにそういうものなのだ。アルも会うことがあれば、分かる。もしかすると、この嫌悪感は、理として吾ら森に生きる者全てに定められているのかもしれぬ』
重々しく頷いたクインに言われ、アルは疑問を呑み込んだ。アカツキたちも眉を寄せつつ頷いて返している。
『――と言っても、この世界で生きる以上、会うことはあるまい。吾と地下に生きる者の交流も、厳密な意味での会うというものではなかった』
「どういう意味です?」
『先ほど言った、心象世界と似たようなものだ。特定の場所で、地下に生きる者と繋がることができる。情報のやり取りができる、と言った方が正確か』
「情報のやり取り……? つまり、転移箱のようなもの?」
アルは手紙などを一瞬で転移させてやり取りできる魔道具を思い出し、説明する。クインは頷いたものの、軽く首を傾げた。
『文字でのやり取りではないな。といっても、心象世界ほど、彩られてもおらぬし……。言葉を交わす、という感じか』
「つまり、電話ね。クインたち風に言うと、遠く離れたところにいる相手との念話?」
サクラがパチリと指を鳴らし、例える。ヒロフミとアカツキが納得したように頷いた。アルもなんとなく理解できたので、クインに視線を向けた。
『うむ、その理解で大きな間違いはあるまい』
『そんな手段をよく知っていたものだ』
頷いたクインに、ブランが意外そうに尋ねた。地下に生きる者との交流方法は、聖魔狐に固有の知識ではないようだ。ブランが表した嫌悪感の強さを思えば、普通は交流方法を知らないというのも当然ではある。
『……昔、そのような場所とは知らず、地下と繋がる地点で寝ていた時に、向こうから呼びかけられたのだ。それで手段を知ったが、その時は思わず一帯に火を放ってしまったな』
『おい、何をしているんだ。……急にあれらに声をかけられたら、そういう反応をするのも理解できるが』
何故かクインとブランが頷き合う。
アルたちは思いがけずクインが過激な反応を示していたことを知り、なんとも言えない気分で目を合わせた。
だが、今更責めたところでどうなるわけでもなく、聞き流すことにする。せめてもと、クインが放った火に巻き込まれた者がいなければいいな、と願った。
「それで、クインは何故わざわざ地下に生きる者と連絡をとろうとしたのですか?」
アルが話を戻すと、クインが肩をすくめて目を伏せる。
『あれらは、こちらと世界が隔絶しているが、情報のやり取りは行われているからだ。こちらでは見つけにくい情報も、あちらなら持っている可能性があった』
「へぇ……でも、聞いた感じ、あんまりそいつらのことを知っているヤツはいないんだろう? 情報のやり取りって言っても、大したものはなさそうだが」
ヒロフミが不思議そうに首を傾げるも、クインは目を細めて首を横に振った。
『あちらとの連絡ができる者は限られているが、その多くはこの世界において重要な役割を持つ者だ。例えば、精霊。あちらと繋がる地は精霊の森の中にもあるらしい。ドラゴンもまた、連絡手段を知る者だな。たいていのドラゴンがいる場所には、あちらと繋がる地があるそうだ』
「……確かに、精霊もドラゴンも、この世界で重要な役割を持つ者たちだ」
表情を改めて、ヒロフミが真剣な表情で呟く。アルも、思った以上に重要な情報が出てきそうな気配に息を飲んで、話に耳を傾けた。
『うむ。――そして、先読みの乙女もまた、地下に生きる者と連絡する術を知る者だったようだ』
クインが重々しい声音で告げた。
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