第325話 聖域の情報
先読みの乙女に関する衝撃の事実をどう受け止めるか、誰もが考えあぐねる。
その中で、アルはふとクインの言葉が頭に引っ掛かった。
「――どの先読みの乙女も、姿が違う者に見えた……?」
アルはポツリと呟き、視線をクインに向ける。それにつられたように、アカツキたちも顔を上げた。
『吾はなんぞ、おかしいことを言っただろうか?』
きょとんと目を瞬かせるクインに、アルは首を傾げて見せる。
「おかしいといいますか……違和感があって。その聖域で得られる知識とは、姿が見えるものなのですか?」
アルの問いに、ヒロフミとサクラがハッと息を飲む。アカツキはピンときていない様子で、きょろきょろと周りを見渡した。
『……ふむ。確かに不思議な言い方だったな。少なくとも、白い空間とは違い、文字で知識が示されるわけではないようだが』
「あっ、そういうことか! 姿が見えるってことは、文書じゃなくて、映像記録的な感じってことっすね! 確かに、森ん中に急に本があったら、それこそ違和感パネェってもんですよねぇ。いや、神殿とか歴史的遺物っぽいのがあれば、それはそれで雰囲気はあるんですけど」
ブランの言葉でアカツキも気づいたようだが、怒涛のように話された内容に、アルは疑問が生まれる。それに引っ掛かっているのはアルとブランだけのようで、思わず顔を見合わせた。
「エイゾウって何ですか? どこかで聞いたことがあるような気もしないでもありませんが」
『どっちだ』
曖昧に尋ねるアルに、ブランが半眼でツッコんだ。だが、アルはそれに対して微笑みを返してはぐらかす。
ヒロフミやサクラが疑問に思っていないところを見るに、おそらくアカツキが話しているのは異世界に関する知識だ。アルにとって異世界の事柄は少々とっつきにくい部分があり、これまでに聞いたことがあったとしても、うっかり忘れている可能性が高い。
だからこそ、曖昧な問い掛けになるのだ。
「映像は……あれですよ、あれ」
「説明になってねぇぞ」
指をふらふらと揺らして宙を指すアカツキを、ヒロフミが呆れた目で睨む。その隣でサクラがため息をついた。
「映像は、景色とか人物とかを映しとって展開したもののことよ。――こういう感じの」
サクラが手元に何かの道具を取り出し、操作する。途端に、アルたちの目の前に、異次元回廊内の景色が映しだされた。菓子の木が生る森である。風で揺れる木の葉も見えることから、これが絵画の一種ではないことは明らかだ。
「……なるほど。そういうことですか。つまり、アカツキさんが言った【映像記録的】とは、過去の光景を動的に記録したもの、という意味ですね」
「ざっつらいと!」
よく分からない返答をするアカツキはさておき、疑問が解消したところで、アルはクインに視線を向ける。
「クインが聖域で得た知識とは、こういうものだったのですか?」
示されたままの映像を指しながら問いかけると、ポカンと口を開けていたクインは、我に返った様子で『うぅむ……』と唸る。
『ん? 違ったのか?』
悩ましげな姿を見かねてか、ブランが意外そうな口調で答えを促した。
『……いや、同じようなもの、だったのかもしれないが。どちらかというと、吾が試練で使った【心象世界】の方が近いと思う』
「心象世界……」
クインに言われて、アルは試練を思い出す。
現実ではない世界に意識を取り込まれ、自分の欲に打ち勝てるかというのが、クインがアルたちに課した試練だった。試練の内容はともかく、取り込まれた世界は、違和感を覚えないほど現実味がある光景が広がっていた。
そうしたものと近しいとは、つまり、クインは聖域に行って、過去の世界を疑似体験したということだろう。それはなんと不思議で、興味深い体験であろうか。
アルは思わず「え、行ってみたい……」と呟いていた。途端に、ブランから呆れ混じりの目を向けられる。
『アル……』
「分かってる。うん、大丈夫。今はそういう場合じゃない、ってことでしょ? もちろん、今行くことは考えてないよ。――とりあえず、聖域の場所だけ、教えてもらってもいいですか?」
ブランに言い訳した次の瞬間に、クインに尋ねた。ブランは大きくため息をつくも、諦めたように顔を背ける。
だが、アルとしては「仕方ないだろう」と言いたい。そんな興味深い場所を見過ごせるわけがないのだ。それに、いつかの旅の目的地にするのに、問題はあるまい。
クインはパチリと瞬いたあと、『アッハッハッ!』と高らかに笑った。あまりに突然で豪快な笑い声だったので、クイン以外の全員がビクッと体を揺らす。
『ふははっ……もちろん、いいとも。というより、そこに行くときは吾が案内しよう。吾の背に乗れば、ひとっ飛びだぞ。風が爽快で気持ちいい』
「え、いいんですか? ブランは絶対してくれないことですけど」
『我はアルが怠けんように、堅実に生きられるように、わざわざ地道な手段で旅をさせているのだ! 我が怠けているような言い方をするな!』
「えー……?」
極めて疑わしいことを宣うブランを、アルは細めた目で見下ろした。
確かに自分の足で歩いて旅をするのは楽しいし、他人の力に頼りきって楽をするのは良くないことだと思う。それに、本当に急いで移動する必要があるときは、ブランが背中に乗せてくれるのも分かっている。
だが、それにしても、ブランは自分を移動手段に使われることを嫌がりすぎだと思う。
『まぁ、吾と愚息では、考え方が違うところもあろう。それに、聖域は人の足では辿り着きにくき場所なれば、吾が力を貸したとて、甘やかしていることにはならんだろう』
「人の足では辿り着きにくい? でも、先読みの乙女は、聖域に赴いているんですよね? 彼女たちは人間では?」
アルの疑問に、クインがパチリと目を瞬かせる。
『そう言われれば、そうだな。だが、聖域に残されている知識では、移動手段は語られていなかった。――いや、他で得られた情報は、それに関連しているのかもしれん』
考え込んでいたクインが、キラリと目を輝かせる。
「他で? 先読みの乙女の情報を、どこで得られたって言うんだ?」
すかさず尋ねたのはヒロフミで、眉間に皺を寄せ、顔を歪めている。サクラが心配そうな目をヒロフミに向けていた。
「宏、なんで、そんな不機嫌そうなんだよ」
「……別に」
「えー、絶対不機嫌じゃん」
アカツキがヒロフミをツンツンとつつく。ヒロフミはさらに顔を顰め、鬱陶しそうにアカツキの手を払った。
「うっぜぇ、バカツキ」
「イッテェ! 八つ当たりやめろよな!」
アカツキとヒロフミが睨み合う。突然の険悪な雰囲気に、アルやブラン、クインが戸惑っていると、サクラが苦笑しながら肩をすくめた。
「宏兄もつき兄も、遊びは後にしてよね。宏兄が悔しそうな理由は、分かるよ」
「え、お前、何を悔しがってんの?」
「だから、バカツキ、うざい」
目を丸くするアカツキに対し、ヒロフミは悪態をつきながら目を逸らす。
悔しそうというのは、アルにとっても意外だったので、幼馴染たちのやり取りを聞き流しながら、目でサクラに答えを求めた。
「――宏兄だって、外の世界で、同郷たちのことばかり調べていたわけじゃないのよ。というか、先読みの乙女に出会って、予言じみた言葉をもらってから、宏兄なりに先読みの乙女の情報は集めようとしていたはず。それなのに、これまで情報は全く得られなかった」
サクラに視線を向けられたヒロフミが、渋々と頷く。アルは悔しがった理由を理解して、思わず苦笑した。
「……聖域でしか情報を得られないなら、そもそも俺が情報を手に入れられる可能性は低かったし、納得できる。でも、他で情報を得られたって言うと……俺が力不足だったってことじゃねぇか……」
ブツブツと呟きつつ、ヒロフミがクインを睨むように見据えた。
クインは苦笑した様子で、ゆらりと尻尾を揺らして口を開く。
『いや、そうとは言えぬぞ。吾が情報を得た相手は、特殊だったからな』
「特殊? 聖域以上に、特殊な相手がいるんですか?」
『以上か、以下かは分からぬが――』
クインの言葉に全員が静かに耳を傾けた。
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