第324話 驚くべき情報
アルたちは卵とスープとパン、ブランとクインは大量の肉のステーキを食べてお腹を満たした後、ようやくクインの報告を聞くことになった。
昨夜から焦らされているようなアルたちは身を乗り出してクインを見つめるが、ヒロフミは「ふぅん……先読みの乙女、な」と呟いて、紅茶を楽しんでいる。
『それで、どのような情報を得てきたのだ? ここまで期待させておいて、つまらぬ情報とは言わないだろう?』
真っ先に問いかけたのは、意外なことにブランだった。情報を気にしているというよりも、反抗期のような態度である。
アルは苦笑しながらも、ブランの頭を撫でた。ブランがクインに複雑な思いを持っていることは分かっている。そこには確かに愛情が含まれているが、それだけではないのだ。
『うむ。だが、つまらぬかどうかは分からん。とりあえず、吾がここを出てからの話をしようか』
そう前置きすると、クインは寝そべりながら目を伏せた。寝ようとしているのではなく、何かを思い出そうとするような表情だ。
『――吾はまず、元の棲み処に向かった』
「生きた森ですね。グリンデル国の傍の」
『ああ、そうだ。吾がいた時と変わらない景色が広がっていて、懐かしく感じたよ』
『当たり前だろう。我が管理しているのだから、変化があるわけがあるまい』
偉そうに胸を張るブランを、僅かに開けた目で見下ろしたクインは、呆れたようなため息をついた。
『ほとんど放置している状態だったがな。だが、お前の分身は確かにいた。随分と器用な真似ができるようになったものだ』
『我にできぬことはないからな!』
クインに褒められて、ブランの尻尾が揺れる。口調は変わらず偉そうだが、喜んでいることが誰の目にも明らかだった。
アルは微笑ましくなりながら、クインに視線を戻す。クインも愛しげにブランを見つめていたが、再び目を伏せると話を再開した。
『あの森には、聖域がある』
『……聖域だと?』
ブランの動きがぴたりと止まる。疑わしげな声音が響いた。
『そうだ。遥か昔よりある木を元に、結界が張られた空間だ。そこはこの世であってこの世でなく、悠然と時が流れる場である』
『そんな場所、我は知らぬぞ』
『だろうな。ドラゴンが管理する場ではないのだから、引き継いだそなたも知らぬのは当然だ』
『……ふんっ』
不満そうにしながらも、ブランはひとまず静聴の構えをとる。アルも馴染みのある森にそのような場所があったのかと、驚きながら耳を傾けた。
『結界を支える柱となる木は、元は精霊であったものだ』
「え……精霊?」
『ああ。精霊の本体が木であることは知っているか? あれらは生を失おうと、木として存在し続ける。精霊の森の多くの木が、精霊のなれの果てであるのがその証拠だ。そして、聖域にある柱は、そうなるべくして生をなくした精霊の木である』
アルは眉間に皺を寄せながら、クインの話を呑み込む。
「……つまり、聖域をつくるために、その地で命を落とした精霊がいるということですか」
『さよう。それが何者の意を受けて行われたことかは分からぬが』
そう言いつつも、クインの頭にはきっとアルと同じ名が浮かんでいることだろう。
「アテナリヤ、か……」
『精霊を動かす者と言えば、それしかないな』
アルの呟きに、ブランが苦い口調で返す。アカツキたち異世界組は眉を顰めていた。その中で真っ先に口を開いたのは、唇を撫でながら考え込んでいたヒロフミである。
「アテナリヤがわざわざ作ったというなら、その聖域には何かの役割があるはずだ。精霊とは無駄遣いできる存在ではないだろう。無為に命を落とすことを、精霊が受け入れるとも思えない」
『そうだな。だが、吾はそれを知る資格を持たぬ。そこにあることを知るのみだ』
「そもそも、なぜクインは聖域を知っていた? ブランでも知らなかったんだろう?」
ヒロフミの問いに、クインが不意に目蓋を上げた。集う面々に視線を巡らせると、再び目を伏せて深く息を吐く。
『……吾は、その精霊が、生きていた時を知っているからだ』
重く、悲しげな響きのある声だった。アルたちは思わず息を飲み、返す言葉を迷う。
クインの様子を見て、結界の柱となった精霊が、親しい存在だったのだと悟るのは容易だった。
『――そやつは何を目的に、聖域を築こうとしているかは語らなかったが、吾にある言葉を残した』
暫く沈黙が流れた後に、口を開いたのはクインだ。感傷を振り払い、平然とした口調を取り繕っている。
「言葉?」
『うむ。【ここは世界を知る場所。二つのうちの一つ。必要とする者に、この地が抱く記憶は明かされる】とな』
アルはアカツキたちと顔を見合わせた。
色々と気になることはあるが、聖域とはおそらく、異次元回廊と同じような役割を持つ場所なのだろうと考えた。世界を知る場所の二つとは、異次元回廊内の白い空間と、生きた森にある聖域。
だが、どうして二つある必要があったのかが分からない。尋ねたところで、クインも知らないだろうから、アルは口を閉ざすしかないが。
「必要とする者。記憶が明かされる。……それで、クインにはその資格があったのか?」
反芻したヒロフミが、クインに問いかける。クインはヒロフミを一瞥して、頷いた。
『必要とする者たる資格が何かは分からなかったから、徒労になるかと思ったが、吾の前で記憶は明かされた。あれは精霊たるあやつが抱く記憶だったのか、それとも――』
『記憶が誰のものかよりも、どんな情報があったのかが重要だろう』
遠くに目をやるクインに、焦れた様子でブランが促した。クインは苦笑しながらも、ブランの言葉を受け入れ、話を続ける。
『吾に開示されたのは、吾が出会った先読みの乙女の情報だった。あの者は遥か遠方より聖域を訪れ、吾に異次元回廊の情報を与えることが役目だと語っていたようだ』
「へぇ……つまり、クインがここにいたことに、意味があったということですね」
アルは情報を整理しながらも、顔を顰めた。
クインが異次元回廊に赴き、存在を縛られることを、先読みの乙女が促したのならば、アルは正直あまり好きになれない。必然というものがあるにしても、それが誰かの意によって操作されていいものか。
アル自身も先読みの乙女の言葉に行動を導かれている節はあり、それを全面的に許容しているわけではなかった。
『アルのその憤懣は、決して間違ってはいない。吾を気遣う心も、嬉しく思う。――だが、そのような思いは、大事の前の小事と見なす者がいることも、事実として受け入れなければならん』
「大事の前の小事、ですか。……難しいですが、とりあえず気にしないようにします」
『うむ。それで良かろう』
クインが頷き、すぐに再び口を開いた。
『――吾が先読みの乙女のことを知りたいと思い聖域に赴いたからか、他にも幾人かの情報を得た』
「幾人か? やはり、先読みの乙女は複数いるんですね?」
以前推測したことを確認すると、クインは微かに頭を動かす。肯定にしては、曖昧な反応だった。
『複数、というべきか、否か……。何をもって、別とすべきか……』
「どういう意味です?」
クインが謎めいた言葉を悩ましげに呟く。アルたちは首を傾げたが、ただ一人ヒロフミだけが、パチリと指を鳴らして顔を上げた。
「もしかして、先読みの乙女は継がれるものか」
「え……? それならば、複数といえるのでは?」
ヒロフミに言われても、アルは正直理解が及ばなかった。
「いや。俺が言いたいのは――先読みの乙女という能力が一つの人格を持ち、次々に乗り移っているのではないかということだな」
「乗り移る!?」
驚愕の声を上げたのはアカツキだった。アルはヒロフミの言葉を頭の中で想像し、思い切り眉を寄せる。
だが、少し納得した。かつて、母がアルを産んだことで、先読みの乙女としての能力だけでなく、記憶すらもなくしたことは、ある意味それまでの人格の欠落といえる。そして、欠落した人格は、その後に別の者に宿ったのかもしれない。
そのようなことが繰り返されて、先読みの乙女が存在しているのならば、クインがその存在を複数とすべきか否かを迷うのは当然のことに思えた。
『……その理解で大きな間違いはないだろう。吾の目には、どの先読みの乙女も姿が違う者に見えたが、内包する意思は全て同じに思えた』
クインが肯定し、ヒロフミの言葉がひとまず正しいことが確定される。その事実にアルたちは顔を見合わせ、黙り込んでしまうことになった。
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