第321話 新たな情報源

「――すべては推測にすぎず、結局は調べなければ何も確かなことは分からないが」


 そんな言葉で話を打ち切ったヒロフミは、考え込んでいる様子のアカツキとサクラの頭を軽く叩くと、「もう寝る。今日は疲れた。おやすみ~。お前らも、あんまり深く考えず、明日からの作業のためにも休めよ~」と言って立ち去る。

 あまりに軽い振る舞いに、アカツキとサクラはきょとんと目を丸くして、ヒロフミの背中を見送っていた。


「……もう。茶化さなくたっていいじゃない!」

「ほんと。俺らだって、宏ほどじゃなくても、考える頭を持ってるんだぞ。もっと頼りにしてくれたっていいじゃん」

「つき兄の場合、本当に頼りにならないと思ってるのかも」

「なんだとぉ!? ……そう言われると、その可能性が高い気がしてきた」


 サクラたちは聞いた話をどう受け止めるべきか迷っている様子だったが、普段通りに話すことで、自分らしさを取り戻したようだ。ヒロフミに言われた通り、何も分かっていない状況で考えたところで意味はないと、自分たちを納得させたのだろう。


「ブラン、アイス食べる?」

『食う!』


 アルが声を掛けると、ブランが飛び起きた。ブンブンと尻尾を振って、嬉しさが目に見えるように溢れている。

 その様子を微笑ましく眺めながら、アルはアイテムバッグから作り置きのアイスを取り出した。色々考えて疲れたから、糖分補給だ。


「アルさん」


 サクラの声を聞いて顔を上げると、期待に満ちた表情があった。その横では、アカツキが既に手を伸ばしてきている。


『む、我のアイスだぞ!?』

「そうだね。これはブランの。こっちは二人の」

『ぬあっ……我の分が、減る……』


 アルはブランの分とは別のアイスを二人に手渡した。それなのに、ブランは何故か恨めしげにアカツキたちを睨んでいる。

 アイテムバッグの中のアイスが全てブランのものだとでも思っているのかと、アルは呆れつつブランを叩いた。


「ちゃんとブランのは多めについであるよ。ほら、拗ねてないで、早く食べないと溶けちゃう」

『……多少溶けても旨いぞ』


 まだ不服そうな表情だったが、ブランはアイスを一口たべると、僅かに目元を和らげて感想を言う。アルは「そう、良かった」と返しながら、自分用のアイスを口に運んだ。


「……あのさぁ……あの白い空間が、俺のゲームの神殿とそっくりだったとして、アテナリヤはそれを知っててあれを創ったってことになるんだよな?」


 ヒロフミの忠告をなかったことにするように、アカツキがポツリと呟く。それを流し見たサクラは、小さく頷いた。


「似てることを考えると、その可能性が高いんじゃないかな。もちろん、アテナリヤが私たちと同郷の存在なのか、アルさんが言っていたように異世界のことを知り得る能力があるのか、それともどちらでもない理由によるのかは分からないけど」

「だよなぁ……」


 二人とも気になって仕方ない様子である。それも当然だとアルは思っていた。これほど意味深な事柄を、今は考えてもどうしようもないと受け流すのは、なかなか難しい。

 それをできてしまえるのが、ヒロフミの凄いところなのかもしれない。それだけ自制心が優れているということを示しているはずだ。


「――それが呪術師に必要な素質なのかな」


 アルはヒロフミが持つ特殊性に思いを馳せる。

 同郷であるアカツキたちにとっても、呪術師は特殊な存在だったようだ。それならば、ヒロフミとアカツキたちとの違いが、そのまま呪術師として必要な資質を示している可能性がある。


 アルが精霊の血を継ぐことで空間魔法を使えるように、ヒロフミが【呪術】を使える背景には、なんらかの条件があるように思えた。


『なんだ。随分と楽しそうだな』

「うん、やっぱり【呪術】とか【まじない】とか気になるんだよね」

『ふんっ、ヒロフミに教えてもらってるんだろう?』

「まだ入り口にも満たない程度だけどね。……だからこそ、知りたいことが多い」


 ヒロフミが去った方に視線を向けていると、ブランの呆れたようなため息が聞こえた。


『アテナリヤやらイービルやら……わりと重要そうな話をしていた割に、アルの興味はそっちに向いているのか』

「そうだねぇ。この世界を知ることにも興味はあるけど……僕は魔法に繫がる知識に一番興味があるから。帰還方法を探して必死なアカツキさんたちには悪いけど」


 アルたちの会話を聞いていたアカツキたちに向けて謝ると、二人とも軽く肩をすくめて苦笑した。アルがこれまでの話をあまり重く受け止めていない様子なので、二人も気が抜けたようだ。


「気にしないで。アルさんにとっては他人事なんだから。悪い意味じゃなく、ね。手を貸してもらっているだけありがたいわ」

「そうそう。宏の【呪術】とか【まじない】とかの知識を得るのは、ある種の交換条件ってやつで、アルさんが謝る必要はないですよ」

「そう言ってもらえるとありがたいですね」


 二人の言葉に微笑みながら、食べ終えた器を片づける。明日からも作業が続くことを思うと、今日は早めに寝るべきだろう。

 アルと同じことを考えたのか、アカツキたちも思考を切り替えてサクサクと片づけを始めた。


「――あら?」


 サクラが顔を上げたのは、片づけを終えてそろそろ寝に行こうとした時だった。何か違和感を覚えた様子で周囲を眺め、首を傾げている。

 そんなサクラの様子に気づき、アルはアカツキと視線を交わした。アルたちには、サクラが何を気にしているのか分からなかったのだ。


『……ん?』


 サクラに遅れて、ブランが不思議そうに視線をうろつかせた。そこでようやく、アルも何かいつもと違うことが起きているのだと確信する。アルにとってブランは最も信頼している相棒だ。その感覚の鋭さがアルの数段上であることを熟知している。


 いったい何が――と疑問に思いながら周囲を窺うアルの視線の先に、何か白いものが現れる。


「あ、れ……もしかして――」


 思い当たったのは真白の大きな魔物だ。アルは視線をブランに落とす。

 ブランはゆらりと尻尾を揺らし、アルが見つけた白いものを凝視していた。


「――やっぱり」


 視線を戻した先にある白いものは、さらに大きく見えた。確実に近づいてきている。


「サクラさん、ここ、簡単に入れる場所でしたっけ?」

「うぅん……どうだろう。まぁ、彼女は長く異次元回廊にいたし、入る術も知っているのかも?」


 サクラは嬉しそうに顔を綻ばせつつ、異次元回廊の管理者として状況を確認するように、宙に手を伸ばした。

 アルはサクラが何らかの作業をしているのを横目で確認しながら、白い巨体が阻まれることなく近づいてくるのを眺めた。


 アルたちがいるのは知識の塔の傍であり、本来ならば試練を越えることで入れる場所である。その試練を越えた者に許可を与えていたのが彼の者なのだから、ここに入ることに不自由はなかったのかもしれない。


「……クイン」


 アルの呼び声に答えるように、真白い聖魔狐がふわりと大地に降り立った。


『久しいな、アル。それと愚息も。サクラやアカツキも健勝そうでなにより』


 落ち着いた声が響く。愛おしげに細められた目がアルたちを捉え、口元には笑みが浮かんでいた。


「久しぶりというほどでないように感じますね。というか、思っていたより早いです」

『そうか?』


 アルの正直な感想に、クインが首を傾げる。クインが想定していたよりもアルたちの態度が落ち着いていたのか、少し拗ねた雰囲気だった。もっと再会を喜ばれたかったのかもしれない。


『……そうだぞ! 我は、数十年は会うことはないものだと思っていた!』


 呆然としていたブランが、ハッとした様子で叫ぶ。再会できたことは嬉しいのだろうが、別れを惜しんでいた身としては、こうもあっさりと再会できたことに文句をつけたくなったようだ。寂しさの裏返しの態度である。


『はっはっは……数十年も別れていたら、お前たちはともかく、アルとの再会が難しかったかもしれんではないか。それでは意味がない。だから急いだのだ』


 ブランを鼻先でつついたかと思うと、クインはアルに視線を向けて目を細める。


『――先読みの乙女の情報を持ってきたぞ』


 クインの言葉に誰もが息を飲んで固まる。


 アルたちの元に少しずつ情報が集まり始めていた。

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