第319話 奇妙な類似
「見覚え、なぁー。正直俺は思い当たる節がないけど……。俺、そもそもこの世界のことほとんど知らないし」
「バカツキ。俺が言ってんのは、この世界じゃなくて、日本でのこと」
「ふぇ……日本……?」
ヒロフミに頭を平手打ちされたアカツキは、抗議の声を上げることも忘れた様子で、目を丸くした。サクラも予想外のことを聞かれたと言いたげに、ぽかんと口を開けている。
「日本でのことってどういうこと? というか、日本に教会はたくさんあるだろうけど、あんな神殿っぽい建物はないわよ。あるとしたら、イタリアとかヨーロッパ系じゃない?」
「それはそうだけど、俺は現実の話はしてない」
「現実じゃない……?」
サクラは戸惑った表情で首を傾げていたが、暫くしてハッと息を飲み、アカツキを凝視する。
「――待って! 確かに見覚えあるわ! あれ、つき兄が作ったゲームじゃない?」
「んん?」
「だろ? バカツキが趣味で子どもの頃に作ったゲームの中に、あんな神殿があったと思ったんだよな」
首を傾げて固まるアカツキを放置して、サクラとヒロフミが頷き合う。
話についていけなかったアルは、ブランに「分かる?」と聞いたが、すぐに首を振られた。やはりニホン独特の話らしい。
「あの、僕にも分かるように話していただけませんか?」
「あ、悪い、アルは意味分からなかったよな。……でも、アカツキも分からねぇのか?」
「……分からん」
アカツキが顔を顰めて答える。アルでさえ、話の内容がアカツキに深く関わっていると分かるのに、その張本人が思い出せないなんてことがあるのだろうか。
記憶の封印が十分に解除できていなかったのかと、アルは心配になってしまった。確かに、あやふやな部分があると聞いてはいたが。
ヒロフミはサクラと顔を見合わせて、真剣な表情をしていた。
アルはとにかくヒロフミたちが説明してくれるのを待った。
「……まぁ、いい。話を聞けば思い出すかもしれねぇし」
ため息混じりにそう言うと、ヒロフミはアルたちに向けて話し始めた。
「まず、なんっつーか……ゲームっていうのは、仮想世界で遊ぶものって感じでな。この異次元回廊みたいに、空想のような世界を作って、その中で遊べるようにしてるんだ」
「へぇ……。ニホンって、この世界のように魔力はないそうですけど、どんな力で空間魔法のようなことをできるんですか? あ、ヒロフミさんが使っていたという【呪術】ですか? でも、あれは、アカツキさんは使えなかったんですよね」
元の世界でも空間創造をしていたから、異次元回廊の管理も問題なくできるのかと納得したが、アルの理解は少し正解とはズレていたらしい。ヒロフミとサクラのみならず、アカツキまで苦笑して首を横に振る。
「そういうんじゃない。……んー、なんというか、説明が難しいなぁ。あくまでも、生身の身体で仮想空間に入れるわけじゃないんだ。自身を投影したキャラクターを、作りだした空間の中で動かすって感じで……」
アルは首を傾げる。どうにも理解が及ばなかった。
『……盤上遊戯が立体化したものじゃないか?』
「あ、そういうこと? というか、ブランはよく盤上遊戯のことを知っていたね」
『うむ。昔、アルが一度持ってきたことがあっただろう』
「……あぁ、簡易のチェス盤ね。確かにあったなぁ」
思い返してみると、グリンデル国にいる頃に、ブランと盤上遊戯で遊んだことがあった。アルの遊び相手になってくれるのはブランしかいなかったから、わざわざ森まで持って行ったのだ。友達と遊ぶことに憧れるような純粋さを持っていた子どもの時だ。
「なんかよく分からんが、チェスは俺も知ってる。微妙に違うが、その理解で大きく間違っているわけではないだろ」
「いや、全然違くね?」
「そう言うなら、アカツキが説明しろ」
「……チェスでいいや」
ヒロフミに冷たく言われたアカツキは、すぐに諦めてその説明を受け入れた。アルはよく分からないながらも、二人がそう言うなら気にしなくていいのだろうと受け流す。
「盤上遊戯というのは分かりましたが、それを作るのは魔力ではなく、物理ということですか? 石とか木材で作る?」
「いや……物理ではあるんだが、いや、物理なのか……?」
「説明難しすぎるー。でも、とりあえず、その技術的な話は今関係ないだろ? アルさんは聞き流して、そんなもんかって、理解してくださいよー。【呪術】とか、そういうのじゃないんで」
頭を抱えるヒロフミを見かねたのか、アカツキが力技で説明を終わらせようとする。アルとしては曖昧なままだと気持ちが悪いのだが、話に関係ないと言われてしまえば、説明を強いるのも躊躇われた。
「……分かりました。アカツキさんが、ニホンで盤上遊戯のような空間を何らかの能力で作っていて、その中に、あの白い空間のような神殿もあったということでいいですか?」
「その通り」
「さすがアルさん、理解が早いわね」
「……ま、俺は、それを作った記憶がないんですけどー?」
ややこしい説明から解放されると悟り、晴れ晴れとした表情を見せるヒロフミとサクラとは対照的に、アカツキは不満そうに唇を尖らせてぼやいた。
だが、誰もがアカツキの言葉を聞き流す。いちいちツッコんでいたら、話が進まないからだ。
「ゲームの中でも、あの神殿は神に関する秘密が遺されている場所ってことになってたんだ。まぁ、作ってたのが子どもの頃のバカツキだから、大した秘密じゃなかったけどな」
「どういうのだったっけ?」
「確か、人間に忘れられた神が自分だけは自分のことを忘れないようにって、色々と情報を書き綴ってた、みたいな感じだった、ような……?」
「あー……言われてみたら、そんな感じだったかも。ゲームにありがちな、魔王討伐をするストーリーで、忘れられた神が召喚した勇者が主人公なのよね」
「そうそう。神殿に残された情報は、攻略のヒントになってるってやつ」
ヒロフミとサクラの間で話が盛り上がる。アルは断片的にしか理解できなかったが、色々と引っ掛かるものを感じて、眉を顰めた。
「神が遺した情報……魔王……忘れられた神……。あの、しょうかん、とか、ゆうしゃというのはなんですか?」
「えぇっと。召喚って言うのは、違う世界から存在を呼び寄せること、かな。勇者っていうのは、世界の命運を託されて、魔王と戦う存在ね。つき兄が作ったゲームでは、召喚された勇者が魔王と戦うために冒険を始める、のよ……」
アルに説明しながら、サクラは少しずつ深刻な表情になっていった。言い終わった途端、ヒロフミと顔を見合わせ、戸惑ったように口を噤む。
アルはサクラの表情の意味を理解して、アカツキに視線を向けてから口を開いた。
「……なんだか、似ていますね」
「……そうね。でも、色々と違うところもあるわ」
「だが、無視できない類似点だ」
肯定するのを躊躇うサクラに対して、ヒロフミはバッサリと言い切った。厳しい眼差しをアカツキに向け、ヒロフミは言葉を続ける。
「暁、分かるか?」
「……何を」
問われたアカツキは、理解を拒むように疑問で返す。だが、その表情は硬く、既にヒロフミが何を言わんとしているか、理解しているように見えた。
「俺たちは神を名乗るイービルに召喚された。ゲームに当てはめると、勇者というわけだ。だが、立ち位置はゲームと真逆。俺たちの方が世界を破壊する側と言える。まぁ、イービルが正しい神ではないのだから、その在り方も当然だな」
「……うん」
「神を名乗るものは二人いる。イービルとアテナリヤだ。勇者は俺たち。あと、ゲームに出てくる役割の一つが――」
ヒロフミが少し躊躇ったように言葉を止めた。だが、すぐにため息をついて、アカツキを見据えて口を開く。
「――魔王。……お前が昔、言われた名だ」
アカツキは瞳を揺らし、グッと口を引き結んだ。
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