第318話 賑やかな夕食

 本日の夕食は白身魚のアクアパッツァと魚介類のアヒージョ。肉好きのブランのために、鳥の香草焼きも用意されていた。


『おぉ、今日の夕食はハーブ尽くしだな! 我はこういう味付けも好きだぞ!』

「美味しそー! これは酒が進みそうだなぁ」


 焼き菓子狩りから帰ってきたブランとアカツキは、食事を見て満足そうだ。いそいそとテーブルにつくと、早速手を伸ばそうとする。


「二人はまず手を拭いてね」


 アルはブランの手を掴み、濡らしたタオルで拭く。ブランがこの程度の汚れでお腹を壊すことなんてありえないから放っておいてもいいのだが、アカツキのついでだ。

 アカツキはアルが投げたタオルをキャッチして、大人しく手を拭っている。


「ぷぷっ……つき兄、子どもみたいー」

「うるさーい。あんまりにも美味しそうな匂いだったから、忘れてただけだー」


 サクラに揶揄われて、アカツキが不服そうに言い返す。だが、なんの言い訳にもなっていない。アルに指摘される前に気づいてほしいものだ。


 ヒロフミは我関せずという様子で、アル謹製の果実酒をお供に食事を楽しんでいた。

 時を操り熟成させた果実酒は、気分転換がてら何度も試行錯誤を重ねているので、満足できる出来になっていると思う。アルは満足そうな表情のヒロフミを窺って、密かに喜んだ。


『アル、アル、我も食うぞ。まずはその魚だな』

「あ、お肉じゃなくていいんだ?」

『うむ。魚も好きだぞ。魔物と違って食いごたえがないから、普段狩らないだけだからな。それに、鱗が鬱陶しいときがある』

「お肉の時は、骨までバリバリ食べていることない? それなのに、鱗が気になるの?」

『骨は噛み応えがあっていいのだ。鱗は歯の間に挟まるのが嫌だ』

「……なるほど。なんとなく理解したよ」


 ブランなりのこだわりを発見したところで、拭った手を離して、ブラン用にアクアパッツァを取り分けてやる。白身魚や貝類をトマトなどの野菜と共に香草で味付けし、白ワインで煮てあるようだ。


『うむうむ、旨いな。このスープに魚介の旨味がしっかりと溶けだしている。魚の方は味が弱いが、香草でいい塩梅だ』

「スープにパンを浸して食べるの、美味しいよ」

『……うむ。我はパンを好まぬが、この食べ方は気に入った』


 サクラたちがフランスパンと呼ぶ、硬めに焼かれたパンをスープに浸すと、しっかりと旨味を吸い込んで、これだけで十分美味しい料理だ。煮て形が崩れたトマトや野菜も、スープと香草で味わい豊かで食べ応えがある。


 アルがブランと共に料理を味わい楽しんでいる間に、ヒロフミたち幼馴染三人は、料理ではなく白い空間の話を始めていた。その中には、もちろん継続観察の必要性の話もあって――。


「――えええっ!? 嘘だろ。またあそこで作業すんの? しかも、文章が増えてないか観察する? あそこにどんだけ文章あると思ってんだ。柱だけで、一、二、三……、とにかくたくさんあるんだぞ! それを、毎日変化がないか確認しろって言うのか!?」


 ゲロゲロ……なんて、食事時に相応しくない呻き声を零して、アカツキがテーブルに突っ伏す。器用に皿を避けて、かつワインの入ったグラスを手放さないままなので、見た目ほどには精神的ショックはなかったようだ。


 アルはその様子を見ながら、予想通り過ぎる反応に苦笑した。だが、すぐに傍で固まっているブランに気づいて首を傾げる。


「ブラン、どうしたの?」

『……まさか、またあそこで作業をするのか? 我もか……?』

「ああ……そうだね。よろしくね」


 アルがにこりと笑って頼むと、ブランは愕然とした表情でアルを見上げてきた。そんな表情をされたところで、結果は変わらないので早めに諦めてもらいたい。

 アカツキだけを作業に回すと、どんなおっちょこちょいを発揮して事故が起きるか分からないので、ブランに監視作業を継続してもらうのは決定事項だ。


『ぬあぁー! 暇だが、確かに今暇をしているが! アカツキを監視するのも、ひ・ま・だー!』


 ウガーッと叫んで、八つ当たりのように料理を貪り食い始めるブランに、アルは思わず笑ってしまった。こうして文句を言いつつも、拒否をしないのだから、既に受け入れてくれているのだろう。やり場のない鬱憤は食事である程度晴らせるようだから問題ない。


「昼寝して目を離さないでね。あと、たぶん毎日じゃなくてもいいよ。そんなに急いでする作業じゃないだろうし」

「あ、そうなんですか?」


 アルの言葉に問い返してきたのはアカツキだった。うだうだと不満を呟いていたが、ヒロフミたちには無視されていたらしい。


「ええ。……そうですよね、ヒロフミさん」

「ん。そうだな。まぁ、アカツキはこっちの作業にいなくてもいいし、暇してるの見るとムカつくから、毎日作業してくれた方がいいんだが」

「ひっどーい。俺だって、猫の手くらいには役立つはず!」

「猫の手の方が、癒される分だけ役に立つ」

「それはそう。猫の癒しの力は世界を救う」


 なんだかサクラとヒロフミの間でも同じ会話があった気がする。幼馴染特有の会話なのだろうか。

 真面目な顔で猫の魅力を語りだすアカツキを見て、アルは『話が横道に逸れてるなぁ』と思った。思っただけで、何も言わなかったが。だって、変なスイッチが入ったように語っているアカツキを止めるのは面倒くさそうだから。


「それはそうと」

「――ん、なに? 癒しのために猫を生み出す?」

「なんでだ。そこまで猫の癒しを求めてない」

「精神つよつよかよ。俺は今すぐお猫様の癒しがほしいぞ」

「馬鹿言うのはやめてくれないか?」

「いてっ。いててててっ! 頭ぐりぐりやめてぇー!」


 無駄口を叩き続けるアカツキに痺れを切らし、ヒロフミがイイ笑顔でアカツキの頭を拳で撫でていた。傍で見ているアルも顔を引き攣らせてしまうくらい痛そうだ。


「アルさん、ごめんねー。つき兄、お馬鹿だから」

「……いえ、なかなかバイオレンスですが、慣れているようなので、僕のことはお気になさらず」


 サクラのフォローとは言えない言葉に、アルは苦笑を返した。これも幼馴染同士のじゃれあいの一環なのだろう。アルとブランが平手と尻尾でやり合うようなものだ。


 止めるべきか、放っておくべきか迷いながらアルが食事を続けていたら、いつの間にか二人は落ち着いて食事を再開していた。始まるときも終わるときも唐突である。


 アルはふと二人の手元を凝視して、いつもより二人が少しテンションが高い様子の理由を知った。酒瓶がほぼ空いてる。つまりは軽い酔いの状態。

 だが、二人は体質的に酔いの症状は出ないものだと思っていた。思い込みによる作用だろうか。


「――話が逸れたが、俺が言いたかったのは猫じゃなくて、神殿だ」

「しんでん……神殿? 急にどうした?」


 アカツキだけでなく、サクラもきょとんと目を丸くした。確かに前置きがない状態だと何を言われているか受け取れないのも無理はない。アルは事前に聞いていたから分かるとはいえ、ヒロフミが何を言おうとしているかはまだ知らなかった。


 興味深くヒロフミに視線を向けるアルの横では、頬を膨らませたブランが首を傾げる。


『神殿とは、あの白い空間のことか』

「あ、その状態でもちゃんと話せるんだ」

『我のこれは、思念だからな!』

「そういう割に、いつも口の状態に合わせて、乱れる気がするけど」

『思い込みは怖いということだ』

「……なるほど?」


 どうでもいい話をしていると、ヒロフミからジト目を向けられた気がして、アルは口を噤んだ。


「……食事時に話すことじゃなかったか? まぁ、いい。サクラとアカツキに改めて聞きたいんだが、お前らあの白い空間に見覚えがないか?」

「え?」

「んん? 見覚え……?」


 サクラとアカツキは首を傾げつつも、記憶を辿るように考え込んだ。

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