第313話 一致団結

「そういや、サクラへの【まじない】は上手くいったのか? 正直、俺には違いが分からないんだが」


 不意に真剣な表情になったヒロフミが言う。サクラとアカツキは顔を見合わせて、曖昧に頷いた。


「たぶんね。調子がいい気がするもの」

「とりあえず、宏が渡してくれた【まじない】は問題なく発動したはずだぞ。ってか、こんなすぐ再会できんなら、俺に託さなくても良かっただろ……」


 アカツキが恨めしげにヒロフミを睨む。対するヒロフミはきょとんとした表情だったが、すぐに状況を察して肩をすくめた。

 アルもヒロフミがこれから言うことをなんとなく察している。


「いや、ここを出入りすると、時間が大きくずれるだろ? 俺は多少調整できるようになったが、それでも数か月単位の誤差は生まれる」

「……あ」


 異次元回廊の内外は時間の流れが違う。それはアルが外に出た時に実感したことで、アカツキも指摘されてその事象を思い出したようだ。

 少し申し訳なさそうな顔で、アカツキが「外ではどのくらいの時間が経った?」と尋ねる。


「んー……バカツキと外で会ったのは、半年前くらいか」

「マジでずれてる……。こっちだと一か月経ってないぞ」

「そんなもんだろうな」


 ヒロフミは驚くことなく受け入れた。時間の流れに誤差が生じるという事象は、出入りを繰り返しているヒロフミにとっては慣れたことなのだろう。

 アルは気になることがあり、二人の会話に口を挟むことにした。


「ヒロフミさんは、この空間を出入りする際の時間の誤差を制御できる術を見つけたんですか?」

「おう、そんなもんだな。世界間転移の研究の副産物なんだ。ここでの出入りくらいでしか使えねぇし、正直俺には時に干渉する才能がないから、気持ち程度の効果になるんだが」


 情けなさそうに呟くものの、その術が実際に効果を示しているならば、凄いことだと思う。アルのように時の魔力を把握することなく、時を操作しているようなものだから。

 といっても、転移魔法は元々、時の魔力を多少なりとも操る理論が練り込んであるようなものだ。それを改変して転移の【まじない】にしているなら、気持ち程度の効果なら示せる可能性はある。


「ぜひ、その【まじない】を見せていただけませんか?」

「は? いや、それは構わねぇが、こっちの世界の言語にしてないから、読めないと思うぞ?」

「え……あぁ、その問題がありましたね……」


 高揚していた気分が一気に落とされた。ついでに、読めない言語から連想して、現在苦戦している翻訳作業を思い出し、さらに気落ちする。

 アルの落胆があまりに大きいように見えたのか、ブランが呆れた顔でアルの足を叩き、雑に慰めてくれた。


「気になるって言うなら、翻訳しておくぞ」

「いいんですか!? お願いします」


 少し憐れんだ表情でヒロフミが提案してくれたので、アルは食い気味に答える。再び期待で心が躍った。

 ブランがジトッとした目で見上げてきたので、慌てて平静を取り繕ったが、上手くできている気がしない。


『アルも我慢という概念をすぐ忘れ去る。我を叱るくらいなら、自分ももっと欲望を抑える努力をしてみたらどうだ』


 ブランの静かな口調で放たれた言葉が胸に刺さった。言い返す言葉もない、至極ごもっともな忠言だ。


「……だって、解析作業疲れるんだよ。少しくらい楽しみがあっても良くない?」

『それが他の研究というところがいかんと思うぞ。体を動かす方に関心を向けろ。動かずにいたら、いざという時戦えなくなるぞ』

「……その通りだね」


 言い訳も通用しなかった。肩を落すアルと胸を張って叱りつけるブランを、ヒロフミが苦笑しながら眺めている。

 アカツキが慣れた様子で口を挟んだ。


「まぁまぁ、アルさんの楽しみですからね。精神的疲労には魔法研究、肉体的な部分には魔物狩り。両方楽しめばいいじゃないっすか」

『……それはそうだな。うむ。つまり、我が思うがままに食うのも許容されるべきで――』

「それは違うんじゃない?」


 どさくさに紛れて自分の主張を通そうとしてくるブランの頭を掴む。上目遣いで小動物のような眼差しで見つめられても、アルは妥協する気にはならなかった。

 アルの魔法研究は基本的に他者に迷惑を掛けないと思うが、ブランの食欲はそうではないだろう。少なくともアルの労力を割かなければならない、という迷惑が生じている。


「――ブランが、魔物を調理せずに食べるので満足するなら、僕は何も言わないけど」

『……むぅ。アルの調理がなければ、旨い飯にならないではないか』


 アルはさりげなく褒められた気がして、ほだされそうになるのをグッと堪える。


「うーん、ブランなら生肉でも半生肉でも問題なく食えるんでしょうけど、それがその肉の最も美味い食い方かって言うと、絶対違いますもんねぇ。俺もたぶん食っても何ともならないんだろうけど、食う気になりませんし」

「調理って人間が生み出した最も偉大な文化だと思うわ」


 真面目な顔で言うアカツキにサクラが共感して呟く。二人とも重々しい雰囲気だ。


「そりゃそうだ。美味い飯は娯楽の一種かもしれねぇが、生きる上で必須だよな」


 ヒロフミまで真剣な表情で言う。食にこだわるのは、魔族の特徴なのだろうかと、アルは少し疑った。これまで聞きかじった情報で判断しても、さほど大きく間違ってはいないだろう。


「……美味しい食事が精神にも作用するのは僕も同意します。ブランは量を考えるべきですけど」

『結局、そこに戻ってくるのか! 折角、アルが妥協してくれると思ったのに!』

「しないよ?」


 アルはにこりと笑ってブランの嘆きを聞き流した。

 だいぶ話は脱線したが、そろそろアルたちの今の作業についてヒロフミに話さなければならない。ヒロフミはアカツキとは違って、絶対に戦力になってくれるはずだ。


 アルは白い空間に刻まれた文章を解析していることを告げ、サクラの補足を挟みながら、現在判明していることの説明まで終えた。


「――ふぅん、そんなことが……。というか、俺はどうしてそんな謎を放っておいたんだろうな……?」


 ヒロフミが真っ先に口にしたのは、不快感の籠った疑問だった。アルがその言葉の意味を理解し損ねて首を傾げている間に、サクラが頷きながら同意した。


「それよ! 私も疑問に思ってたの! アテナリヤが残した場所に書かれた文字なんて、どう考えても怪しいでしょ。私たちなら真っ先に全部解析してるはず。そりゃあ、精霊の文字なんて知らないから、そこは謎のままになってるか、精霊に文字を教えてって頼むだろうけど。それでも、読み解けないって事実は早いうちにもっと明確に判明していたはずなのよね」


 ほぼ一息に、勢いよくそこまで話すと、サクラは少し不安そうな表情になった。

 アルはサクラの話で、ヒロフミが不快そうにした理由も、サクラが不安そうになった理由も、なんとなく理解できた。


「――これって、どういうことだと思う?」


 投げ出されたサクラの疑問に、正解かは定かではなくとも、答えを見出していたのはアルとヒロフミだけだったのだろう。アカツキとブランは不思議そうに首を傾げている。

 アルはヒロフミと視線を交わし、同じ意見を持っていることを確信した。


「「思考誘導」」


 重なった声。まさか一字一句合わさるとは思わなくて驚いてしまった。


「――はぁ、くそったれ。アテナリヤってヤツはなんなんだよ。それとも別のヤツか? 洗脳系には対処できると思ってたんだけどなぁ。自信なくすわ……」

「……やっぱりそうよね」


 ブツブツと呟くヒロフミに、サクラが同意する。サクラも確信はなくとも、同じ考えは持っていたようだ。

 アカツキとブランが厳しい表情で黙り込むのをよそに、ヒロフミはひとしきり愚痴を零すと、不意にアルを強い眼差しで見据えた。


「どうやらアテナリヤは俺たちに秘密を探られるのを拒んでいるらしい。だが、アルにはその意思は作用しないんだろう。……改めて頼む。神を探り、俺たちが帰還する術を見つけ出せるよう、協力してほしい」


 アルは意思が籠った眼差しに一瞬気圧されたが、すぐにしっかりと頷く。


「僕がどこまでできるかは分かりませんが、協力することに否やはありません」


 異世界転移術を探る最後の一人が加わって、事態が大きく変わっていく予感がした。


――

再会編はここまでです。

次回からの新章もお楽しみいただけましたら嬉しいです(*´ω`*)

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