第307話 狩りフィーバー

 本日晴天、休養日に相応しい天気だ。

 といっても、異次元回廊ではサクラたちがあえて天気を変えようと思わない限りは晴天だし、休養日という名の狩りに勤しむ日なのだが。


「――なにはともあれ、ブランが楽しそうだからいいか……」


 アルは縦横無尽に駆けて魔物を瞬殺していくブランを眺めて呟いた。


 温泉プールに向かうアカツキとサクラを見送り、アルたちがやって来たのは強敵ゾーン、別名【美味しいお肉狩り放題ゾーン】である。アカツキが用意してくれたものだ。


 魔物の多くは強ければ強いほど、肉が上質で美味しいという傾向がある。この場所には、アカツキがアルやブラン、そして肉を食べる自分のために選んだだけあって、美味しい肉質の魔物が揃っていた。


『アル! アル! これ、初めて見たぞ!? 何の肉だ?』


 本来のサイズに戻ったブランが、狩った魔物をくわえて近寄ってくる。厳めしく、それでいて神聖さも漂わせる聖魔狐本来の姿だというのに、尻尾をブンブンと振ってご機嫌な様子は、少し間抜けにも思える。

 そこがブランの愛嬌のある部分なのだが、アルは時々「高貴な聖魔狐を自称しているのに、それでいいの?」と問いかけたくなる。


「……えぇっと……美音羊トーンムトンだって。羊肉だね。臭みがなくて美味しいみたいだよ」

『ひつじ……』


 鑑定眼で見た結果を教えると、ブランは地面に下ろした美音羊トーンムトンをじっと見下ろした。ブランが今何を思っているのか、アルは聞かずとも分かった。正直、アルの脳裏にも過ったことなので。


「ヒツジさんじゃないよ?」

『……分かっている。旨い肉ってことだな!』


 ソフィアの執事のヒツジ。羊型の魔物を見る度に思い出す人だ。

 何とも紛らわしい名を頭から振り払い、ブランが再び肉を狩ろうと駆けていく。既に一か月分にはなろうかという量の肉を狩っているのだが、ブランの狩り意欲に低下の兆しは見えない。

 ちなみに、ブランが日頃食べる量を基準にした一か月分なので、アルたち人だけの食事なら、軽く半年分くらいの量にはなる。


 アルは今のブランと同じくらいのサイズの美音羊トーンムトンを見上げて暫く停止した。

 この美音羊トーンムトンは、鑑定眼での情報によると、生きている時なら妙なる音色の鳴き声を発するらしい。それを聞くとあまりの美しさに魅了され、動きが止まった隙に攻撃されてしまうようだ。

 それほどに美しい調べなら、アルも一度聞いてみたかった。


『次は知ってるヤツだ。牛肉!』

「良かったね~。そういえば、ブラン、この美音羊トーンムトンの鳴き声はどんな感じだった?」

『鳴き声? 知らん。鳴く前に狩ったからな』

「そうなんだ。すごく美しい鳴き声らしいよ」

『ふ~ん?』


 ブランが興味なさそうにしながら去っていく。魔物に食える肉以上の認識を持っていないのだろう。


「……残念だけど、ブランらしいかな」


 アルは苦笑して呟きながら、魔物をアイテムバッグに収納した。

 美音羊トーンムトンはその肉質だけでなく、もこもことした毛も保温性に優れた高品質な素材だから、良い収穫になった。冬になったらブランの寝床や、アルの衣服などを作るのに使えそうだ。

 アカツキから一瞬で便利なアイテムをもらえるとはいえ、自給自足の精神は忘れたくない。物作りはアルの趣味でもある。魔物素材はギルドに売ってお金を得る材料だけでなく、アルの創作に欠かせないものなのだ。


「――よし、そろそろ僕も動こう。ブランは大物狙いみたいだから、小さめのものを狙おうかなぁ」


 近場にはもうブランが狙うような魔物がいなくなったのか、ブランの気配は遠くにある。この調子なら、暫くアル自身の狩りに集中できそうだ。


 狙うのは樹上を住処にする小型の魔物だ。一体あたりにとれる肉の量は少ないとはいえ、肉質自体は繊細で旨味が強いものが多い。しかも、ここにはアカツキが味を重視して選んだ魔物がいるのだから、美味しさは保証されているようなものだ。

 ブランは大きな体格だから、こうした小さい魔物を狙うのは面倒くさがる。その分をアルが対応するのだ。


「こういう時のために用意しておいたんだよね」


 アルはワクワクと心躍らせながら、アイテムバッグから取り出した魔軽銀製の魔道具を取り出した。旅の初期に使っていた魔道具を、空き時間に改良したのだ。

 円筒形の魔軽銀に持ち手を付けた魔道具で、指先一つで魔力を流して魔力弾を放つことができる。発動までのタイムラグを短くするのに結構苦労したが、そのおかげで、逃げ足が速い魔物も仕留めやすくなった。

 剣や魔法を使うと想定以上の威力を放ってしまいがちなことを考え、一発分の魔力は定量にしている。


「じゃあ、まずはあれから――」


 樹上の葉陰に僅かに窺える鳥の姿。それに狙いを定めて魔道具を発動する。無音で放たれた魔力弾は見事に鳥に命中した。


「よしっ! しっかり追尾機能も発揮されたね。いい感じ」


 弓矢より威力、精度が増した攻撃用の魔道具だ。アルは生活用の魔道具を作る方が好きだが、こうして戦闘を楽にできるのもあって損はない。なにより、何かを工夫して作るのは、魔道具製作技術力の向上に繋がるのだから、思いついたものはとりあえず作ることにしている。


 落とした鳥型の魔物をアイテムバッグに仕舞いながら、次の獲物を求めてアルは駆けた。動くことを目的としてやって来たのだから、魔道具で楽をできるからといって、のんびりするつもりはない。

 それに、アルは魔道具を作ることだけではなく、使うことも好きなのだから、新しく作った魔道具の性能を調べるために、魔物の姿を追い求めて狩りまくるのは必然ともいえた。



 ◇◆◇



 お昼休憩を挟んでいっぱい動き回って得た本日の狩りの成果は、アルたちが想定していた以上の量になった。

 狩った魔物を持ってきたブランが、アルの魔道具に興奮して『我にその性能を見せろ!』と大量の魔物を追い込んできたのだ。とんだ追い込み漁になってしまった。

 ブランに追われて必死に逃げてくる大量の魔物と相対することになり、アルは疲れてしまったが、魔道具の性能を十分に分析できたのは満足である。


「――というわけで、本日の夕食は焼肉です。たくさんのお肉がありますよ」


 解体の魔法陣で魔物を解体して肉を用意し、火の用意をするだけで焼肉の準備は終わり。もちろん、それに加えて野菜やコメも用意しているが、本日の主役はなんといっても大量の肉である。


 サクラとアカツキは温泉プールで一日リフレッシュしてきたようで、明るい表情で夕食に合流してきた。だが、アルがテーブルに用意した肉の量を見て、二人は顔を引き攣らせる。


「え、これ、もしかして今日一日の成果?」

「うっそでしょ。もしかしてお肉ゾーンの魔物、全部狩り尽くしちゃってませんか……?」


 恐ろしそうに尋ねてくる二人に、アルはにこりと笑みを向けた。テーブルに出した肉は狩りの成果の一部であるのに、アカツキはなかなかの慧眼である。


「はい。たぶん狩り尽くしました。お暇なときに、追加をお願いします」

「……マジかよ。冗談で言ったんですけど。ってか、追加いります? あそこの魔物全部狩ったなら、一生分くらいの肉の量ありますよね?」


 アカツキがさらに顔を引き攣らせる。確かにアカツキが言う通り、一生分に思えるくらいの肉が、現在アイテムバッグの中に収まっているが――。


「ふ、ふふ……一生分? この食いしん坊を知っていて、本当にそう思いますか?」


 ブランが食べる量を考えると、この肉では一年ももたないだろうなと考えて、アルはその儚さに変な笑みが漏れてしまった。


「い、え……思いません。追加しておきます……」

『うむうむ。我の腹を満たすのに、十分な量を確保せよ』


 肉の山の横で、ブランがご満悦の雰囲気で胸を張り、尻尾を揺らす。アルはなんとなくその頭を叩いた。瞬間的に沸き上がったのがどんな感情なのか、アル自身でさえ分からない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る