第306話 途中結果報告

 アルたちが食事を終えて片づけを始めたところで、眠そうにぐてっと寝転がっていたブランが顔を上げた。


『解析はどこまで進んでいるのだ?』

「あ、それ、俺も気になってました。記録した分からすぐにアルさんたちに渡してますけど、解析結果とか今のところどんな感じですか? もしかして、この作業無駄ってことにはなりませんよね?」


 アカツキが片づけの手伝いの手を止めて首を傾げる。

 アルはサクラと顔を見合わせて、肩をすくめた。アカツキは現在記録している文章が、アルたちの目的に沿っていないのを心配しているようだが、現状ではそれを判断するまでに至っていない。


 文章を解析している目的はもちろん、魔族に関して創世神アテナリヤが何か記録を残していないか探ることだが――。


「今のところ、解析した内容が、アテナリヤが残したものだということしか、分かっていませんね」

「へ? どういうことです?」

「あのね、つき兄。記録していて分かっていると思うけど、一つ一つが結構短文でしょ? どうも、いくつかの文章を組み合わせることで、読み解けるものになっているみたいなの」

「……へぇ、そうなんだぁ」


 サクラの説明にアカツキが曖昧な表情で頷く。これは絶対に理解していない顔だ。

 ブランもよく分からなかったのか、目を丸くしてパチパチと瞬きを繰り返している。だが、馬鹿だと思われたくないのか、疑問を口に出すことはなかった。


 理解していないなら、そう言ってくれればいい。分かったふりをされるより、その方が良いに決まっている。

 それに、解析を担当しているのはアルとサクラだが、アカツキとブランの意見をもらえたら、解析が捗る可能性もある。


「実際に見てもらった方が分かりやすいかも」


 アルは二人に説明するため、片づけを中断して、アイテムバッグから紙の束を取り出した。どの紙にも、様々な言語を翻訳したものを記している。


「――記録した文章が多種多様な言語で書かれているのは、二人も分かっているよね?」

『うむ。我は現在広く使われている言語しか知らぬが、それ以外のものが多いのは判別できるぞ』


 ブランが頷く。実はブランに文字を教えたのはアルだ。

 言葉自体は少し古風ながらも、ブランは会った当初から知っていた。時代の移り変わりの中で、文字は様々な変遷があったが、言葉自体は然程変わっていないらしく、ブランは長い生の中で冒険者たちから聞きかじり覚えていたのだ。


 だが、文字はというと、森の中で書物を読む者なんてそうそういないため、ブランはアルに出会うまで知らなかった。

 そこで、アルは辞書や図鑑を駆使して、ブランに文字を教えたのだ。共に旅に出るなんて考えてもいなかった頃の話なので、双方ともに暇つぶしの遊びだった。


「俺もアルさんたちが使う文字は理解できますけど、それ以外は無理っすねぇ。……いや、昔の記憶の中では多少使ってたみたいだけど、昔過ぎてもう記憶の彼方に……!」


 のんびりと返事をしたアカツキが慌て始めたのは、サクラから冷たい視線を向けられたからだ。

 アカツキがダンジョンに閉じ込められている間に生まれ消えていった文字はともかく、それ以前はサクラたちと共にこの世界の文字に親しんでいたはずなのだ。サクラが『どうして知らないの?』と思うのも無理はない。


「僕としては、アカツキさんが現在の言語を知っていることの方が不思議ですけどね」


 アルはふと思い浮かんだ疑問を呟いた。アカツキが当たり前に使っていたから、これまで不思議に思わなかったが、よくよく考えるとおかしな話な気がする。


「あー、それはー……なんでだ?」


 アカツキもアルに聞かれて改めて考え、不思議そうに首を傾げた。本人が分からないというのが更に謎を深める。

 アルが思わずアカツキを凝視していると、答えは違う相手からもたらされた。


「それは今の言語が、原初に近いから、使えていると思っているだけでしょ。ちゃんと文章で書こうと思ったら、アルさんが見ると違和感のある文章になるはずよ」

「え、そうなん?」


 サクラが説明してくれた内容に、アカツキがきょとんと目を丸くして首を傾げる。アルも驚いたが、すぐに納得した。


「確か、現在広く使われている言語は、魔法陣に適応した形になっているんですよね」

「ええ。この世界の文字は各地域で発展して、様々な変遷を遂げたわ。それは、基本的に他国に機密情報が漏れないように、読み取りにくくするための独自の進化が理由なんだけど」


 アルはサクラの説明に耳を傾けた。書物で知っている話ではあるが、実際にその変遷を見てきた者が話していると思うと興味深い。


「――でも、最も初めにあった言語は、原初の言語であり、創世神がもたらしたものだと聞いているわ。創世神はこの世界の理を司る。それは魔法の根幹にある理も例外じゃない。つまり、魔法はもともと創世神が齎した原初の言語で使われるのが、もっとも効率が良い形になっているの」


 アカツキとブランが「へぇ~……」とあまり興味なさそうに頷いた。その二人に苦笑しながら、アルはサクラの説明に補足する。


「確か、現在使われている文字がほぼ統一された理由は二つあるんですよね。一つは、世界的に戦がなくなり、各国内で独自の文字による情報秘匿の必要性が薄れたこと。もう一つは、魔法を使用する際の効率を求めたこと」

「ええ、そうね。現在の文字は原初に回帰しているようなもの。だからこそ、原初の文字に馴染みのあるつき兄はある程度読めるし、書けるのよ」


 少々脇道に逸れたが、疑問が解消したところで、アルは元々の説明を再開した。


「えぇっと……解析結果の話を続けるね。こんな感じで様々な言語が文章に使われているんだけど――」


 紙をテーブルに広げながら話す。これ自体は記録したアカツキたちもよく知っているので説明を追加する必要はないだろう。


「どうもそれぞれの文章は独立して存在しているわけじゃなくて、組み合わせることで意味が分かるようになっているみたいなんだ。例えば、これとこれ。異なる言語で書かれているけど、ここの記号を見て」

『うむ……? これは記号なのか』

「うん。文字としては使われていないものだよ。この記号は、こっちでは文頭にあるけど、これでは文末にあるでしょ?」


 二枚の紙のそれぞれに記された記号をアルが指すと、ブランたちが頷いた。


「――これはこの二つの文章をこの記号のところで接続する、という意味みたい。この一文を繋げて読むと『これは私の記録。過ちを忘れないために記す』という意味になる」

『……文章を繋げるだけなら、読み解くのは難しくないのではないか?』


 もっともな疑問を投げかけてきたブランに、アルはため息をつきながら首を振った。


「それがそう簡単な話じゃないんだよ。これは文章を前後で繋げるだけで良かったけど……こっちを見てみて」


 アルは次の紙を示す。そして、文章の所々に入り込んだ記号を赤ペンで丸く囲った。


「こっちには複雑に色んな記号が組み込んであるでしょ? ここに適する文章を、記号を目印にこの記録の山から探って、読み解かないといけないんだ」

『……この一つの文章に、アルが示した記号は十以上あるんだが? これは文章と言うより、記号の羅列になっていないか?』


 ブランが啞然とした表情で呟く。それはアルがこの事実を知った時に抱いた感想と同じだった。

 アルはサクラと視線を交わす。サクラは疲労感を思い出したように、大きくため息をついた。


「その通り。何を考えてこんな分かりにくい文章にしたのか分からないよ。創世神アテナリヤが残したものだとは思うんだけどね。これ――」


 アルは新たに取り出した紙をブランたちに示した。今日ちょうど一部が解析できた文章だ。


「ここの部分に『この世界の神であること。それはなんと』って書いてある。この続きはまだ読み解けてないよ」


 この文章が異次元回廊に記されているという事実だけで、これはアテナリヤの記録だと考えてもいいだろう。


『……そうか。続きもがんばれ』

「……ふぁいとー」


 アルたちの苦労を理解してくれたのか、ブランとアカツキが同情したような表情で激励をくれた。幾分投げやりにも聞こえたので少し不満だが、アルたちがやり遂げるべきことであるのに変わりはない。


「はいはい、頑張るよ。明日は休息日にするけどね」

『うむ。難しいことは忘れて、たっぷり遊ぶぞ!』


 アルとサクラを気遣ったのか、ブランが元気いっぱいに宣言してくれたので、アルのすさんだ気分が少し和んだ。

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