第305話 甘いものは別腹?

 パスタやピッツァを楽しんで、ほどほどにお腹が満ちてきたところでデザートに移る。


「デザートも種類がたくさんあるから、好きなのを取ってね~」

「おぉ! 流石桜が作ったスイーツだ。彩りがいいねぇ」


 サクラが示したトレイには様々な色合いのスイーツが並ぶ。どれも小さめのカップに入っていて、食事を十分にとった後でも食べやすそうだ。


『旨そうだな! 我はとりあえず全種食べるぞ』

「……いいけど、とりあえずって何?」


 ワクワクとした雰囲気で尻尾を振ったブランの要求に応えて、アルは全種類のスイーツをブランの前に並べた。

 スイーツは全部で十種類。スポンジやゼリー部分が共通で、デコレーションや味付けを変化させているものが多いようだ。共通の材料を使うことで手間は減るが、それでもこれだけの種類のスイーツをササッと作ってしまえるサクラは凄いと思う。


『ん? 旨いものはおかわりして食うからな!』

「全部美味しかったらどうするの?」

『全種おかわりする!』


 ブランはあっさりとそう宣言し、一つ目を食べ始める。アルはブランの言葉に呆れつつも、いつものことかと聞き流した。

 十中八九ブランが全種おかわりする気がしたので、食べたいものをあらかじめ自分の腹具合と相談し確保しておく。


「俺も全種、と言いたいところだけど……ピッツァ食い過ぎた~! 炭水化物尽くめだったし、結構お腹がいっぱいだ……」


 アカツキがお腹をさすりながら、悲愴な表情で呟く。食事の途中からワインと一緒に食べ始めたアカツキは、量を上手く加減できなかったようだ。

 確かに自分でソースや具材を選んで焼きたてのピッツァを食べるのが楽しくて美味しすぎて、アルも食べ過ぎた気がする。


「明日は運動ですね」

「んん……アルさんの言う運動って、ハードすぎる気がするんですけど……。まぁ、気分的にデブまっしぐらな感じなのは嫌ですからねぇ。運動しましょうか……」

「私もする~。正直、頭使う作業ばっかりで、ちょっと気分が鬱々としちゃってたんだよね。あっちのアスレチック施設かプールで遊ぶ?」

「お、いいね。プール行こう」


 アルの提案から明日の予定が決まった。アカツキが少しホッとした表情なのは、アルの言う運動が、魔物狩りに繫がると考えていたからだろう。

 もちろん、アルはそのつもりで言ったのだが、プールで遊ぶというのでも構わない。ただ、その場合、ブランが嫌がりそうである。


『……我は行かんぞ』


 案の定、デザートでご機嫌だったことを忘れたように、ブランが顔を顰めていた。警戒するように見てくるので、アルは思わず苦笑してしまった。


「別に無理強いはしないよ。僕は魔物狩りでもいいし」

『ならば旨い肉を狩りに行くぞ!』


 ブランが一気にテンションを上げた。キラキラとした目で尻尾を振っている。ここ暫く大人しくアカツキの補助をしていたから、言葉に出さずともきっと退屈していたのだ。

 ブランは魔物なのだから本能として戦闘を望むし、たまには思う存分体を動かすべきなのだろう。アルはそれに付き合うのも楽しいから問題ない。あまりに度が過ぎると嫌だが。


「じゃあ、明日は二手に分かれる感じですねぇ。……プール楽しいのに」

「というか、普通に明日は作業休みってことにしてるけど、大丈夫?」


 サクラが少し心配そうな顔で尋ねてくる。

 料理で気分転換しようと提案した時も気にしていたが、サクラは進捗を考えすぎだ。たった一日の作業の遅れなんて、サクラのこれまで生きてきた長さで考えれば小さな影響だろうに。


「問題ないでしょう。気分転換した方が、作業効率が上がることもありますし」

「そうだったわね。……明日は思いっきり楽しみましょ」


 アルの言葉で気が晴れたのか、サクラが微笑んでアカツキと明日の予定を話し始める。二人の表情が楽しげで微笑ましい。

 アルは手元に引き寄せたスイーツをスプーンですくい食べる。ほろ苦さとチーズのまったりとした甘さが口の中に広がった。これがティラミスというものか。


「……美味しい。甘すぎないのがいいな。サクラさんのレシピにあるものって、スイーツが甘いだけじゃないのが多くて面白いよね」

『うむ。だが、我はあまりこの苦いのは好かん。旨いのは分かるが……』

「あれ、珍しい」


 ブランが小さく首を振る。ティラミスはブランの口に合わなかったらしい。確かにブランは分かりやすく甘いものの方が好きだった気がする。


「じゃあ、おかわりしない?」

『他の九個はおかわりするぞ!』

「……あ、もう全部食べたんだ?」


 ブランに取っておいたデザートは既に空になっていた。最後に食べたのがティラミスだったらしい。

 早くおかわりをくれとねだってくるブランに、アルは苦笑しながらカップを渡す。サクラがたくさん作ってくれていて、アカツキたちはお腹がいっぱいであまり食べそうにないから、ブランがおかわりをたくさんしたところで困る人はいないだろう。


「ブランはやっぱりフルーツ系が好き?」

『そうだな。このスポンジとクリームとフルーツが層になっているのが、この中では一番好きだ』

「ああ、これか。……うん、甘い。でも、クリームが甘すぎなくて、フルーツの味もちゃんと楽しめるね」


 ブランが一番と言ったものに興味が湧いて、アルも食べてみる。軽いくちどけのクリームが美味しくて、フルーツは瑞々しい。スポンジもしっとりしているのに柔らかくて、一流の料理人の味だと思った。少なくとも、普通の街中で食べられる味ではない。


「――このスポンジケーキの作り方、サクラさんに教えてもらおう」

『精進を忘れないのは大切だな。試作の消費は任せろ』


 偉そうに頷くブランの言葉に、アルは笑みが零れた。いいことを言っている風だが、ブランの食い意地が表れた言葉だとしか思えなかったからだ。

 料理の練習をしたら、試作が出来上がるし、その処理が必要なのは確かなので、ブランの申し出は助かる。だが、偉そうに言うことではないだろう。


「ブランにも、調理を手伝ってもらおうかな」

『我の毛入りスイーツを望むのか』


 冗談で言った提案に、ブランが真顔で返してくる。アルは想像して即座に首を振った。


「嫌だ」

『ならば、我は試食担当だな!』

「……いいけどね」


 言質を得たと言わんばかりに、ブランが誇らしげに胸を張る。ブランの毛入りスイーツは食べたくないので受け入れるしかない。以前エプロンをつけて作業を任せたことがあるけれど、あれはあれで気を遣って少し疲れるのだ。


「アルさん、このゼリーもおすすめよ?」

「う~ん……じゃあ、それを最後にします」


 サクラに勧められたカップを受け取る。ついでにスポンジの作り方の教授をお願いしたら、輝いた笑顔で頷いてもらえた。どうやらライバル認定しているアルにスイーツ作りを教えられるのが嬉しいらしい。

 快く教えてもらえるなら全く問題ないが、いつまでライバル認定が続くのかと、アルは苦笑してしまった。


「……あ、これさっぱりしていて美味しいです。冷たくていいですね」

「でしょう? 柑橘系のゼリーにレモンのソルベをのせているの。食後とか口直しにピッタリ」


 スッと清涼感のあるスイーツに、満腹感がおさまった気がする。調子に乗って食べ続けることはしないが。


「俺はティラミスが好きだよ~。この苦味、愛してる……」

「ちょっと、ティラミスで社畜時代を思い出してるんじゃないでしょうね? コーヒーは使っているけど、これは眠気覚ましじゃないのよ?」

「うん、うん……分かってるけど、やっぱり口に馴染むんだよな……」


 愛していると言いつつも、どこかほろ苦い表情を見せるアカツキに、サクラは呆れた視線を向けている。

 アルはよく分からないなと思いつつも、デザートを楽しんだ。


『旨かった!! 明日は肉尽くしだな!』

「……そうだね」


 魔物を狩るということは、必然的にそうなる。アルはご機嫌なブランに頷いておいた。

 食べ過ぎたから運動しようという計画のはずだが、明日も食べ過ぎる予感しかしない。

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