第304話 それぞれの味
食材の発注はサクラの方が慣れているので任せることにした。アルが最初にするのは具材の用意だ。
肉や魚介類、野菜を食べやすい大きさに切って、軽く火を通す。
ピッツァを焼く窯は外に設置するものらしいので、ここで下ごしらえを終えたら知識の塔の外に移動するつもりだ。
「――ご注文の品をお届けしました」
「ニイ、ありがとう。そこに置いてくれる?」
アルの横でスイーツ作りを始めていたサクラが、調理台の端を指す。ニイがそこに食材を積み上げていった。アルには馴染みのない容器に入れられているものが多い。
「あぁ、これがレトルトソースですね」
容器に書かれている字は、おそらくニホンのもので、アルは読めない。だが、丁寧に絵が描かれているから、使用用途は分かりやすかった。
「そうよ。乾燥パスタはまとめて茹でましょ。これは七分茹でればいいわ。レトルトソースは鍋で湯煎ね。温めた後はアルさんのアイテムバッグに仕舞っておいてくれる?」
「分かりました」
サクラの指示通りに動きながら、アルは少し新鮮な気分を味わっていた。ほとんど独学で料理を学んだアルは、こうして指示をされながら料理をするのは久しぶりだ。以前、ドラグーン大公国で〈にゃんにゃん食堂〉の料理人に習ったことはあるが。
「ブランはがっつり肉を食べたいって言う気がするし、他にも作っておくか」
レトルトソースなどで料理の手間が省けたアルは、早々にすることがなくなってしまった。サクラはティラミスだけでなく、様々なスイーツを作っているようだ。アルも何か作ろうと考え、様々なメニューが頭に浮かぶ。
「――テリヤキはピッツァにも合いそう。後は揚げ物とかはどうだろう。揚げた後に窯で焼いたら美味しくなくなるかな。でも、それはそれで面白いかもしれない」
作り始めた時よりも楽しくなってきて、アルは結局大量のおかずを作ることになった。レトルトソースで楽をした分を上回る作業量になっているが、楽しいので問題ない……ということにしたい。
この作業は気分転換だから、好きにすればいいのだ。
「余ったら、作り置きおかずにしたいけど……ブランがいるから残る気がしないな」
全ての皿を空にするブランの姿が容易に想像できて、思わず微笑んでしまう。毎回のように「食べすぎ」と注意するが、自分が作ったものを喜んで食べてもらえるのは、アルにとっても嬉しいことなのだ。
作業に熱中すること暫し。アルとサクラが我に返った時には、大量のおかずやスイーツがテーブルに所狭しと並んでいた。
「あ……調子に乗って作り過ぎちゃった……」
「僕もです……」
呟いて顔を見合わせる。サクラもアルも、少し照れくさい笑みを浮かべていた。
料理好きが揃ったせいか、暴走してしまった。ここにアカツキやブランがいたところで、二人とも食べるのが大好きだからアルたちを止めることはなかっただろうが。
ニイには早々に知識の塔の外でピッツァ窯を用意してもらっているので、ここにはいない。
「つき兄も、ブランも、すっごく喜びそうねぇ」
「そうですね。今日はたくさん食べても叱らないでおきます」
「そうね。私たちだけ気分転換してしまったんだものね」
作った料理を一旦アイテムバッグに仕舞う。外は少しずつ日が落ちてこようとしていた。アカツキたちが戻ってくるのももうすぐだ。
◇◆◇
夕焼け空から夜空に移り変わる黄昏時。知識の塔の傍には、煌々と明かりが灯されていた。
ニイが設置してくれたピッツァ窯は既に温められ、いつでもピッツァを焼ける状態だ。いくつも用意したテーブルには、各種ソースを掛けたパスタやたくさんのおかずが並ぶ。もちろんピッツァの生地や様々な具材、ソース、チーズなども大量にあった。
「ここまで用意すると、壮観……」
「確かに、これ、四人で食べる量じゃないわね」
「ブランの食事量は一人分におさまらないので」
「ふふ、そうね」
アルがサクラと話していると、駆けてくる人影が見えた。だが、人影に先んじて、凄まじい勢いで近づいてきたブランに、アルは思わず跳び退く。
『なんだ、なんだ!? 旨そうな匂いが溢れているぞ! 今日はなんのお祝いだ!?』
アルに衝突しそうだったことは一切気にせず、ブランが興奮した様子で尻尾を振った。アルは思わず半眼になり、ペシッと小さな頭を叩く。
「ちょっと、今、危なかったでしょ。ブランの勢いで跳びかかられたら、僕死んじゃうから」
『アルなら大丈夫だ!』
「過信はやめてください」
真剣に告げた言葉の意味は、ブランに半分も受け取ってもらえなかった。
完全に意識を料理に向けているブランを見て、アルはため息をつき、ブランの行動改善を諦める。ブランも本気でアルが怪我をするような行動はしないだろう。
「っ、はぁ、はぁっ……ブラン、速いっす……」
ブランに遅れて帰ってきたアカツキは、息も絶え絶えの様子だった。別に急がなくても料理がなくなることはなかったのだが。
「お疲れさまです、アカツキさん」
「つき兄、おかえり~。今日の夕食はイタリアンビュッフェ……のつもりだったんだけど、わりとごちゃまぜメニューになっちゃった」
サクラが「えへっ」と笑うと、アカツキが息を整えながら目を輝かせる。
「全然いいよ! メインはピッツァ?」
「パスタもたくさん。あと、アルさんがいっぱいおかず作ってくれたよ」
「アルさん、最高かよっ!」
テーブルに並んだ料理を見渡すと、アカツキはアルを拝んで、ひたすら感謝の文言を呟く。魔法の詠唱かと思うくらい滔々と長い。
「デザートは私が作りました」
「サクラが作ったデザート! 愛してる!」
「愛はいらないけど」
抱きつくアカツキにサクラは冷めた口調で返しながらも、表情は嬉しそうだった。
アルは二人を微笑ましく眺めながら、ブランの要求に応えてピッツァを作り始める。好きな具材をのせて焼いて食べると伝えたら、大量の具材のせピッツァを注文されたのだ。
「早速、食べましょう」
「いぇいいぇーい!」
アルの言葉を号令にしたように、各自好みの料理を取り分け始めた。それぞれ好みのピッツァを作り焼いている間に、サラダやおかず、パスタを食べる。
『我はこのクリーミーなパスタが好みだ』
「あ、それはカルボナーラって言うんすよ……って、めっちゃ肉のってる」
「ピッツァ用の具材だったんですけどねぇ」
ブランの皿にはパスタ。それを隠すように大量の焼いた肉がのっていた。ブランらしいし、予想していたから言われるがままに取り分けてやったわけだが、ちゃんとパスタを味わえているのか少し疑問だ。
「俺はこの魚介たっぷりのピリ辛パスタが好きですね。ワインに合う!」
アカツキはちゃっかりお酒を飲みながら食事をしていた。いったいどこから取り出したのやら。
アルはひき肉たっぷりのトマトソースパスタを口に運ぶ。レトルトソースに炒めたひき肉を足したので、食べ応えがあった。
サクラは貝を使ったパスタを食べていた。ボンゴレビアンコというものらしい。
「あ、ブランのピッツァ焼けたよー」
『おお、旨そうだ!』
「……ピッツァっていうか、もう具材の山じゃん。食べにくくない?」
アカツキがブランのピッツァを見て呆然と呟く。アルも同感だ。ブランは美味しそうに食べているが、生地まで辿り着いていないので、ソースをつけたおかずを食べているようなものだ。
アルはシンプルにトマトソースとチーズだけのピッツァを食べた。生地も味わえて十分美味しい。
「俺は照り焼きピッツァ~」
「あ、いいね。私はクォーターにした。シンプルなのと、肉のと、魚介のと、チーズオンリーの」
「……桜のやり方が一番賢い」
「なるほど、生地を四分割する感じで具材をのせるんですね。色々味わえて良さそうです」
自分で作るからこそ、それぞれの性格が表れる。それが面白いとアルは微笑んだ。
わいわいと楽しむアルたちを見守るように、空に星が輝き始めた。
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