第303話 二人は同類

 白い空間で文字を記録しては、知識の塔で書物と照らし合わせて解読する作業は暫く続いた。


「――ああぁあ、もういや、疲れた、一生分の文字を読んだ!」

「サクラさんの一生分の文字って、途方もない数になりそうですね」

「そうだけど、そうじゃないー!」


 サクラが喚いてテーブルに突っ伏す。珍しくアカツキのようなぐれ方をしている。変なところで兄妹らしい似た部分を感じた。

 アルは自分が読んでいた本に栞を挟みながら苦笑する。サクラと同じように、アルもだいぶ疲れが溜まっていた。


「えっと……現時点で、解読が終わったのが……三十枚……」

「全体の半分にも満たないよ。これからも増え続けるし……」


 解読済みのメモと解読待ちのメモの枚数を比べて、アルはサクラと顔を見合わせた。どちらからともなくため息が零れる。


 白い空間にはアルが予想していた以上に文字が残されていた。その言語の種類も膨大で、解読には相応に時間がかかる。

 現在は、アルとサクラが解読に専念し、アカツキとブランが文字の記録を行うという分担作業にしている。それにより、最初の頃よりも効率的に進んでいるのだが、解読待ちのメモは一向に減らなかった。


「どうしてこんなにバラバラの言語で書いているのでしょうね……?」

「ほんと、それ……。これなんか、同じ内容を別の言語で書いているのよ? 手間とらせるんじゃないわよぉ……」


 サクラが二枚のメモをひらひらと振りながら項垂れた。

 書物を紐解き、なんとか解読した文章が、既に解読済みのものと同じ内容だと気づいた時の徒労感は、アルも何度も味わったものである。

 だから、サクラの不満に心から同意した。


「よし……気分転換しましょう」

「へ?」


 アルが唐突に提案すると、サクラがポカンと口を開ける。

 女性に対して失礼だが、少し間抜けに見える表情だ。それでも、アカツキより愛嬌があって可愛らしいと思えるが。


「あまり根を詰めて作業しても、疲労感が増してミスが生じかねません。ちょっと休憩しましょう。そんなに急がないといけない理由もないんですから」

「……そうよね。自分を追い詰めて頑張る必要もない、か」


 サクラの表情が次第に明るくなっていく。アルは久しぶりにサクラの柔らかい笑みを見た気がした。


「――今も作業中のつき兄には悪いけど」


 ちょっと悪い顔を見せるサクラに合わせて、アルもニヤリと笑う。


「アカツキさんやブランが『ズルい』と喚いて不機嫌になったとしても、懐柔する方法がありますよ」

「あぁ……――」


 サクラと視線が合う。アルとサクラの口が同じ形で動いた。


「「美味しいご飯」」


 重なる声に、思わず笑いが込み上げる。アカツキもブランも食欲に忠実だから、アルたちの意見が一致するのは当然だった。それにしても、一字一句同じだったのは面白いが。正直、アカツキたちの場合、食べ物の中でも色々と選択肢があるので。


「じゃあ、気分転換とつき兄たちの機嫌取りも兼ねて、美味しいご飯を作る?」

「そうですね。デザート付きでしたら、より良いかと思いますよ」

「デザートは私の得意分野よ! あ、勝負する?」


 サクラの目が輝いた。サクラはニホンではスイーツをつくる専門の料理人だったそうなので、普通のご飯を作るよりもスイーツ作りの方が、テンションが上がるようだ。

 アルとしては、職人との勝負はあまりしたくない。アルは料理をするのが好きだが、これは趣味でしかないのだ。競い合うほどの腕前はない。……何故か、サクラは前々からアルに対抗意識を燃やしているが。


「ご遠慮します。料理で勝ち負けを考えたくないので。それに、僕もサクラさんが作った美味しいデザートを食べたいです」

「あら、そんな風に言われたら、頑張るしかないわねぇ」


 サクラが嬉しそうな顔で微笑む。褒められて喜ばないほど、サクラは捻くれていなかった。

 アルもお世辞で言ったわけではない。異世界のスイーツ職人が作るものに興味があった。これまでにも何度か食べさせてもらったことはあるが、どれも美味しかったので、できれば作る工程も見てみたいと思っていたのだ。


「では、僕が食事担当で、サクラさんがデザート担当ということで」

「ええ、いいわよ。アルさんの負担の方が大きい気がするけれど」

「気分転換ですから、負担というほどのものは作りませんよ」

「それもそうね。さて、何を作ろうかしら……」


 テーブルの上を軽く片づけて、早速調理の準備に取り掛かる。知識の塔の上階には生活スペースがあるので、二人で向かった。


「――アルさんやブランって、結構日本の料理を食べているのよねぇ。まだ食べたことがないメニューにしたいけれど……難しいわ」

「食べたことがあるものでも構いませんよ? あ、必要な食材がなかったら、調達してこないといけませんね」

「それはニイに頼むわ。デパートでも工場でも、揃えてきてくれるでしょ」


 サクラが肩をすくめる。アルは納得して、メニューを悩むサクラを見守った。

 今回はサクラのデザートに合わせて食事を考えるつもりだ。アカツキが好むワ菓子ならば、それに合わせてニホン食にするし、アルに馴染みがある感じのスイーツなら、それに合わせる。


「う~ん……今日はイタリアンにしましょ!」

「イタリアン?」


 初めて聞く言葉な気がした。アルが首を傾げると、サクラが説明を加えてくれる。


「パスタとかピッツァとかのことよ。そしてイタリアンのスイーツと言えば、ティラミス! コーヒーのほろ苦い感じとクリームチーズのまったりとした甘さがベストマッチするの。私の大好物なのよ」

「コーヒー……前にアカツキさんから聞いた気がしますね。確か、シャチクの必需品?」

「……異世界で社畜根性を出すのはどうかと思うけど。それにつき兄はコーヒーのカフェインじゃ物足りなかったでしょうに。エナドリ常飲者だったもの」


 呆れたように呟かれた言葉は、理解できないものもあったけれど、アルの記憶違いではなかったことは分かった。

 何はともあれ、メニューが決まったならば作るのみ。ピッツァは、確かパンのような生地にトマトソースや具材をのせて焼いたものだったはずだ。パスタは麺料理。


「――色々アレンジしがいがありそうだな。よし、たくさん作ってみるか……」

「え、何? 色んなピッツァやパスタを作るの? じゃあ、ビュッフェっぽくしちゃう?」

「ビュッフェ?」


 アルの独り言を拾ったサクラが目を輝かせて提案してくる。だが、アルはその単語の意味が分からない。

 アルが首を傾げると、サクラは宙に視線を彷徨わせ、説明の言葉を選んだ。


「ええっと……好きな料理を各自で選んでとる感じ、かしら。立食パーティーみたいなものね」

「ああ、なるほど」


 アルの脳裏に貴族時代に見た光景が浮かんだ。舞踏会などでは、ダンスが主役で食事は添え物であり、大体壁際のテーブルに大皿で用意されていた。そこから各自で選んで取り分けてもらうのである。実際のところ、舞踏会で食事をとる者はそうそういなかったが。


「――そうなると、考えていたより種類が必要かもしれないですね」

「私にいい案があるわ」


 あまり作る数が多すぎるのも嫌だとアルが顔を顰めると、サクラがニコリと微笑んだ。


「いい案?」

「ええ。ピッツァとパスタはいくつかレトルトソースを使って、自由に具材をのせて仕上げてもらえるようにしましょ。ピッツァを焼く窯は、前に作ったからすぐに用意できるわよ」

「……レトルトソース」

「工場で作られたソースよ。缶とか袋に詰めて、保存性が良くなっているの。コンビニとかデパートで見たことがない?」

「ああ、そういえば、ありましたね」


 つまり作り置きされているソースということだろう。それならば、随分と楽ができそうだ。それに、各自でソースや具材を選んで、仕上げるのも面白そうだ。アカツキやブランも喜びそうだし。


「では、作る前に、食材の調達ですね」


 アルたちは早速作業に取り掛かった。

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