第301話 新たな挑戦へ

 アルたちが再び部屋に戻ると、サクラとアカツキはこれまで通りの雰囲気に戻っていた。少しばかり、照れくさそうではあるが。

 改めてニイがお茶を淹れてくれたので、それを飲みながらアルは話を切り出す。


「今後のことを考えていたのですが。世界間転移の方法は精霊に聞いても判明せず、正直手詰まりの状態です。とりあえず情報を集めることが大切だと思います」

「それはそうね。精霊が情報を持っていなかったのは残念だけれど」


 サクラが神妙な表情で頷く。アカツキは「う~ん……」と呻きながら、宙を見つめていた。


「精霊の王が言っていたことが、手掛かりな気がするんですけどねぇ」

「それは僕も気になっています。精霊の王から説明をもらえなかった以上、自力で調べる必要があるでしょう。精霊が知っている事実というのは、すなわちアテナリヤ側が持っている情報ということです。僕はアテナリヤについてもう少し調べたいと思うのですが。より正確に言うと、アテナリヤが何か魔族に関する情報を残していないかどうか、ということを」


 アルの言葉に、サクラとアカツキが顔を見合わせた。


「アテナリヤが残した情報……」

「桜、なんか心当たりある?」

「情報があるとしたら、この異次元回廊内でサクラさんたちが手を出していない場所にある可能性が高いと思うのですが」


 アルが言うと、サクラは記憶を探るようにお茶のカップに視線を留め、眉を寄せる。


「私たちが手を出していない場所……? そんな場所、ここにはあまり――」

「サクラ様、私が情報の抽出をしましょうか?」


 口を挟んだのはニイだった。サクラがハッとした様子で顔を上げ、目を輝かせる。


「お願いするわ。ニイに頼むのが一番正確だものね」

「かしこまりました」


 すっと頭を下げたニイが部屋を出る。調べるのはここではできないようだ。


「アルさん、ちょっと待ってね」

「ええ、もちろん、構いませんよ。それにしても、すぐ思い当たらないくらい、異次元回廊内のほとんどを改変したということですか?」

「そうね。正直、ここは元々住みにくい場所だったし、殺伐とした雰囲気だったから。でも、改変したところは、変える前に色々と調べたけれど、アテナリヤが特別な情報を残した形跡はなかったわよ」

「そうですか……」


 サクラの答えに少し気落ちする。アテナリヤにより何らかの情報があるかもしれないという予測は、先読みの乙女の言葉から考えたアルの推測でしかない。異次元回廊内を調べ回ったところで、徒労になる可能性は十分にあった。


『まぁ、そう急く必要はなかろう。ヒロフミがここに戻ってくれば、新たに情報を得られるだろうし、母もまた、何かしらの情報を携えて戻ってくるはずだ。それまでの時間つぶしと思えばいい』


 ブランがお茶請けの饅頭に手を伸ばしながら、気楽な雰囲気で言う。それがアルを励ますための言葉だと分かった。

 アルは微笑みつつ、ブランの手を握る。動きを止められたブランが、そろりとアルの顔を窺った。


「ブランの言葉は有り難いけど……食べすぎ」


 全員分にと皿に積まれていた饅頭の半分が、既にブランのお腹に収まっていた。今日はとにかくブランが食べすぎている。ブラン以外はお腹がいっぱいで食べる気がないとはいえ、ブランが加減を忘れて暴食に走っていいというわけではないのだ。


『我は、まだまだ食べられるぞ……』


 ブランの耳がしょんぼりと垂れる。憐れみを誘うように上目づかいで見上げてくるが、その程度の振る舞いに騙されるほど、アルは馬鹿じゃない。

 笑顔でブランの要求を退けると、ムスッとした表情でそっぽを向いた。

 アルが拗ねた様子のブランを窘めようとしたところで、部屋の扉が開く。


「お待たせいたしました。初期状態と現状を比べた結果が出ました」


 ニイが軽く両手を掲げる。その手の先に淡い光が生まれた。半透明の板のようなものが現れる。そこには複雑に線が描かれ、見覚えがある形があった。

 知識の塔で目にした、この異次元回廊の構造を記した地図のようなものだ。


「――サクラ様方により手を加えられていないのは、この赤色になっている部分です」

「赤……ああ、ここね」


 アルよりも先にサクラが地図を読み解く。自分たちが管理しているだけあって、さすがに早い。

 サクラは赤色の部分を指しつつ、解説をしてくれた。


「――ここが、アテナリヤに会えると言われている門のある場所。この内部は私も把握してないから、この形は推測したものね。こっちはクインがいたところ。試練の間はアテナリヤによって固定されていたから、私たちが変えられなかったのよ。あとは……」


 サクラの手が最後の赤い場所を指した。広大な地図の中で、赤い場所は三点だけ。サクラたちがいかに積極的に異次元回廊の改変に取り組んでいたかがよく分かる状態だ。

 そして残されたのは、アルが最初から怪しいと睨んでいた場所だった。


「……白い空間、ですね」


 サクラより先に指摘する。赤く染められているのは、入り口から少し進んだ部分だ。

 真白い空間が脳裏に浮かび、納得する。あの場所には数多の文字があった。その全てを解析できてはいない。そこに情報がなければ、他の場所にもないだろうと思うくらい、可能性を感じる。


「あれですね。俺が神聖な場所っぽいって感じたのは間違ってなかった?」

「そういえば、アカツキさんはそう言っていましたね。その時は、僕はイービルを信奉する礼拝所しか知らなかったので、違和感がありましたけど」

「真白い神殿は、アテナリヤの象徴よね。いつの間に、イービルが成り代わってしまったのか、私も分からないんだけど」


 サクラがため息をつく。長く外の世界から離れていたサクラは、世界の情報を逐一知っているわけではない。その辺は、後でヒロフミに確認するべき事項だ。


「とりあえず、行ってみますか」

「そうね。行動あるのみ、よ」

「よっし、俺も頑張っちゃうぞ~」

「つき兄はそんなに言語知識あるの?」

「……それは言わないお約束ー……」

「そんな約束してないわ」


 アカツキのテンションの変化が激しい。一瞬にして無力さを突き付けたサクラに、アカツキはがっくりと肩を落している。

 アルは苦笑しながら、その肩を叩いて励ました。


「言語知識がなくても、書き写せればいいんです。読み解くのは僕かサクラさんが頑張りますから。期待してますよ」

「なるほど。無心に手と足を動かせってことですね。……俺の得意分野です!」


 決して誇ることではないのに、アカツキが胸を張って宣言する。サクラが呆れたようにため息をついた。


「じゃあ、ここから直通で向かえる通路と……他に何か必要なものはある?」


 サクラが準備に動き出す。間髪おかず手を挙げたのはアカツキだ。


「紙とペン!」

「……そうね。それは必須。分かってる。アルさん、他に何かあるかしら?」

「そうですね……はしご?」


 アルがそう言った瞬間、サクラとアカツキが「ああ……」と声を揃えた。盲点だったと言わんばかりの様子に、アルは苦笑する。

 実際に見に行ったことがほとんどないサクラはともかく、アカツキは気づいて然るべきだと思う。柱の高いところに書かれた文字に、散々苦労したのだから。


「はしごは絶対に必要ね。脚立の方が、安定感があるかしら……」


 呟きつつ歩き出したサクラと共に、アルたちも外に向かった。その背後から声が掛けられる。


『夕飯は食わんのか?』


 テーブルに伏せた状態で、ブランがアルたちに視線を向けていた。全く動こうとする気配がないのは、どういうことか。

 確かにブランが一緒に行ったところで、アルたちのように文字を読み解けるわけでも、アカツキのように書き写すことができるわけでもない。だが、少しは協力する姿勢を見せてほしいと思うのは、アルが欲張りなのだろうか。


「……働かない者は食べられません」

『なんでだ!?』


 なんでも何も、当然の主張だと思う。アルは愕然とした表情になったブランの頭を軽く叩き、「はい、行くよー」と声を掛けてブランを抱えた。強制連行である。

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