第296話 情報のすり合わせ
『……ふむ。そういうことであれば、我が悪魔族という存在に会ったことがない以上、悪魔族が活発に活動していたのは我が生まれる前と考えて良さそうだな』
『吾よりも前だな』
冷静に受け止めて納得している二人にアルは言いたい。「もっと気にするところあるよね?」と。
だが、アル自身もどこから指摘すべきか分からない状態なので、口を噤んで地図を見下ろしてしまった。
「俺、その当時のこと全然覚えてないんだけど。俺ら、何をやらかしたの?」
「あれ? 覚えてなかったの? ……まぁ、つき兄は一番洗脳が重度だったから……」
「こわっ、聞かないでおこ。……というわけには、いかないか……」
アカツキが茶化した口調で返した後、真剣な表情で呟く。確かにそろそろアルも昔の話を聞くべきかなと思った。魔族の帰還法を見つけるためにも、必要な気がする。
「う~ん……正直、長く生きてる分だけ、どこから話したらいいか分からない状態なんだけど……」
アルやアカツキの視線に気づいたサクラが、困ったように呟く。イービルに操られていた過去なんて、サクラはあまり語りたくないだろうと、アルは考えていた。
サクラは苦々しい様子ながらも、説明が難しいと呻いている。
『とりあえず、先に神に関することだけ整理したらどうだ?』
ブランが紙を鼻先で示す。
「あ、そうだね。……サクラさん、まずは神と世界の関わりについて、あなたが知ることを教えてもらえますか? この中では一番長く生きているようなので」
「分かったわ。そういう言われ方をすると、老人になったみたいで、複雑な気分になるけど」
「決して、そのような意味では……!」
女性に対して適切な言葉ではなかったと、アルは慌てて否定した。サクラは笑って肩をすくめる。「事実だもの、気にしないで」と軽く返され、アルはそれ以上何も言えず、苦笑を零すしかない。
「えっと、創世から精霊・ドラゴンの誕生、生きた森の創成までは整理したわね。その後は――」
遥か昔の話を思い出すために、サクラが指先で額を叩きながらテーブルを睨む。洗脳状態だったこともあり、記憶を辿るのは容易ではなさそうだ。
「イービルの下で活動していた私たちは、常に精霊やドラゴンと衝突を繰り返していたわね。でも、アテナリヤが直接関わってくることはなかったから……」
「そうなんですか? 悪魔族は創世神アテナリヤと精霊によって滅された、というのが創世記にあったはずですが」
アルが矛盾点を指摘すると、サクラは苦笑した。
「そもそも、悪魔族が滅されたということ自体も事実じゃないでしょ。人間の世界に伝わる創世記は、後からできた創作物だもの。事実と相違があるのは当然よ。それに、私たちはアテナリヤが創り出した存在である精霊やドラゴンによって、活動を妨害されていたのだから、あながち間違いというわけでもないし」
「……それはそうですね」
アルは納得して、話を続けてもらうよう頼んだ。
「イービル陣営と精霊・ドラゴン陣営の対立が沈静化したのは、宏兄が洗脳を逃れる術を見つけたことがきっかけよ。これは前にも話したわね。イービル陣営の勢力が落ちたから、悪魔族は滅されたという印象が生まれたんでしょうね。その後、私たちは人の国に紛れたり、精霊と交流を持ったりして、帰還の術を探し始めたの」
「魔族は古代魔法大国を築き上げた立役者ですもんね……」
改めて思い出した事実を、アルはしみじみと呟いた。魔法というものに触れるようになってから、いつしか憧れていた古代魔法大国の文明。その立役者が目の前にいると思うと感慨深い。
「やぁねぇ、それほどのものじゃないのよ。というか、大体の功績は宏兄のものだから」
「あ、そうなんですね」
照れた様子で否定するサクラに、アルは微笑みながら頷いた。ヒロフミについての評価に納得したからだ。
神に近しいと思われる能力者のイービルに洗脳されながら、洗脳を打ち破る術を見出したヒロフミ。彼ならば確かに優れた魔法技術を生み出しても不思議ではないと思った。
「そうそう。それで、私たちがアテナリヤに会ったのは、イービルから逃れて現在ドラグーン大公国があるところに辿り着いてからね。避難場所としてここを提供してもらったということ。それまでの間に、アテナリヤが何か行動を起こしたっていう情報はなかったから、世界への直接の干渉はしていなかったんじゃないかしら」
「なるほど……随分と、管理者任せの状態ですね……」
古代魔法大国があった時代を考えると、遥か昔から世界の管理は精霊とドラゴンが主に担っていたことになる。むしろ、異次元回廊という神に近い場所が、世界に存在していたこと自体が不思議になるくらいの放置加減だ。
ブランも呆れた様子で、『やはり神とは生き物に無関心な存在なのだろうな』と呟いた。
サクラの話を静かに聞いていたアカツキが、不意に顔を上げる。
「俺はその頃にダンジョンに閉じ込められたんだよな。たぶん、その当時は魔の森もそんなに広くなかったような」
「そうね。異次元回廊の入り口を中心にして魔の森は存在していたけど、ある時から拡大していった感じね。私たちはそのことに関与していないわ」
アカツキのダンジョンの入り口は、初め魔の森とは関係ない場所にあったはずだ。魔の森の拡大と共に呑み込まれたのだ。
「魔の森の拡大は、世界の魔力の穢れを反映しているようですから、アテナリヤが元々用意していたシステムでしょうね」
アルはマルクトから聞いた知識を教えながら、紙に【魔族との出会い。異次元回廊の提供。アカツキさんをダンジョンへ封印。魔の森の拡大】と書き記す。
「――それで、サクラさんのアテナリヤについての印象はどうですか?」
「うぅん……難しい話よね。私たちも直接会ったわけじゃないような……その存在に触れたという感じで……」
「見てはいない?」
「そう、そんな感じ。こう……広い空間に私たちがいて、アテナリヤの存在を感じて声が聞こえる、みたいな。剣をもらったときも、いつの間にか剣が目の前にあるって状態だったし。剣のことに関して、複雑な気持ちはあるけど」
どうやらサクラもアテナリヤについての確かな情報は持っていないらしい。
アルは僅かに眉を顰めて紙を睨む。神という存在を探ろうなんてこと自体が、無謀なことの気がしてきた。どうしても知ろうと思うなら、異次元回廊の先で神と会えばいいのだろうが、おそらくサクラとクイン同様、直接会うというものではないのだろう。
『魔族の帰還の手がかりになりそうな情報はなかったな』
「そうだねぇ……。精霊の王は何か知っていそうだったから、アテナリヤが関係しているのかなって思ったんだけど」
『ああ、そういえば……あの王はなんと言ったんだったか?』
ブランが首を傾げる。アルは苦笑しつつ、記憶を引っ張り出しながら口を開いた。
「魔族の帰り方とはなんだろうか、とか……魔族はこの世に存在なき者、とか……。あ、あとは、無であるからこそ魔族だ、みたいなことも言っていたね」
『ああ、面倒くさい言い回しのヤツだな……』
呆れたように返されて、自分が言われているわけではないが、アルは苦笑してしまった。アカツキは少し苦々しい表情をしている。あの時は追い求める望みの答えをはぐらかされてしまったようなものだから、その表情にも納得がいった。
「無であるからこそ魔族……? どこかで聞いたことがあるような……」
サクラがぽつりと呟く。呻きながら頭を悩ませているようだ。
アルはそれを意外に思いながらも、クインにも心当たりがないか尋ねてみた。あっさりと『ない』と返されたが。
「――……あ! それ、確かに聞いたわ! 私が直接聞いたわけじゃないけど。宏兄が先読みの乙女から聞いた言葉よ!」
サクラが思い出して叫ぶ。アルはブランやアカツキと顔を見合わせて納得した。精霊の王と先読みの乙女は親しかったのだから、その言葉を知っていてもおかしくない。
「実はその先読みの乙女って、僕の母親だったらしいです」
アルはサクラに言い忘れていた事実を告げた。それに対し、サクラがきょとんと目を丸くする。
「え? でも、宏兄が先読みの乙女にあったのは、すごく昔のことよ? アルさんのお母様にしては、年数が会わないような……?」
「すごく、昔……?」
『なに……?』
予想外な言葉を聞いて、アルたちも驚いて続く言葉を失った。
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