第294話 家族団欒
ブランが気恥ずかしそうに顔を背け、クインが満足したように体勢を戻す。その様子を微笑ましく見守りながら、アルは手早くご飯を準備した。
そろそろ夕飯時。お茶をしてきたアルたちはともかく、クインはお腹が空いているかもしれないと思ったのだ。それに、食べ物がある方が、ブランの照れくささが紛れるだろうと考えたのも理由である。
「とりあえず大量の焼肉にしてみました。あと、肉を煮込んだものとか、揚げたものとかもありますよ」
焼肉以外は作り置きのおかずだ。この広間で肉を焼くのはなんとなく気が咎めるので、ベランダの方に移動する。
『おお! 肉! 肉尽くし!』
誰よりも興奮していたのはブランだった。アルの想定通りである。先ほどまでのクインとの静かな語らいの雰囲気は微塵もない。ブランは相変わらず、美味しい食事を何よりも重視して楽しむ。
いち早く肉に食いつこうとしていたブランを捕まえ、アルは苦笑した。ブランらしいと微笑ましくなるが、それはそれ。クインのために用意した食事を先に食い尽くされては堪らない。
『ほう、ブランが好きな食事か。楽しみだな』
ブランの後を追ってきたクインは、愉快げに尻尾を揺らした。
人型をとっていた時、お茶会を用意してもらったことがあったし、ブラン同様の食事を用意したのだが問題はなさそうだ。
「肉かー、いいっすねぇ」
「……あれよね。こういう時は、体形も体重も変わらない体に感謝したくなるわよね」
顔を綻ばせてささっと酒を用意し始めるアカツキとは対照的に、サクラは真剣な表情でテーブルを見つめていた。
アルは改めてテーブルを眺め、ふと自分の体を見下ろした。
サクラたちとは違い、アルは普通に体が変化する。つまり、食べすぎ厳禁。栄養バランスも気をつけるべきだ。
最近、ブランの食べ方に慣れ過ぎて、アル自身の食事の量と質が駄目になっていた気がする。
「……サラダとかさっぱりしたメニューもありますよ」
すぐさま作り置きのおかずを追加した。サラダや海鮮パスタなど、肉より重くないメニューだ。アルは焼肉を食べるのはやめにして、こっちで食事を済ますことにした。さほどお腹が空いているわけでもない。
「あら、ありがとう」
『草はいらん』
「ブランに食べろとは言ってないよ」
プイッと顔を背けたブランに言いながら、肉を網で焼き始める。途端にいい香りが漂った。
肉が焼き終わるのを待てないブランが揚げ物を食べたそうにしていたので、近くのテーブルに下ろす。
『この揚げたやつ、旨いぞ!』
『それは良いな』
ブランがトンカツの皿を示した。クインがカパリと口を開けたのを見て、しょうがなさそうに放り込んでやっている。
「……ブランが……食事を、分けている……!?」
「衝、撃、的!!」
「二人とも驚きすぎじゃない? まぁ、私もちょっと意外だったけど。やっぱり親子なのねぇ」
思わず固まってしまったアルとアカツキに対し、サクラが可笑しそうに呟いた。
ポイポイとクインに投げては、自分でもトンカツを食べ進めるブランは幸せそうだ。それが親子での食事を楽しんでいるのか、はたまたただ好きな料理を食べて満足しているのか、どちらなのかは分からない。
だが、ブランのこれまでにない姿を見られて、アルは笑みを零した。ブランは食い意地が張っているだけじゃなくて、ちゃんと優しい心を持っているのだ。
『アル、もうトンカツがなくなったぞ!』
『食い尽くしてしまったようだ。悪いな』
「えっ!? 俺の酒のつまみぃ……」
ブランのおかわりを要求するような視線に、アルは首を振って、焼けたばかりの肉をドサドサと皿にのせる。トンカツのおかわりはありません。
トンカツで酒を飲むつもりだったらしいアカツキには悪いが、ブランたちの食べっぷりをただ見守っていたことが悪手だったと諦めてもらいたい。
「つき兄、今回はクイン優先に決まっているでしょ……」
「うぐっ……それは、その通りです……。いいもん、またアルさんに作ってもらうから……」
「アルさんに甘えすぎるのはどうかと思う」
「……俺の壊滅的な料理の腕を知ってるだろ? トンカツを食いたければ、ねだるしか手はないんだ……!」
呆れた表情のサクラに、アカツキは悲愴感に満ちた表情で答えた。やけ酒のように酒を呷る姿は、酒場でたむろする冒険者たちに似ている。つまりはオヤジっぽい。
「……アルさんじゃなくても、トンカツなら私も作れるんだけど……?」
「っ……妹の手作りご飯! 大歓迎です! サクラ、頼むよ!」
「そ、そこまで頼むなら、今度作ってあげる。アルさん以上に美味しいトンカツにするからね」
「まだアルさんをライバル視してるのか? まぁ、サクラの飯が美味いのは当然だと俺は思っているよ! 楽しみだなぁ!」
サクラの言葉にぱぁっと顔を輝かせたアカツキは、妹にデレデレした兄の姿そのものだった。プイッと顔を背けつつも、サクラはアカツキに頼られて嬉しそうな様子だ。長年の別離を体験したのは、ブランたち親子だけでなく、この兄妹も同じなのだ。
家族の関係っていいなぁと微笑ましく眺めながらも、アルは少し寂しくなった。アルには縁遠いものに思えたからだ。
実の家族とこんな関係になれるとは思えないし、なりたいとも考えていない。ならば精霊の方はというと、特殊な関係過ぎて未だ家族という感覚は薄い。
「……う~ん」
もそりとサラダを食べつつ、家族について考えていたら、ブランと目が合った。
焼肉の第二弾はまだできていないが、もう追加の希望だろうか。作り置きの煮込み肉をもっと出しておくべきかな。
そんなことを考えていたアルの手元の皿に、焼肉がペイッと載せられる。
『食事中に難しいことを考えるな。旨いもんは旨いと楽しめ。そんな草ばっかりむしゃむしゃしてるから、辛気臭い顔になるんだぞ。肉を食え、肉を』
『うむ。この焼肉、旨いぞ。アルもたくさんお食べ』
「ブラン……クイン……。うん、ありがとう」
見ていないようで、ちゃんとブランはアルを気にかけていた。食事とクインに集中しているのだと思っていたのに。
そのことに気づけば、自然と胸が温かくなる。ブランとアルは血の繋がりなんてないが、確かな絆があるのだと感じた。
クインも、ブランを見るのと同じような、母親の愛情が籠った眼差しをアルに向ける。ブランたち親子の中に家族として迎え入れられたような感覚があり、アルは少しくすぐったい気分になる。
『我はこの肉が気に入りなんだ』
『うむ、脂がのっていて旨いな。きちんと処理して焼いた肉がここまで旨いとは……。これから暫くこういう飯が食えなくなると思うと残念だ』
言葉通り、クインが心底残念そうに肩を落す。確かに、異次元回廊から一人で出て行った後は、人間のような食事を摂ることは難しいだろう。
『我はアルの傍でたらふく食うがな!』
『……幸せなことだな』
一切遠慮なく、誇らしげに小さな胸を張るブランを、クインが微笑ましげに見つめた。だが、アルに視線を向けると、冗談めいた口調で忠告する。
『アル、こやつは我儘息子だ。食い意地が張っているあまり、愚かなことをしでかす馬鹿者だ。……だが、そなたへの愛情は深い。嫌なことは嫌と拒否して構わない。そんなことで、こやつはそなたの傍を離れることはないからな。何かしでかしたら、罰として一日飯を食わせんくらいはやってやれ』
『おいっ! 勝手に何を言っている!? 我は一日飯を食えんなんて嫌だぞ!!』
片目を瞑って見せるクインの茶目っ気のある仕草に、アルは微笑んだ。ブランが慌てて主張してくるのを受け流し、クインに頷く。
「ふふっ、分かりました、そうします」
『ああ、改めて、吾の子のことを頼んだぞ』
『飯抜きは嫌だー!!』
アルとクインは冗談めかしてはいるものの、本当にブランが何かやらかしたら罰を実行する気満々である。それを悟ったブランが悲愴な叫び声を上げるが、嫌なら気をつければいい話なので、アルたちは一切頓着しなかった。
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