第287話 団欒……?

 巻物に手を伸ばす。ヒロフミが止める感じはないから、アルが内容を見ても問題ないのだろう。


「これは……特殊な文字ですね?」

「そう。日本語。文字種としては漢字と平仮名だな。暁か桜から聞いてると思うけど、俺、日本で長く続く呪術師の一族の末裔なんだ。【まじない】は魔力を使えない俺たちが、魔法っぽい能力を使えるように、【呪術】を改変したもの」


 呪術師。かつて聞いた言葉を思い出し、アルは頷いた。

 異次元回廊に残されていた資料で、【まじない】自体はいくつか目にしていたが、この巻物の文字で書かれたものは初めて見た。


「うげぇ……意味分からん。これなんて書いてあんの?」


 起き上がったアカツキが、アルの手元にある巻物を見下ろして、嫌そうに顔を顰めた。


「ニホン語ということは、アカツキさんの故郷の文字ですよね? 読めないんですか?」

「いや、文字自体は読めるっす。意味が分からないだけで。アルさんだって、魔法陣を一目見て、使われている文字の判別はできても、意味を読み取るのは難しいことあるでしょう?」

「ああ……そういうことですね。つまり、これはアカツキさんに馴染みのある形式で書かれていない?」

「そういうことっす。なんだろ、これ……祝詞みたいな感じ?」


 首を傾げるアカツキから、ヒロフミへと視線を移す。

 ヒロフミは楽しそうにアルたちの会話を見守っていたが、アルの視線に気づいて説明を始めた。


「祝詞とは違う。言っただろ。【呪術】って。これはまだ【まじない】に改変する前段階だな。日本でも穢れ祓いに使ってて、その理論をこっちの世界に適応させてある。ただ、この文字のままだと、どうやってもこっちじゃ使えないんだよなぁ。面倒だけど書き換えないと」

「ほへー……。アルさん、言っときますけど、呪術師って日本でも一般的じゃないですからね? 精霊くらい、普通の人と違う生き方してる感じですよ? 勘違いしないでくださいね」


 ニホンも穢れとかあるのか、呪術師って魔法使いみたいな立場なのかな、なんてアルの考えを読んだように、アカツキが補足を入れてくれる。


 どうやらヒロフミは特殊な立場らしい。幼馴染なのに、【呪術】に馴染みのなさそうなアカツキを見るに、あまり一族外に知識を公開していないのだろう。そう考えると、アカツキが精霊くらい違う生き方と評したことに納得がいく。


 もしかしたら、世界から隔絶された技術を持っている立場ということで、ヒロフミとトラルースは気が合ったのかもしれない。


「はい、分かりました。つまり、アカツキさんは【呪術】的素養がないから頼るなってことですね」

「うぐっ……そうだけど、そう言われるとなんか悔しい……」


 呻くアカツキの肩を、ヒロフミがポンポンと叩いた。揶揄するような笑みが浮かんでいる。


「よう、役立たず君。でも、俺がこれを【まじない】に変えてやったら、バカツキでも使えるはずだから、桜のこと頼むよ」

「役立たずとかバカツキとか、お前、俺のこと馬鹿にしすぎだから! って、あれ? 宏が桜の穢れ祓いをしてくれるんじゃないのか?」


 吠えるように叫んだ後、アカツキがきょとんと目を瞬かせる。アルも疑問に思ってヒロフミを見つめた。


「いや、俺、暇じゃないんだぞ。というか、正直、そろそろ時間的にまずい……」


 ヒロフミが苦笑しながら窓の外を見て、空を確認する。すると一気に顔色が変わった。想像以上に時間が過ぎていたらしい。慌てたように【まじない】作りを始める。


「あ、宏、内偵に戻んないといけないのか……」


 アカツキの呟きはどこか寂しげだった。久しぶりに会えた幼馴染とすぐに別れることになるのだから、それも当然だろう。

 アルはなんと慰めればいいのか分からず、言葉を迷ってブランに助けを求めた。


「……ちょっと」

『んぐっ。……我に用か?』


 いつの間にやら、テーブルに広げられていたお菓子の大半が消えている。ブランの口元には食べかすがついていた。犯人(犯獣?)は確実にこいつだ。

 ブランはさらに食べようとして、遠くの皿を引き寄せている。


 アルは思わずブランの首元を鷲掴み持ち上げた。アルの眼前で四肢と尻尾がプラッと揺れる。きょとんとした眼差しが憎らしい。


「ちょっと静かだなぁとは思ってはいたよ? それにしても、食べ過ぎじゃない? 昨日もあげたよね。今日の分は、一応トラルースさんに食べてもらおうと思って持って来たんだよ?」

『うむ……分かっておるぞ。だから、ちゃんとこいつにも分けてやったのだ!』

「え?」


 ブランがビシッと指した先には、お菓子各種が盛られた皿。どうやら、一つずつ取り分けて、残りの分を食べたと言いたいらしい。『分けてやった』と言っている時点で、アルの言葉を理解しているとは思えない。だが、普段食べ物をアカツキと取り合っているブランにしては、遠慮していたようだ。


「……うん、まあ……独り占めしてないだけ、いいか……」

「アルさんはブランに甘すぎぃ!」


 アカツキが叫んだ。肩を掴まれ揺さぶられ、思わずブランから手を離してしまう。

 ブランはあっさりと体勢を整えると、アルを見向きもせず、残っていたお菓子の皿に手を伸ばした。


「……アカツキさんも食べればいいのでは?」

「はっ、そうだった!」


 揺さぶられているのが鬱陶しくて、アルはブランが食べ進めている皿を指さした。トラルース用に取り分けられたものを除くと、最後の皿だ。

 いつも通り、ブランと熾烈な攻防を始めるアカツキは、先ほどまでの寂しさを忘れ去ったように見える。


 内心は分からないが、回復したのなら良かった。でも、慰めようとした自分の思いの行き場が見つからなくて、アルはなんとなく納得できない気分だ。

 アカツキもブランも、甘いものさえあれば悩みなんてなくなるのか。それなら、なんとも羨ましい性分である。


「――俺の幼馴染が苦労かけて悪いな」

「え、いえ、それほどでもないですよ。楽しいことも多いですし」


 作業に集中していると思っていたが、ヒロフミはしっかり状況を把握していた。一瞬、アカツキに呆れたような、それでいて微笑ましげな眼差しを向けたかと思うと、真面目な表情でアルに謝る。


「楽しいこと? ……バカツキだからな。うん、馬鹿なことやってたら、迷わずぶん殴っていいから。昭和の家電くらい、叩けば直る……可能性が一%くらいある」

「ショウワノカデンが何か分かりませんけど、一%って、不可能に近いのでは?」

「馬鹿は悪化しないから、それが救いだな」


 分かっていたが辛らつだ。だが、二人の親しい関係性が伝わってくる気がして、微笑ましくもある。


 アルの眼差しからなにを感じたのか、ヒロフミは顔を歪めて文句を言いたそうにしていたが、言葉を飲み込んで作業に戻った。本格的に予定が迫っているのかもしれない。


「アル、俺はこんなに食えねぇんだが?」

『我が食ってやろう!』

「俺が食べます!」


 地道にお菓子を消費していたトラルースが呟くと、すかさずブランとアカツキが飛びついた。

 なぜ、声を掛けられたアルより先に答えるのか。

 アルは伸ばした手の行き先を変え、ブランとアカツキの頭に拳骨を落した。


『ぬおっ!? 痛いぞ、アル!』

「……いちゃい。ごめんちゃい」

「バカツキ、言い方キモッ!」


 ヒロフミに言われたことを早速実行して、ブランにまで対象を拡大したら、なんだかすっきりした気分だ。アカツキはヒロフミが投げた巻物までぶつかって、声なき悲鳴と共に頭を抱えているが、アルは気にしないことにした。


「トラルースさん。残りのお菓子は日持ちするものですから、ぜひ明日以降にでもお楽しみください」

「お、おう……ありがとう……」


 トラルースに微笑みかけると、何故だか引き攣った顔で頷かれた。

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