第285話 ヒロフミとトラルース
ヒロフミの言葉の後には暫く沈黙が落ちた。それぞれが自分の中で情報を消化しているのだろう。
アルもテーブルに視線を落して考え込む。
悪魔族側がアテナリヤを諸悪の根源と考え、行動しているというだけで、真実は分からない。これまでの話を総合して、安易にアテナリヤを擁護することも、批判することもできそうになかった。
「創世神アテナリヤ側の存在とされている精霊の前でよく言う」
トラルースが呆れたような眼差しをヒロフミに向けた。
その態度はアルが予想していたよりも、随分と穏やかだった。もしかしたら、強い敵意を向けられるかもしれないと思っていたのだが。
以前フォリオと創世神アテナリヤの話をした時に、精霊はアテナリヤに対して随分と愛情を抱いているのだと分かった。アテナリヤは精霊を生み出した存在だからだろう。
心酔にも近い様子だったフォリオと比べ、トラルースはアテナリヤに対してあまり思い入れがないようだと感じる。その差は何に起因するのか。
「あんたがそんなことで怒るほど狭量じゃないことは知ってるからな」
ヒロフミがニヤリと笑った。最初の二人の会話から察していたが、この二人はよほど親しい仲のようだ。
精霊と魔族が過去に交流を持っていたことは、マヨネーズのレシピが魔族から精霊にもたらされたことで分かる。魔族が世界間転移の方法を模索する中で、精霊から知識を得ようとしたとも聞いたことがあった。精霊の知識は精霊以外に教授できないため、成果はなかったようだが。
「ふん……。付き合いだけは長いからな」
「お二人はどういった関係なんですか?」
「関係? ……友達だろ?」
「くそったれ。ただの顔見知りだ。たまに素材採取を頼むだけのな」
「いや、その時点で顔見知り宣言は違わないか?」
嫌そうに顔を顰めたトラルースに、ヒロフミも不満そうに言い返す。
「そんなどうでもいいことより、頼んでいた素材、寄越せ」
「どうでもよくないんだよなぁ……ほれ」
ヒロフミがトラルースの手に麻袋をのせた。アルは、そういえば会った時もそんなことを言っていたなと思い出した。
トラルースが確認中の麻袋の中身は、魔物素材や薬草など。この辺ではとれない物のようなので、ヒロフミが悪魔族に紛れて活動中にとってきた物なのかもしれない。
異次元回廊の入り口の管理者として、トラルースはこの地を離れられないから、ヒロフミに頼んだのだろう。
「ツンツン? ツンデレというにはデレが足りない……」
『なんの呪文だ』
不思議なことを言い出したアカツキに、ブランが冷たい目を向けている。
アカツキの言葉は呪文ではなかったはず。確か、どこかで聞いたような気がするが……思い出したところでなんの役にも立たなそうなので、すぐに諦めた。
「仲が良いことは分かりました。でも、基本的に精霊の森に引き籠っていたはずのトラルースさんとよく会えましたね」
「うん? トラルースは精霊の森の外交担当だったんだぞ。俺が転移魔法について聞きに行った時も、最初に対応してくれたのはこいつだ」
「え、外交担当……?」
予想外の言葉に、思わずトラルースを凝視してしまう。嫌そうに目を逸らされたが。
それにしてもトラルースが外交担当とは驚きだ。
トラルースは外交向きの性格ではないだろう。言葉遣いは一般の冒険者並みに荒くて、訪れた相手に友好的な対応ができるとは思えない。
だが、精霊は基本的に同族以外には冷淡だから、トラルースの対応の方が人間にとってはいいという可能性はある。
もう一つ気になったのは、外交担当という役割があるくらい、精霊の森は外部と接触を持っているのか、ということだ。
精霊の森に帝国の使者が訪れたとは聞いたことがあるし、魔族も接触を取っていたのだから、完全に閉ざされた場所ではないのは確かだ。
だが、アルが精霊の森に行くときには、だいぶ面倒な手順が必要だった。アル以外はどうやって精霊の森と接触を取ったのか。参考程度に聞いてみたい。
『そういえば、魔族はよく精霊の森に入れたな。こいつはだいぶ拒否されていたぞ』
「事実だけど、ひどい……」
「拒否……?」
アルが尋ねるよりも先に、ブランが口を開いた。アカツキを引き合いに出して説明したせいで、アカツキを落ち込ませているが。
ヒロフミの方はその思い当たる事実がないのか、不思議そうに首を傾げた。その後すぐに「お前、何やらかした……?」とアカツキを睨む。
「ひどいっ! 俺、なんにもやらかしてない!」
「それが信用ならないんだよなぁ。というか、桜から聞いてるぞ。無茶な能力の使い方してアイテム創造してたって」
「ギクッ……!」
「それ、口に出すべき擬態語じゃないんだよなぁ。……お前、相変わらずだな……」
軽快なやり取りの後、ヒロフミがしんみりとした雰囲気になる。
アルが想像もできないくらい長い時の間、この二人は別離状態だったのだ。記憶を失っていたアカツキはともかく、ヒロフミが再会を待ち望んでいたことは容易に推測できる。他の魔族と違い、生き続けることをやめなかったのも、アカツキのためだろう。
そんな感動的なはずの再会で、意外と気軽な雰囲気だとこれまでアルは思っていたのだが、ヒロフミ側の実感が追いついていなかったからなのだろう。サクラから既にアカツキのことを聞いていたというのも理由かもしれない。
なんにせよ、おそらく過去と変わらないアカツキの様子を見聞きして、ヒロフミはようやく感慨深い気持ちになったのだろう。
『馬鹿な部分でお前の存在を再認識されている気分はどうだ?』
「とっても複雑な思いであります!」
茶化したブランに、アカツキが言葉通り何とも言いにくい表情をしていた。ヒロフミとの再会は喜ばしいが、あまりいい認識のされ方ではなかったからだろう。
アルも苦笑したが、ヒロフミの方に共感してしまったので、その点については何も言わない。
「アカツキさんが精霊の森に拒否された感じだったのは、魔王だからか、精霊の王曰く【根源】だからか……だと思うんですが。マルクトさんに聞いてみようと思っていたのに、すっかり忘れていたなぁ」
時の魔力のことに集中しすぎて、その辺のことは頭から抜けていた。とはいえ、精霊の王でさえ、語れることはあまりないという雰囲気だったので、マルクトも知らなかった可能性は高い。
『そういえば、精霊の森に行くまでの通り道で水を被った時に、アカツキからなんかが薄れていくように見えたな』
ブランが思い出したように言う。
静かに話を聞いたヒロフミは顔を顰めながら首を傾げた。
「薄れたものも気になるが……通り道で水を被るってなんだ……? アルたちはどんな道を通って精霊の森に行った?」
「あ、やはり違う道があるんですね。僕たちはトラルースさんが用意してくれた、転移魔法を改変した感じの魔法陣で、ここから精霊の森に行ったんです」
説明すると、ヒロフミは驚いた表情でトラルースを凝視した。
「……は? それ結構凄い魔法じゃないか? トラルース、大規模魔法無理じゃなかったっけ。いつの間に魔力増やしたんだ?」
「うるせぇ。……魔力は怠惰野郎から奪い取った」
不機嫌そうにトラルースが吐き捨てるように言う。怠惰野郎とはフォリオのことだ。ヒロフミはフォリオを知らないのか、不思議そうな顔をしていたので、アルが教えてあげた。
「……なるほど。めちゃくちゃ魔力持ってるくせに、使い方馬鹿な従弟ね。そりゃ、トラルースは嫌うわな」
「うるせぇって言ってんだろ。それに、それだけで嫌いなわけじゃねぇ」
「間違ってはいないわけだな」
アルの説明をどう理解したのか、ヒロフミはトラルースに同情気味だった。そしてこっそりとアルに教えてくれる。
「――トラルースは精霊で一番魔力が低いんだ。生まれる時になんか不具合があったらしい。でも、その分、魔力操作は精霊で一二を争うくらい上手いみたいだ。……そのフォリオってやつを嫌う理由、ちょっとは納得できるだろ?」
それはアルが何となく察していた理由だった。でも、魔力を潤沢に持つマルクトもフォリオを嫌っていたので、それだけが理由ではないというトラルースの言葉も事実なのだろう。
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