第284話 悪魔族の考え

 トラルースに招かれて家に入ったアルたちは、改めて再会の挨拶をしながらお茶会の用意を整えた。敵意ある存在がいない以上、長く話をするならば少しでもリラックスできる状態が良かったから。

 ヒロフミを警戒しなくていいと判断したブランの、甘味を要求する言葉がうるさかったのが最大の理由だが。


「へぇ、アルも随分と凝ったものを作る……」


 果物をふんだんに使った甘味各種を眺め、トラルースが感心したように呟く。ハーブティーを口に運びながら、ゆったりした雰囲気だ。

 ちなみに、ハーブティーはトラルースが用意してくれた。嗜好品として、精霊の森にいた頃から好んでいたらしい。アルが飲んだことがない味だったが、後味がすっきりしていて美味しい。


「……桜が作るのと並ぶ美味さだな。ライバルだなんだとあいつが騒いでいた理由が分かった」

「え、桜はまだそんなこと言ってんの? 諦めないなぁ」

「それが今の楽しみで活力になっているみたいだから、許してやれよ」

「……そっか。一人ぼっちだしな」


 幼馴染二人は、ここにいないサクラについて話しながら、少ししんみりとした雰囲気だった。サクラはアカツキにとって実の妹だが、その幼馴染のヒロフミもサクラを妹のように可愛がっていることが伝わってくる。

 サクラの方も「宏兄」と呼ぶくらい慕っていたのだから、ヒロフミが異次元回廊に戻ってきて、久々に会えてたいそう喜んだことだろう。


 話のタネが尽きそうにない二人をよそに、アルはトラルースにここに来た目的である伝言について尋ねた。


「――あぁ、それはこいつからのもんだから、直接本人に聞いてくれ。またすれ違った場合を考えて、俺に伝言を頼んできただけだから」

「え、ヒロフミさんが?」


 トラルースが指さした先に視線を向けると、ヒロフミがアカツキとの会話を切り上げて、軽く手を振った。


「そうなんだよ。ほら、異次元回廊でニアミスしてしまっただろう? アルは、先読みの乙女が語っていた、俺たちの役に立ってくれる存在だろうと思って、絶対に話したいと思っていたんだ。だから、トラルースに、会えるタイミングを教えてくれって伝言を頼んだ」

「そういうことでしたか。では、ここで会えたのは偶然ということですか?」


 伝言の内容が分かればさもありなんという感じだった。

 先読みの乙女はかつてヒロフミに、『異次元回廊を訪れた選ばれし子が、魔族の帰郷を助ける』という意味合いの予言を伝えたとサクラから聞いている。つまり、アルがその選ばれし子である可能性が高いことをヒロフミは知っているのだ。

 ヒロフミは悪魔族を内偵しつつも、帰郷の術を与えてくれる存在を待ち続けていたのだろう。アルが異次元回廊にやって来たと聞けば、会いたくなるのは当然だ。


「偶然だな。正直、会えるのはもっと先になると思っていた。……まだ、内偵が忙しくて、俺も時間が空かないからなぁ」

「内偵の成果はどうなのですか?」


 ヒロフミがぽつりと疲労感の滲む呟きを零す。その様子を見るに、あまり順調に進んでいないようだとアルは察したが、少しでも情報を手に入れたかった。


「うぅん……今あっち側に残っているのは、世界憎しで思考が止まっているような連中ばかりだから、なかなかだなぁ」

「そもそも、どういう成果を求めて内偵をしているんですか? その、世界憎し、という方々を倒すつもりはないんでしょう?」


 尋ねるとヒロフミは僅かに目を細め、ため息をついた。アカツキが心配した様子でヒロフミを見つめている。


「倒すつもりなんてない。……もうこりごりだ」

「……そうでしょうね」


 アルの脳裏に異次元回廊にある墓地の光景が浮かぶ。サクラも同郷を殺めた過去に苦しんでいた様子だったし、配慮に欠けた問い掛けをしてしまったと、アルは反省した。だが、アルが謝罪を伝える前に、ヒロフミが言葉を続ける。


「俺の内偵の目的は、あいつらの破壊活動をやめさせること。それと、一緒に帰郷を目指すよう誘導すること。後は、イービルの動向を探ることだな。……イービルについては、会う機会もほとんどないし、成果はないに等しいんだが。だから、アルたちがさっき話していた『イービルが己の能力ではなく、魔族を使って世界破壊活動をする意味』っていうのも、まだ分からない」

「あ、その話をしていた時に、ヒロフミさんが現れたんでしたね」


 ブランと疑問を話していたことを思い出す。ヒロフミも情報を持っていないようだから、答えはまだ見つからない。だが、ヒロフミがそれを探っていると分かれば、いつか理解できる日が来るかもしれないと期待が生まれた。


「――ずっと疑問だったんだけどさ。俺らの同郷なのに、どうして悪魔族って呼ばれる奴らは、世界を憎んで壊そうとしているんだ? イービルに歯向かうならともかく」


 不意にアカツキが口を挟んだ。真剣な眼差しなのは、同郷の者の考えを理解したいからか、それとも反感を抱いたからか。

 ヒロフミも真剣な表情でアカツキに向かい合った。


「どうやら、イービルが諸悪の根源じゃないと思っているからのようだ」

「イービルが諸悪の根源じゃない……?」


 意外な言葉に、ポカンとしながら反復したアカツキだけでなく、アルとブランも首を傾げてしまった。

 アルたちは、魔族の悲劇の引き金になったのはイービルだという共通の認識があったからだ。


 トラルースはアルたちの会話に興味なさそうにしていたが、ヒロフミの言葉を聞いてピクリと頬を動かした。その些細だが確かな反応に気づき、アルは密かにトラルースの様子にも目を配る。

 なんの確証もないが、トラルースはイービルについて情報を持っている気がした。


「そう。俺は最初、イービルが俺たちをこの世界に転移させたのだと思っていた」

「それは俺たちもそうだよ。ってか、そう言うってことはつまり――」


 ヒロフミが暗に言わんとしていることに気づき、アルたちは目を見開いて驚く。

 途切れたアカツキの言葉の続きを、アルは信じられない気持ちを隠せずに紡いだ。


「まさか、魔族の世界間転移に、イービルは関わっていない……?」

「そうらしい。少なくとも、悪魔族と呼ばれる連中は、そうだと思っている」


 厳しい表情で頷くヒロフミを見ても、アルは納得できなかった。

 イービルでなければ誰が魔族をこの世界に転移させたというのか。そんなことができる能力を持っている者は、そうそういないはずだ。神に近い能力があるイービルだから、世界間転移が可能だったのだと思っていたのに。


「……イービルじゃなければ、魔族を転移させた存在って――」


 順当な思考の結果、アルの脳裏に一人の存在が浮かんだ。その結論に辿り着くことが分かっていたのか、ヒロフミが苦々しい表情で再び頷く。


「創世神アテナリヤ……?」


 アテナリヤはこの世界唯一の神。イービル以外に埒外な能力を持っている者として、アルはその存在しか知らなかった。


「その可能性は低くない」

「……え?」

『うむ……。我はもともと、あやつは性悪だと思っていたから不思議には思わないが』


 厳しい声音で答えたヒロフミと呆然としたアカツキに対し、ブランは戸惑いながらも納得した様子だ。

 ブランはドラゴンを食べて存在が変わった時にアテナリヤに会った。その時からアテナリヤにいい印象を持っていなかったと、アルは何度となく聞いている。


「でも……サクラさんたちに避難場所を提供したのはアテナリヤで……」


 アテナリヤに対する印象が定まらない。

 戸惑うアルたちに気づきながらも、ヒロフミは悪魔族側の考えを口にする。


「真実はまだ分からない。……悪魔族って言われているあいつらが、長すぎる生を厭っているのは事実。だが、死ぬために世界と心中するという方法を取ろうとしているのは、あいつらが諸悪の根源をアテナリヤだと思っているから。アテナリヤはこの世界の創世神。大事にしている世界を壊されることが、最も効果的な意趣返しだろう?」


 ヒロフミが皮肉っぽく口元に歪んだ笑みを浮かべた。

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