第283話 予想外の出会い
魔の森の奥近く。何度か通った道なき道を進むと、精霊の暮らす家が見えてきた。家と言っても、大木の幹に扉がついているだけで、ほとんど森と一体化している。
精霊の森を見てきた後にこの家を見ると、精霊らしい居住地だなとアルは改めて思った。精霊の本体が樹木であることを考えると、これでも人間に近い生活にしているのだろうが。
「ふへぇ……やっぱり、魔の森の魔物、おっかない……」
「アカツキさんはほとんど見ていただけだったでしょう?」
脱力気味に歩くアカツキに、アルは苦笑してしまう。
ここに来るまでは、当然魔の森を進むことになり、魔物の襲撃も数え切れないほどあったが、アカツキはアルとブランの後ろに隠れて、「ひぇっ!」とか「ぬぁっ!?」とか声を上げていただけだ。
散々ブランと特訓したはずなのに、アカツキの戦闘センスは一進一退を繰り返している気がする。
『ふん。あんな雑魚どもに情けない悲鳴を上げおって。いい加減、まともに戦ったらどうだ。魔法の杖を上手く使いこなせ』
「無茶言ってるー! 現代日本人は殺傷沙汰なんてそうそうないんですよ。獣と戦う、というか狩猟するのも、家畜をさばくのも、一部の職業の人だけですからね。なんなら、血を見ただけで卒倒するなんて人もいるんですから! 俺は結構マシな方ですよ!」
アカツキがなんとも情けない訴えをする。確かに例に挙げられたタイプと比べれば、アカツキはだいぶこの世界に適応している方だと思うが、成長が見られない理由にはならない気もする。
だが、アルはその点は指摘しなかった。言っても仕方ないことだから。それよりも、アカツキが語るニホンという場所は、安全で平穏な場所なのだと改めて実感した。
「血を見ただけで卒倒……よく生きられますね?」
『軟弱者の集団か……。つくづく、どうしてお前たちのような存在が、この世界に来たんだか分からんな。イービルも利用する相手は選べなかったのか……?』
「確かに不思議だよね」
首を傾げるブランの疑問に、アルも共感する。
もっと戦闘に慣れた者やこの世界に適応しやすい者を利用した方が、イービルの目的を達成するためには良かったはずだ。なのに、何故アカツキたちのような基本的には戦闘能力がない、そればかりか危機意識も薄い者たちを利用することになったのか。
わざわざ魔力を注ぐ手間までかけて存在を保たせたからには、イービル側に何かしらの理由があったはずだ。
「――能力が低い方が洗脳して操作しやすいから、とか? ……でも、その程度の能力しかなかったら、利用する方が面倒な気もするなぁ。そもそも、イービルはどうして自分の手で世界を破壊しようとしないんだろう」
『ん? ……あぁ、確かに、時の魔力すら操れ、神に近い能力があるなら、自分の手で破壊活動した方がよほどいいはずだな』
ブランと顔を見合わせる。
「イービルが直接動くと、創世神アテナリヤに妨害されるから、とか?」
『……うむ。その可能性はあるな。魔族ならば問題ないのか、という疑問はあるが』
疑問は増え続けるばかり。アルとブランの会話を聞いているアカツキは、終始難しげに顰めた表情で首を傾げていた。アカツキも疑問を解消する情報は持っていないらしい。アカツキはこの世界での記憶をほとんど失っているようなものだから、アルたちもそもそもあてにしていないが。
風が吹く。花のような香りが混ざっていて、どこに花が咲いているのかと無意識で視線を周囲に移した。
「――それは俺も気になっているんだ」
不意に聞こえた声に、アルたちは勢いよく振り返った。
ここが精霊の住処の近くとはいえ、魔の森であるからには警戒を怠ったつもりはない。それなのに、声の主はアルたちに察知されないまま接近していたのだ。最大限の警戒態勢をとって当然だった。
振り返った先にいたのは一人の男。こげ茶色の髪と目は平凡な色合いだが、異国情緒漂う容姿だ。どこか既視感を感じる。
「っ、誰ですか?」
『……我に気づかせないとは、何者だ』
一瞬で冷静さを取り戻し、警戒しながらも問い質す。ブランは地面に下り立ち、いつでも跳びかかれるようにと姿勢を低くしていた。
そんな様子のアルたちを見て、男が口元に笑みを浮かべる。敵意は感じない。それが不自然だった。
「――宏文?」
「え……?」
『なに……?』
ぽつりと零れ落ちるようにアカツキが呟いた名前。それはアルたちも何度となく聞いたことがあったが、ここで聞くとは思ってもいなかった。
驚きのあまり、アルは呆然と男を見つめてしまう。ブランさえ、戸惑った様子で、体勢を崩していた。
男――ヒロフミは、口元をさらに歪めて笑うと、まるで街中でばったりと友人にあったような気軽さで、軽く手を挙げた。
「よぉ、バカツキ。元気だったか? まぁ、俺たち、この世界じゃ、よっぽどのことがないと死にようがないけどな。あっはっは!」
「いや、笑い方ヘタかよ。棒読みじゃん……。ってか、俺はバカツキじゃないって何度も言ってんだろ」
わざとらしい笑い声を上げたヒロフミを、アカツキがジト目で睨みながら、ブツブツと文句を呟く。不満さを装っていても、その声音や表情に喜びが滲んでいた。久しぶりに同郷の者に会えたのだから、それも当然だ。
長い年月の間会っていなかったことを感じさせない、親しげなやりとりをする二人を見て、アルは肩から力を抜いた。
何故ヒロフミがここにいるかは疑問だが、今のところ戦う気配は微塵もない。元々、ヒロフミが悪魔族側の内偵をしていることは知っているのだから、あまり警戒する必要もないだろう。……悪魔族側に寝返っていなければ、の話ではあるが。
アルはアカツキとヒロフミの会話がひと段落したところを見て、口を挟むことにした。そうしないと話が全く進まない気がしたので。
「……はじめまして、ヒロフミさん。僕はアルです。こっちはブラン。あなたのお名前は、サクラさんのところで伺っていました」
「ああ、そのようだな。久しぶりに里帰り? というか、桜の様子を見に行ったら、泣かれた上に、つい最近まで暁と一緒に現地の魔法使いが来てたって聞いて、仰天して飛び出して来たんだ。運良く会えて嬉しいよ」
「先に異次元回廊の方に行かれていたのですね」
『ほぉー、すれ違いだったんだな』
ヒロフミが穏やかに受け答えする。改めて見ると、ヒロフミは異次元回廊にある工場の管理主ヒロとそっくりだった。既視感を覚えるのも当然だ。
「宏、桜に会ったんだ。めっちゃ怒られなかった?」
「めっちゃくそ怒られた。もっと連絡しろって。前に帰ったのは、先読みの乙女に会った後、墓地に神の干渉を防ぐ結界を更新しに行ったときだから……二十年以上前か?」
「そりゃ怒られるに決まってる……」
アカツキが呆れた眼差しをヒロフミに向ける。アルもアカツキに同感だ。ヒロフミは全くこたえた様子を見せていないが。
悪魔族側の内偵をしているのだから、そうそう会いに来られないのだろうと理解はするものの、数少ない同郷なのだから、もう少し気遣っても良いだろうに。サクラが可哀想になる。
『それはそうと、なんでここにいるんだ? ここは精霊のテリトリーだぞ?』
「あ、そうだ。もしかして――」
アルは感じた気配に視線を移す。大木の家からトラルースが出てきていた。家近くでこれだけ騒いでいたら、気になって出てきて当然だ。
トラルースがアルたちだけでなくヒロフミまでここにいることに驚いた様子はない。それはつまり、トラルースとヒロフミの間に何かしらの関係があるということではないか。
アルの確信に近い予想は、すぐに当たっていたことが分かった。
「アル、予想以上に早い帰りだったな。そんなところで話してねぇで、中に入れ。――お前も、客を脅かしてんじゃねぇよ。さっさと持ってきたもん、寄越せ」
「へいへい。精霊様は気難しいなー」
予想以上に気安いトラルースとヒロフミの雰囲気に、アルたちは驚いてしまった。
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