第282話 世界情勢
その金の鳥の姿を見て、正直またかと思った。異次元回廊からこの家に戻ってきた時もすぐにやって来たから。
「リアム様の行動は早いなぁ」
『む……いい情報源にはなるか』
「鳥さんだぁ。……あ、ダメッ!」
近づいて来た金の鳥に対して口々に感想を漏らすアルたち。アカツキが慌てたのは、スライムが触手を伸ばして金の鳥を捕獲しようとしたからだ。外敵と判断したのだろう。
「大丈夫ですよ。リアム様はドラゴンなんですから、そのお使いを頼まれている存在がスライムにやられることはないでしょう」
「え、でも、襲うのは良くないのでは……?」
スライムに手を伸ばした体勢でアルを振り返ったアカツキは、戸惑った表情だった。その背後で、金の鳥がスライムの触手を悠々と躱したついでに、つついて攻撃している。
リアムの管理下にある魔の森とはいえ、金の鳥が魔物に襲われないはずがない。そこを飛んでここまで来ているのだから、小さな鳥に見えてもそれなりに強いはずだと思っていた。その予想が当たっていたのだ。
「ほら、気にしていないみたいですよ。むしろ楽しそうです」
「……それなら、いいんですけど……」
飛んできた金の鳥はスライムで遊んだ後、ブランの頭に着地した。ブランが嫌そうな顔で頭を振ったり、尻尾で叩いたりしようとしても、弄ぶように跳ねている。なかなか図太い性格だ。生き物のように意思があるかは知らないが。
『やめろっ! 我の頭でちょこまかと動きおって……! 食うてやろうか!?』
「ブラン、ちょっと我慢してね」
苛立たしげに牙を剝くブランに、アルは苦笑しながら、金の鳥の首元に結わえられた手紙に手を伸ばした。
「――えぇっと……近況報告と忠告をくれたようですね」
「ほへぇ? 何事ですか? あ、そういや、帝国がどうとか……?」
アカツキの間の抜けた声を聞きながら手紙に目を落す。
どうやら、アルはリアムの想定より早くこちらに戻って来てしまったらしい。まだドラグーン大公国内には帝国の者がいて騒がしいから、できれば街には入ってこない方がいいと書かれていた。
だが、ソフィア様の婚約という名の人質交渉は、無事にドラグーン大公国側の意思が通る形で終えられたらしい。つまり、婚約の話は白紙撤回。その代わり、ドラグーン大公国の帝国からの独立の話は、まだ交渉が難航しているようだ。
「……帝国が戦争のせいで国力が落ちて、ドラグーン大公国の独立がより困難になっているようですね。これは解決に時間がかかりそう……」
「国力が落ちて、どうしてそうなるんですか? 帝国に頼る必要がないなら、勝手に独立しちゃえばいいのでは?」
きょとんと目を丸くして首を傾げるアカツキに、アルの方が不思議になってしまう。アルの考えは常識だと思っていたのだが、異世界人には一般的ではないのだろうか。
「帝国にはドラグーン大公国のような小国の属国がたくさんあるんですよ? ドラグーン大公国は食糧事情を改善し、独立する力を得られましたが、他の国は違います。むしろ、帝国が戦争のために兵力や食糧を供出させたことで、属国の方が国力の低下は著しいでしょう」
「……ほうほう」
アルの説明に対し、アカツキが曖昧に頷いた。きちんと理解しているか分からないが、正直アカツキにはさほど関係ない話なので、アルはさっさと説明を続けることにする。
「この状況でドラグーン大公国が独立すると、他の属国は帝国からドラグーン大公国に移りたがるでしょう。このまま帝国に従っていても、共倒れになる可能性が高いのですから、当たり前ですが。ドラグーン大公国は第二の帝国になることを期待されているんです。でも、ドラグーン大公国は独立する力があろうとも、他の小国を抱えられるほどではありません。今の状態でドラグーン大公国が独立すると、どうなると思いますか?」
「え、急に質問!? えぇっとぉ……?」
アカツキが必死に考えているのを少し眺めていたら、ブランの尻尾に脇腹を強打された。
「っ、ブラン、痛いよ!」
『我が必死にこやつを追い払おうとしているというのに、のんべんだらりと話すな! さっさと返事でも書け!』
ブランが怒り狂った様子で叫んだ。相当、金の鳥が鬱陶しかったらしい。リアムというかドラゴンと相性が悪いブランは、そのお使いの立場の者も許容できなかったようだ。
ブランを揶揄するように弄んでいる金の鳥の方も、相性が悪いと感じているのかもしれない。アルやアカツキ、スライムたちには目もくれず、ブランだけを狙っているようだから。
そろそろ全力で金の鳥を倒しかねないブランを見て、アルは慌てて宥めた。脇腹の痛みも忘れて、金の鳥を素早く確保してブランから引き離す。
魔の森の魔物をものともせず飛んで来られようと、ブランを本気で敵に回せるほどの能力があるようには見えない。ここで金の鳥を倒してしまったら、リアムとブランが戦うことになる可能性がある。それは回避したかった。
「ごめん、ごめん。すぐ返事を書くから。君も、ブランで遊ばないで」
「チチッ……」
不満げに鳴く金の鳥を膝に乗せ、アイテムバッグから取り出した紙にペンを走らせる。書く内容は情報と忠告への感謝、暫くドラグーン大公国内に立ち入らないということだけ。アルたちの精霊の森での情報を知りたがったら、次に会った時にでも話せばいい。
「うぅん……やっぱり、他の属国は帝国の元に居続けるしかないと思うんですけど」
不意に話し出したアカツキに、アルは視線を向けた。ようやく答えを出したようだが、自信なさそうな様子だ。
手紙をたたみ、金の小鳥に括りつけながらアルは口を開く。
「その可能性はありますね。そうすると、属国は泥船から一抜けしたドラグーン大公国を恨むでしょう。それは国同士の軋轢を生み、ドラグーン大公国はまともに他国と交易をすることができなくなります。ドラグーン大公国にとっても大打撃ですよ」
「あ……なるほど。食料だけでなく、色々のものが、自給率百%ってわけじゃないですもんね」
アカツキが納得した表情で頷く。アルは用意を終えた金の鳥を空に放った。役目には従順なのか、ブランには目もくれず飛んでいく姿を見ながら、説明を続ける。
「一番悲惨な状況になるのは、ドラグーン大公国が独立できるならば自分たちもできるはず、という甘い目算で属国が次々に独立していく場合ですね。こうなると、帝国の国力は加速度的に低下します。独立した国も自国だけで国を運営できないので、混乱が生じます。多くの難民が生まれ、帝国の支配領域だった一帯は荒れ放題になるでしょうね」
「うげぇ……」
顔を顰めたアカツキに苦笑しつつ、アルは話を締める。
「帝国は現在戦争をしていることを抜きにすれば、これまではさほど悪評があったわけではないんです。むしろ広大な地域で小国をまとめあげ、上手く調整して相互に発展させてきました。……ドラグーン大公国の独立を端緒とした地域の争乱を、帝国は阻止したいでしょうし、ドラグーン大公国もそれは同じです」
「なるほど……。帝国もドラグーン大公国も、地域全体の利益を考えてるってことですね。だから、ドラグーン大公国は強硬に独立をしようとしない……」
アカツキが感心したように呟く。なんとも素直な性格だとアルは思った。国の上にいる人間が、そんな奉仕精神でものごとを考えるわけがないのに。
「自国の利益が最優先ですけどね。属国が独立してこの地域一帯が荒れることは、結局帝国やドラグーン大公国に大きな損害を与えることになります。属国が勝手な行動をしないように調整しつつ、独立交渉も進めなければいけないので、困難な状況になっているんですよ」
「……難しい話っすねぇ」
アカツキが嘆息したすぐ後に、ブランがアルの胸に飛び込んできた。
『あやつと対峙していたら腹が減ったぞ! 甘味をくれ!』
「えぇ……?」
小鳥と戯れたくらいで腹が減るとは、なんという燃費の悪さ。もう用意した肉も食い尽くしているし、不機嫌さの残った様子のブランを宥めるのに、甘味が適当だとは思うものの、少し面倒くさい。
だが結局、期待の眼差しに抵抗しきれず、アルはアイテムバッグから作り置きの甘味を取り出すことになった。
トラルースと会った時にでも一緒に食べようと思って用意していたのだが、ここで消費してしまうとは予想していなかった。明日は赴く前に甘味作りをする必要がありそうだ。
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