再会

第281話 久しぶりの我が家

 魔法で灯した明かりに照らされる畑と一軒の家。久しぶりに帰ってきた自宅に、アルはホッと息をついた。


「さて……まずは家の中の掃除かな」

「それは俺がパパッとやっておきますよ」

「ああ、そういえば、そんな能力があったんでしたね。お願いします」


 アカツキの提案に頷く。ダンジョンマスターとして支配地としているこの場では、アカツキがダンジョン管理能力を応用して簡単に掃除などができるのだ。


『お、ラビとスライムだ』

「元気そうでよかった」


 畑から現れた角兎のラビとスライム。精霊の森に受け入れてもらえるか分からず、連れて行くことはできなかったから、家の管理を任せていたのだ。ダンジョンに住む妖精の安全性が確かめられるまで、ダンジョンに置きに行くこともできなかった。

 畑の様子を見るに、十分な働きをしてくれていたようだ。


「こいつらもダンジョンに送っておきますかねぇ。俺と一緒なら普通に行けるっぽいんで」

「畑の管理とかしてもらえるのは助かるんですけど」

「あ、それもそうですね。でも……うぅん……実は違うスライムたちもアルさんの家に来たいって言っていて、ちょうどいいから交代させようかと」


 意外な言葉を聞いてアカツキを見ると、テンション高く歓迎するラビとスライムをポンポンと軽く叩いていた。「家の管理ごくろーさん。一旦お前たちにもダンジョン見せてやるよ。旅行休暇だぞ」と言っているので、労いの気持ちでの提案らしい。

 ラビとスライムはアカツキの従魔のようなものなのだから、アルがその決定にどうこう言うつもりはない。代わりのスライムが畑を管理してくれるなら、アルには何も問題がないし。


「実験に協力してもらったスライムがどんな調子かも、確認してきてもらえますか?」


 アカツキは「んん?」と首を傾げた後に、アルの依頼の意図に気づいたのか納得したように頷いた。


「経過観察は必要ですもんね。最後に会った時は何も異常なさそうでしたけど。レベル下がった分だけ、経験値稼ぎ頑張ろうとしてるらしいっす。……こっちに連れてこようかなぁ」


 そう言った後に、アカツキがブツブツとぼやき始める。


「――勝手にダンジョン内の魔物減らされても困るんだよ。やっぱり自動召喚陣用意しておくべき? でも、ダンジョン攻略なんて、アルさんくらいしかしないし、魔物が溢れても困るしなぁ……」


 どうやらダンジョンマスターは考えるべきことが多いらしい。攻略者がいない分、管理が大変なようだ。


「レイさんはダンジョンに来たことがないんですか?」


 以前レイにダンジョンを紹介したことを思い出して尋ねると、アカツキが残念そうに頷く。


「一度、地上ルートでダンジョンまでの道のりは確かめに来たみたいっす。ダンジョンには入らず帰っちゃいましたけど。なんでだろう……?」

「どうしてですかね? ダンジョンは食料調達をするには便利だとは思いますが」


 アルはそう答えつつも、なんとなくレイの考えが分かる気がした。

 そもそも、ダンジョンというものはアルたちにとってよく分からない存在なのだ。魔の森という魔物が溢れる環境に慣れてはいても、異空間が連なる場所に警戒をせずにいられるわけがない。

 よほどの利益があると思わなければ、好んで入ることはないだろう。ノース国とは少し距離があるし。


『そんなことはどうでもいい! さっさと飯食うぞ!』

「……確かに夜ご飯の時間だけどね」


 夕方頃にマルクトの空間を出てきたので、今は既に日が沈んでいる。食いしん坊のブランがご飯をねだるのは当然だった。

 アカツキが既に家の掃除を済ませてくれたようなので、中に入って食事の準備をする。


「俺はパパッとこいつら連れて行ってきますね! そんで、代わりのスライム連れてきます。できれば、そいつらの分のご飯もお願いしますね!」

「いいですよ。いってらっしゃい」


 スライムのご飯。その言葉で、最初に出会った時に渡した串焼きでスライムたちに懐かれたことを思い出した。なんとなく串焼きを食べたくなってくる。


「――串焼きかぁ……お肉はたくさんあるし、今日は手抜き料理にしようっと」

『旨い肉ならばなんでもいいぞ!』


 ブランのブンブンと振られる尻尾がうるさい。よほどお腹が空いているのか、それとも串焼きという言葉に食欲が増してしまったのか、口の端からよだれが垂れそうになっていた。


「ブラン、僕の肩によだれを落さないでね」

『……うむ』


 ブランがちょっと恥ずかしそうに口元を拭った。



◇◇◇



 月と星が輝く夜空の下。アルの家の外では、良い匂いをさせながら、様々な肉がじゅうじゅうと音を立てて焼かれていた。炭火焼肉だ。スライムに最初に振る舞った串焼きもある。


「やっばーい! 焼き鳥と焼肉が同時に楽しめるなんて、至福ですねー! お酒がすすむ!」


 スライムを連れて戻ってきたアカツキが、早速焼き肉をつまみにニホンシュを飲んでいた。時の魔力の操作で出来上がった果実酒も手元に用意している。今のところ魔法で熟成を早めた果実酒を飲んでも害はないようだ。アカツキだからかもしれないが。


『旨い! 我はこの肉が好きだぞ。もっとくれ!』

「はいはい。たくさんあるんだから、もうちょっと落ち着いて食べなよ」


 山盛りにしていたはずの皿を瞬く間に空にしたブランに、アルは思わず苦笑してしまう。毎食たくさん食べさせているというのに、ブランは食べる勢いが凄い。大きな網の上で、焦げる暇もないほど肉が片っ端からなくなっていく。

 ブランの皿に焼けた肉を入れたついでに、網に肉を並べる。きっとこれもすぐなくなるんだろう。


「スライムたちは食べてますか? おかわりは?」

「あ、はーい、ちゃんと食べてますよー。こいつら、アルさんの飯が好きなだけで、食事は必須じゃないんで、あんまり気を遣わないでいいですよ!」

「……そうは言っても、凄い食べっぷりなので」


 アカツキの傍ではスライムたちが皿ごと飲み込むような勢いでご飯を食べていた。見るからに嬉しそうな雰囲気が伝わってくる。そこまで喜ばれると、用意したアルも嬉しくなる。肉や野菜を切って焼いただけだが。


 肉がなくなっては焼くのを繰り返しつつ、自分の食事を進めていたアルは、ふと森の奥の方へと視線を向けた。

 魔物がいない精霊の森から帰ってきたからこそ、魔の森に異様なくらい満ちる魔力と魔物の気配を強く感じる。精霊の森に慣れた者ならば、魔の森での生活は戸惑うことばかりなのではないだろうか。


「――トラルースさん、元気かな」

『ん? どうせ明日会うんだろ。それに、あいつはアルよりうんと長生きしているはずだ。たった数ヶ月くらいでどうにかなるような存在じゃあるまい』


 アルの呟きを拾ったブランが、どうでも良さそうに答える。ついでとばかりに皿を差し出されたので、なかなか消費されない野菜をこれでもかと盛ってやった。文句を封じ込めるようにアルが野菜の上に肉を置くと、ブランは嫌そうな顔をしながら食べ始める。

 どうしてそんなに野菜が嫌いなのか。妖精に貰ったものやダンジョン産のものは、街で買うものより甘みがあって美味しいのに。


「それより、伝言が気になりますよね。伝えるべきことってなんでしょう?」

「そうですね。僕が異次元回廊に直接行くようなら、別に来なくてもいいみたいな雰囲気でしたけど」


 アカツキと顔を見合わせ、首を傾げる。アルはトラルースに何かを言われる心当たりが全くなかった。

 しいて言うなら、マルクトの近況を聞きたいとかのお願いだろうか。トラルースとマルクトは親しいようだったし、異次元回廊の入り口の管理者になったトラルースは、そうそう簡単にマルクトに会うことができないはずなので。


「――まあ、それも明日会えば分かる、し……?」


 空を飛ぶ金の光が近づいてくるのが見えて、アルは目を細めた。

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