第280話 別れはいつも寂しい
時の魔力の操作に関する魔法が完成と言える段階まで来たので、アルたちは一度精霊の森を出て、異次元回廊に戻ることにした。一度精霊の森を経由するのは、フォリオに挨拶するためだ。
満月の日。マルクトが精霊の森に道を開けた。光が満ち、その先に木々が見える。
アルは草原にぽつりと屋敷がある景色を振り返ってから、懐かしく感じる気がする森へと歩き出した。
それほど長くマルクトが生み出した空間にいたわけではないのに、なんだか寂しく感じる。マルクトと一旦別れることになるからかもしれない。
『またすぐに来ればいい。満月の日しか道が開かないというのが問題だがな』
「……うん。そうだね」
ブランがアルの寂しさを察して慰めてくれるので、アルは微笑んで頷いた。見送りに出て来てくれたマルクトから視線を感じる。
「魔族の帰還の方法についてはまだ分かっていないけど、研究は続けておくよ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「……だから、いつでも遊びに来るといい。満月の日しか開けないけどね」
「ふふっ……分かりました。遊びに行きますね」
マルクトがブランの言葉を当てこするようにしながらも、少し寂しそうに言う。
別れを惜しんでいるのは自分だけではないのだと分かって、アルは嬉しくなった。それと同時に、素直に歓迎の言葉だけを告げないマルクトの捻くれた感じが面白くて、つい笑ってしまう。
ブランはプイッと顔を背けていた。言外に『満月の日以外も道を開けろ』と伝えたかったのに、マルクトに通用しなかったからだろう。
「寂しいっすねぇ。せっかく屋敷も整えたのに、もう使えないかもしれないのかぁ」
隣を歩くアカツキがぼそりと呟く。
アカツキが今回精霊の森に受け入れられたのは、元々精霊の側で条件を整えてくれていたからだ。既にダンジョンとの繫がりも切っていて、精霊の森から出たら、また入れるかはまだ分からない。精霊の森から出ることがないマルクトと会うのも、これが最後になるかもしれないのだ。
「アカツキがここに来ることが必然ならば、また会うこともあるだろうね。屋敷はアルのために残しておくよ」
「必然ならばって……結局マルクトさんでも分かってないってことじゃないっすか……」
不満そうに口を尖らすアカツキを気にした様子もなく、マルクトが前方に視線を向ける。木々の合間からフォリオの姿が見えた。
「やあ、まさか月の一巡ほどの時間で戻ってくるとは思わなかったな。その様子だと上手く結果が出たようで何よりだ」
「怠惰者と違って、アルは勤勉だったからね。……俺にそれ以上近づくな」
相変わらずマルクトはフォリオに冷たい。ピタリと足を止めたフォリオが少し悲しそうに見えた。
「……従兄殿はひどいなぁ」
「ふん。俺はアルの見送りに来ただけで、お前の顔を見に来たわけじゃないからね。……俺は戻る。アル、次会う日まで元気でね」
「はい、ありがとうございました。マルクトさんもお元気で」
フォリオと話すことを嫌ったのか、マルクトが踵を返す。あっけない別れになってしまった。だが、フォリオやマルクトが悪いわけではない。理由は分からないものの、致命的なくらい相性が悪いだけなのだと思う。
「……別れを邪魔して悪かったな」
『そうよ。マルクトの反応は分かりきっていたのだから、もう少し配慮してあげたらよかったのに』
「父から伝言を預かっているんだ。すれ違ってしまったら悪いと思ってな……」
咎める妖精の言葉から耳を塞ぎつつ、フォリオがアルに視線を向けた。マルクトが光の向こうに消えるのを見送っていたアルは、それに気づいて首を傾げる。
「伝言ですか?」
「ああ。と言っても、別れの挨拶は必要ないということと、何か話が聞きたいときは遠慮なく来るといいというだけだが」
「ありがたい言葉ですよ。ぜひそうさせてもらいますとお伝えください」
精霊の王が父だという感覚はまだないが、こうして配慮してもらえるのは素直に嬉しい。魔族のことについて語れない事実をたくさん知っていそうだし、また会う機会はあるだろう。母のことなど、ゆっくり話したいこともある。
『我は会うのは嫌だ……』
「なかなか凄い方でしたもんねぇ。でも、次に会う時は初めから気配を調整してくれるのでは?」
『それはそうだが……やっぱり嫌だ。あの存在感がどうにも心地悪い』
不機嫌そうに尻尾を振るブランの頭を撫でる。精霊の王との面会時には完全に気圧されていたから、ブランが嫌がるのも理解できる。だから、アルの方から強要するつもりはなかった。嫌がっていても、アルが会いに行くとなったらついて来そうな気はする。
「はは、そう嫌わんでくれ。……それで、アルはもう向こうに帰るのか? それとも森で休んでいくか?」
『果物ならたくさんあるわよ』
期待の目を向けてくるフォリオと妖精に少し申し訳なくなる。アルは早々に森を立ち去るつもりだった。異次元回廊ではサクラが待っているだろうし、クインも早いところ助けてやりたい。
「このまま魔の森に行って、家の状態を見た後に異次元回廊に行くつもりです」
「……そうか」
フォリオが寂しそうに頷く。既に異次元回廊の入り口の管理役はトラルースに交代しているので、フォリオがアルと共に行くことはできないのだ。
アル一人ならば精霊の森を訪れるのも難しくないだろうが、それがいつになるかは分からないから、別れを惜しむのはアルも同じだ。
「――そう言えば、トラルースから連絡が入っていた。もし、アルが異次元回廊に直接戻らないようなら、一度顔を見せに来てほしいと。何やら伝えるべきことがあるらしいが」
「……それは、思い出して言うことではないのでは?」
「忘れていたんだ。随分前にもらった連絡だったからな」
反省した様子もなく笑うフォリオを、アルだけでなくブランやアカツキ、妖精たちまでジト目で見つめた。こういうところがマルクトに嫌われている理由ではないかと少し疑う。
「トラルースさんは、フォリオさんが住んでいたところにいるんですか?」
「そのはずだ。あそこはなかなか便利で居心地がいいからな。なにより、ドラゴンから居住許可が出ているというのが好ましい」
「分かりました。では、トラルースさんにも会いに行きます」
答えつつ、ふと思い出す。
アルが精霊の森に来たのは、精霊の子を求める帝国の動きを躱すためという意味もある。戻ったところで魔の森から出なければ、例え帝国の者たちがアルを探っていようと問題はないだろう。だが、ソフィアたちが無事であるかが気になった。
帝国は独立しようとしているドラグーン大公国を繋ぎとめるため、ソフィアを人質にすることを考えていたはずだ。他の国々が悪魔族を討つための力を求め、魔族を探してもいた。ソフィアの傍付きのヒツジとメイリンは魔族の血を引く者で、捕まえられている可能性がある。
アルが精霊の森にいる間にも、世界は大きく動いているだろう。それを探るべきか否か。自分に降りかかりかねない危険も勘案して決めなければならない。
『……アル、今はよそ見はやめろ』
「ブラン……。ドラグーン大公国に様子見に行くのは反対?」
ブランがすぐにアルの悩みに気づいた。尋ねたアルにはっきりと首を振る。
『精霊の森に来てから、まださほど時が経っていない。帝国の者どもが諦めていない可能性は高いだろう。まず、するべきことをしてから動いた方が良いと思うぞ』
「……そうだね」
ブランの言葉はもっともだった。せっかくクインを救う術を得たのだから、今はそれを優先すべき。
「――じゃあ、一先ず、魔の森の家に行くよ。その後トラルースさんに会って、異次元回廊に。クインを救おう」
『うむ。頼むぞ、アル』
「了解でーす。桜元気かなぁ」
アルはフォリオに別れを告げ、転移魔法を発動した。
――――――
『精霊の森』編はここまで。次回からは『再会』編となります。
引き続きよろしくお願いいたします。
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