第278話 イメージを重ね合わせる
朝食後、くたりとテーブルに俯せ、退屈そうにしているブランを観察する。時の魔力を観察しているのだ。
時の魔力の性質転換について、マルクトが基礎的な理論を考えてくれたが、それを実用可能にまで持って行くには、こうして観察して感知するのが一番の早道だと思う。
「う~ん……それにしても、ブランの魔力はやっぱり不思議だなぁ……」
『……動いていいのか』
「ダメ。もうちょっと……」
ピクリと耳を動かしたブランを制止する。やはり、動かれると時の魔力の感知が難しい。今後、クインに魔法を掛けなければならないのだから、生き物で感知するのも練習しておかないといけない。
「性質が変動している部分の観測はやっぱり難しい……。温度みたいに捉えると少しは分かりやすいけど……この感覚をどう魔法陣に組み込むか……」
感知の結果をノートに記録しながら、マルクトが立てた理論への合わせ方を模索する。
物質の温度を変化させる方法は、火で熱することや氷で冷やすことなどがある。だが、それを魔力に適応させるイメージが全く湧かない。イメージさえできれば、どうにかできそうなのに。
「――う~ん……困ったなぁ……」
『もういいだろう?』
アルがペンを置いて考え込むと、意識が逸れたことを察したブランが、起き上がって体を伸ばす。疲れた様子で毛繕いを始めた。確かに観察は一旦やめていたからいいのだが、動かないでいるというのはそんなに耐え難いものか。
思わず苦笑しつつ時間を確認すると、もう昼に近づいていた。目を見開き驚いてしまう。集中しすぎて、時間の感覚がなくなっていた。
「あ、もう昼ご飯用意しなきゃ。……一日の大半をご飯の用意に費やしている気がする」
『何を言う。我から見ると、アルはほぼ一日中、魔法やら魔道具やらに熱中しているぞ』
「え、本当? ……感覚の違いって怖いねぇ」
ジト目で見つめてくるブランから、アルは目を逸らした。確かに活動時間の割合で考えると、魔法研究に掛ける時間の方が圧倒的に多いのだが、やる気や集中の度合いで時間の感覚は違いが大きいということだ。
そこまで考えて、ふと言葉が頭に引っ掛かった。
「――時間の感覚? ……そうか、自分を主体とした感覚で考えると、時間って絶対的ではないんだ。曖昧さがあって……時の魔力もそうなのかも。最初に二つの性質に分けたから、それに拘っていたけど、もっと柔軟に捉えて見てみるとなんか違うのかな……?」
ブランを見つめると、嫌そうに顔を顰めながらも固まってくれた。言葉に出す前から察しが良くて話が早い。
再び時の魔力を感知してみると、これまでとは少し見え方が変わった気がした。変動する部分がより明確に見えるような。
「第三の性質って考えた方が分かりやすいかも? 二つの性質とは独立して、もともと変化可能な魔力……。時の魔力の一部を切り離して変化させればいいわけか」
性質変化のやり方に少し目星がついた気がする。
観察に満足して頷くと、ブランが呆れたように尻尾を振った。
『それより、昼飯の準備をするんじゃなかったのか』
「あ、そうだった。すぐ済ませるよ。アカツキさんはそろそろ帰ってくるかな」
朝食後、ダンジョンに行ったアカツキのことを考えつつ調理場に向かうと、その途中でばったりとアカツキに会った。手に何かを持っている。
「お帰りなさい、アカツキさん。今から昼ご飯の準備をするところですけど……それは食べ物ですか?」
「いえいえ、違いますよ。アルさんのお役に立てないかなって思って、持ってきたんです!」
てっきり食べたい料理のための食材を持ってきたのだと思ったのだが、【役に立つもの】とは何だろうか。
首を傾げつつ調理場に入り、アカツキの持ち込んだものを見つめる。テーブルに置かれたのは大量の豆だった。
「……もう、もやし栽培はあまり必要ないですよ?」
「違いますって! これは緑豆じゃなくて小豆! お菓子にも使えるんですけど、今回の目的は別で……アイピローになるんです! 最近、アルさんが目を酷使してお疲れのようなので。温めたり冷やしたりして使うといいですよ!」
「へぇ、豆でそういうものができるんですね……」
アカツキが小豆を布で作った小さな袋に詰めながら説明してくれる。これを熱したり冷やしたりして目元にのせると、血流が良くなり疲れが取れるらしい。
温めるのは専用の熱に強い袋に入れて熱すればいいようだ。加熱用の魔道具を作っても良さそう。冷やすのは魔法か保冷庫を使えばいい。
「小豆の中の水分が程よく蒸発して、湿度のある熱がいいんですよ~。香りもリラックス効果がありますし。何度でも使えて便利!」
「なるほど……確かにいい香りですね」
早速温めて使ってみると、じんわりと目元が温まり疲労がとけていくような気がする。その後、冷やして使ってみたら、目が覚める感じがして気持ちいい。
心なしか、考えすぎて疲れていた脳まで冴えた気がする。
「――ありがとうございます。使わせてもらいますね」
「喜んでもらえたなら良かったです!」
『寝床に敷くのも良さそうだな』
使い終わったアイピローをテーブルに置くと、ブランがつついて、その後腕に抱えるように抱きついていた。まだ残っていた冷たさが、今の時期は心地よかったらしい。
アルはその姿の可愛らしさに微笑みつつ、昼ご飯の準備を始めた。今日はお手軽チャーハンと肉団子の甘酢あんかけ、野菜炒めだ。ブランへの観察対象のご褒美は夜に用意する。
「小豆か……」
ふと、先ほどの作業イメージを、時の魔力の操作に使える可能性に思い至り考え込む。小豆を袋に入れたのと同じように、時の魔力の一部を隔離し、それを外部から働きかけ温めたり冷やしたり。
小豆の温度変化を時の魔力の性質変化のイメージに重ね合わせ、具体的に感じられた気がした。この感覚を魔法陣に組み込むことができれば――。
「――いけるかも……!」
『おう? なんか気合入ってるな? そんなに上手く作れたのか?』
ブランが的外れな受け取り方をして、期待に目を輝かせている。アルは思わず吹きだして笑ってしまった。
「うん、美味しくできてると思うよ」
否定する必要も感じず、アルは答えながら料理の仕上げに取り掛かった。
◇◇◇
昼食後、得たイメージを考えつつ魔法陣を構築する。温度変化と魔力の性質変化のイメージを重ね合わせて、理論に組み込むのが一番ネックだ。
感覚の話だから、やはり難しく試行錯誤を繰り返す。
まず、時の魔力の一部を隔離するのは、結界の魔法を応用してみた。アプルを対象に、時の魔力を感知しながら結界の魔法を使ってみたら、予想外なくらい簡単に隔離できたのだ。しかも、アプル内での時の魔力の総量は変わらないから、アプル自体の時の流れに影響はない。
後はこの隔離した時の魔力にだけ、温度変化のイメージで性質転換を施すだけ。だけと言っても、それが難しいのだが。
マルクトの理論を使って、イメージを組み込み、魔力の性質に変化を促す。何度も魔法陣を作り変え、実験を繰り返した。
まったく魔力が変化しないことがほとんどで、時々小さな変化が見られても、気のせいだったかと思うくらいの速度で元の性質に戻ってしまう。変化を持続させるというのが難しいのだ。
だが、暫く実験を続けて、ついに完成に辿り着いた。
「――できた……!」
アルの目の前で、アプル内の分離された時の魔力が、魔法陣による指示に従って変化していた。実際に時の流れにどれほどの変化が生まれるかは、実験して記録をつけなければ分からないが、基本的な魔法陣としてはこれでいいはずだ。
『おお!? 本当か? では、我はもう、時の魔力の観察に協力しなくてもいいんだな!?』
アルの喜びとは別の部分で、ブランが歓喜の声を上げている。だが、残念。ブランはまだ観察対象から解放できない。何故なら――。
「やだなぁ。生き物の中の時の魔力の感知訓練も兼ねてるんだから、まだまだ協力してもらうよ?」
『……なんでだぁー……』
ブランがぐったりとテーブルに倒れ込んだ。
折角完成に辿り着いたというのに、喜びを共有できなくて、少し残念。アルは苦笑して肩をすくめつつ、今後の実験計画を立て始めた。
「そろそろ、本格的にクインに魔法を掛ける計画も立てなくちゃ」
用意した二パターンの魔法陣。実験の成果次第だが、どのように活用してクインに使うのか、真剣に考えなければならない。
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