第277話 アカツキの期待

 夜。初日の実験はなんとか上手くいったので、今日はもう休もうと準備していたアルを、アカツキが手招いた。なにやらウキウキとした表情だ。


「……どうしました?」

『まだ寝ないのか?』


 なんとなく警戒しつつ近づくと、ブランも不思議そうにしながら寄ってくる。アカツキの前には、果物が並んでいた。


「アルさん、お酒を作る話をしていたでしょう? 果物集めておきましたよ! なんとホワイトリカーっぽいアルコールもダンジョン能力で創れましたし、在庫は十分です。魔法陣も上手くできたみたいですし、早速試してみましょう!」

「え……まだ、時を進める方の実験はしていませんよ?」

「これが実験です! ほらほら、魔法陣をだしてくださいよ~」


 腕を掴まれ揺すられる。アカツキの酒に対する熱意が凄い。時間さえ掛ければ、果実酒なら魔法陣を使わずとも作れるだろうに、少しでも早く飲みたいという気持ちが伝わってくる。

 考えてみると、アカツキは初めの頃から酒好きだと話していたが、これまで飲んだ酒はニホンシュとアルの調理用ワインくらいだ。他の酒も飲みたいという気持ちは分からないでもない。


「う~ん……まあ、やってみる分にはいいですけどね。時を戻す場合と同じ感じで、【未来へ向かう性質】の魔力の割合を大きくしたらいけるとは思いますし……」


 話しながら、アルも結果に興味が湧いてきた。

 未来へ進めるというのは、過去に戻すよりも随分と不確かな要素が多いはず。ホワイトリカーに果物を入れて時間を進めたとしても、それぞれが独立して時間が進んだ場合、果物はただ腐るだけになりかねない。

 これは味見するにも勇気がいるが、アカツキがいるから大丈夫か。不死身だから。


「なんか、ちょっと切り捨てられた気分になりました。酷いこと考えてません?」

「考えてないですよ。アカツキさんに随時味見してもらおうかなぁと思っていただけで」

「おお! 味見はお任せください!」


 にこにこと笑って請け負うアカツキは、失敗する可能性なんて微塵も感じていないらしい。今のところ、時の操作をした食べ物の安全性も、全く確立していないのだが。


 その辺ブランは賢く、微妙な表情でアカツキを見ている。発酵や熟成が必要な食べ物をねだらないことからも、アルと同じくらい危険性を感じているのだと思う。それでいて、実験や味見を止めないのは、そうそうのことではアカツキに害が出ないだろうと判断しているからだ。


「では、ちゃちゃっと作りましょうか」


 瓶にホワイトリカーと果物、砂糖を加えて封をする。後は魔法陣を設置して魔力を注ぐだけ。

 時の魔力の割合は、【未来へ向かう性質】が【過去へ向かう性質】の二倍ほどになるよう調整してみたが、果たしてどうなるだろう。見た感じではさほど変化はないようなので、この割合のまま放置してみることにする。

 もやしでの実験と違い、厳密にデータをとっていないから再現性は低いが、余興のようなものだから別にいいか。上手くいったらもうけもの。


「明日の朝、どうなっているか観察しましょう」

「果実酒ができるのは大体三か月くらいから? 一時間で一日進むと仮定して、三か月進めるには大体九十時間必要で、六日以上放置って感じですね! 楽しみ~」


 アカツキが瓶を覗き込み、楽しそうにしている。アルは肩をすくめて身を翻した。失敗の可能性なんて、今のアカツキに言ったところで聞く耳を持たないだろう。

 寝室に向かうアルの肩にブランが跳び乗ってくる。柔らかい尻尾の感触が頬を擽った。


『果物が腐るには一週間ほどか。時を進めたら、数時間で腐る可能性がある。……朝に腐った果物が浮かんでいないと良いな』


 ぼそりと呟くブランに、アルは頷いて答える。


「正直、今の段階だと失敗の可能性が高い気がする」

『どうしてだ? 過去に戻すのは上手くいったんだから、アカツキの期待通りにいく可能性もあるだろう』


 ブランが首を傾げる。アルは苦笑しつつその答えを告げた。


「時の魔力が独立していたからだよ」

『独立……?』

「うん。魔法陣に魔力を注ぐ前に見た感じだと、ホワイトリカーと果物、砂糖それぞれに時の魔力が内包されていて、それは一切混じり合っていなかった。一応、それぞれの時の魔力に魔法陣が作用するよう調整したけど……」


 言葉を区切りブランに視線を向けると、納得したように『ああ……』と頷いていた。そして、アカツキに憐れみに満ちた眼差しを向けている。ブランもアルが言いたいことが分かったようだ。


「――このまま混じり合わずに進んだ場合。アルコールによる防腐効果がどれほど意味を持つのか、疑問だよねぇ。時を進める、というのが、物質だけでなく効果にも作用するのかな」

『難しい話だな。確かにもの自体は接しているのに、時の魔力が分離しているから、相互作用が起きない可能性がある、ということか』

「そういうこと。まあ、僕が難しく考えすぎているだけで、案外上手くいく可能性もあるけど。時の操作なんて、常識を超える現象だから、こればっかりはやってみないと分からない」


 アカツキの期待に満ちた表情を思い出すと、成功してくれたらいいなと思う。その方がアルの手間も減る。


「なにはともあれ……明日の結果が楽しみだね」



◇◇



 朝。アルは騒々しい声で目が覚めた。


「なんじゃこりゃーっ!?」


 階下から聞こえてくるのは、間違いなくアカツキの声だろう。アルは眠りから強制的に起こされて、ぼやけた頭でその理由を考える。


「……ぅ、ん……? なに……?」

『うるさいな……。どうせ、酒が失敗していたんだろう……』


 ため息をつきながら身を起こしたブランに合わせて、アルも起き上がった。アカツキの反応で、既に果実酒作りの結果は確定したようなものだ。

 失敗を確かめにいくのも面倒だなと思いつつ、アルは身支度を整えて階下に向かう。ブランは起きたのに眠気を引きずっているようで、アルの肩で体をだらりと脱力させていた。


「アカツキさん、どうしましたか?」

「アルさん……お酒が、お酒じゃない……」


 予想以上にアカツキがショックを受けた様子だった。涙目になっているのを見て、アルは少し表情を引き締める。前日に失敗の可能性が高いことを伝え損ねたことが申し訳なくなった。


 瓶の中には昨晩同様ホワイトリカーが詰まっている。だが、そこにたくさん入っていた果物は、見るも無残な姿になっていた。完全に腐っている。つまりアルの予想通りの結果になったということ。

 時の魔力を感知してみても、それぞれが一切混ざり合わずに時を進めていて、これは失敗という他ない。


「アカツキさん、実験には失敗がつきものですよ」


 マルクトに慰められた言葉をアカツキに掛けてやるが、一向に回復する様子はない。アルは苦笑しつつ、まずは処理に取り掛かった。

 折角だから、時を戻して元通りになるかの実験をしてみる。魔法陣で時の魔力の割合を弄り放置するだけだ。


 その後は、少し考えて、再び瓶にホワイトリカーと果物、砂糖を詰めていく。


『ん? またやってみるのか? 何度やったところで、変わらんと思うが』

「うん、それはそうなんだけど。適度に混じり合ったところで、時の魔力の感知をしてみようと思って」

『……なるほど。酒と果物と砂糖という状態ではなく、未熟な果実酒の状態で、時の魔力がどうなっているか調べるのか』


 昨夜アルが言ったことを覚えていたブランは、正確にアルの目的を察してくれた。説明が省けたアルは、作業を終わらせた瓶の蓋を締めて密封しつつ頷く。


「未熟な果実酒の状態で、時の魔力がそれぞれの素材で独立していないなら、時を進めて熟成させられる可能性はあるからね」

「それ、本当ですか!?」


 ブランの返事より先に、アカツキが怖いくらいの勢いで食いついてきた。

 アルは顔を引き攣らせつつ頷く。それでアカツキの精神状態は一気に回復したらしい。いつまでも鬱々とされるのは嫌だから、さっさと回復してくれてありがたいのだが、アカツキの酒に対する熱意が怖い。


「結果が出るには時間がかかりますよ」

「分かってますよ! でも、楽しみ~」


 アカツキはこれくらい能天気な方が平和か。

 にこにこと笑うアカツキを見て、アルは苦笑した。

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