第274話 今後の楽しみ
一足先に食事を終えたアルは、デザートの出来上がりを確かめてテーブルに並べた。抹茶やほうじ茶の甘味がどういう仕上がりか、密かに気になっていたのだ。
甘味に合わせる飲み物はどうしようか考えて、さっぱりとしたハーブティーを選ぶ。ここで抹茶やほうじ茶を淹れたら、さすがにくどい気がした。
「アカツキさんに提供してもらった茶葉粉末で作ったデザートです。ダンジョン、というか魔力から創られた物なので、マルクトさんも食べられると思いますよ」
まだニホンシュを楽しんでいる二人に取り分け、アル自身の分も確保したら、残りは全部ブランの物。残るようならアイテムバッグに仕舞っておくのがいいが、ブランがそんなことをするわけがない。
『おお……? 作っているときも思ったが、見事に緑色に茶色……あまり、食欲が湧く色合いではないな……』
ムースやパウンドケーキ、クッキーを見たブランが、複雑そうに呟く。緑色が野菜を想起させたのだろうか。茶色はチョコレートなどでもあるが、緑色の甘味は確かに珍しい。
「でも、いい香りがするよ?」
ブランが料理を食べきったのを見ながら、アルはムースにスプーンを入れた。滑らかなムースから、豊かな抹茶の香りが広がる。なんだかホッとするような香りだ。紅茶ほどの華やかさはないが、たまにはこういうのもいい。
「――うん。美味しい。甘すぎなくて、でも濃厚で、少しの量でも満足する感じ」
『ほう……確かに、旨いな。独特の苦みがあるが、それがいいアクセントになっている』
恐る恐る食べたブランも満足そうに目を細めていた。次々に口に運び、大量にあったはずの甘味もあっという間に量を減らしていく。
アルたちの様子を見ていたマルクトたちも、酒盛りを切り上げて甘味を口に運んでいた。特に、抹茶を使った甘味が好きだと言っていたアカツキは、嬉しそうに頬を緩めている。
「へぇ……茶葉ってこういう使い方もできるのか。美味しいね」
「あ、気に入りましたか? 茶葉の粉末はまだたくさんあるので、他のレシピも今後試してみますね」
「うん、楽しみだよ」
マルクトがにこりと笑う。酒が入って上機嫌になっているのか、甘味を食べるのも気に入ったようだ。やはり夕食には酒飲み用の料理を作ってもてなすべきだろうか。
そうなると、酒にもこだわりたくなる。マルクトは果物が好きだし、もしかしたら果実酒の類も気に入るかもしれない。
ホワイトリカーは少し持っているし、何か果物を漬けてみようか。シードル(アプルを発酵させて作るお酒)もいいかもしれない。少し手間はかかるが――。
「あ、発酵……? もしかして、これ、発酵スピードを調整できたら、お酒も結構早く仕上がるかも」
ホワイトリカーに果物をつける場合もそうだが、お酒を作る場合に一番問題となるのは、出来上がりまで時間がかかることだ。
でも、現在アルが考えているように、時の魔力を扱うことができるようになれば、その時間も短縮できるはず。
「アルさん! なんか、めちゃくちゃ聞き流せないこと言ってますね!」
「え……なんでそんなに期待の表情を……?」
身を乗り出すようにして、爛々とした目を向けてくるアカツキに、アルは身を引いて顔を引き攣らせた。恐らく酒への執念がアカツキを突き動かしているのだろうが、なんだか怖い。
「もしかして、アルはお酒も作れるの?」
マルクトまでやけに乗り気な表情だった。やっぱり酒好きなのは間違いないらしい。
アルは苦笑しつつも、酒を作ることに決めた。
時の魔力について教えてくれたし、異世界を把握する方法の研究などをしてもらっているので、マルクトに何か礼をできないかと考えていたのだ。
それに、酒は贈答品として喜ばれるので、簡単に作れるようになって損はない。
「ホワイトリカーに果物を漬ける程度なら恐らく問題なくできます。ただ、シードルなど、果物から発酵が必要な酒に関しては、やってみないとできるかは分かりませんね。さらに言えば、出来上がりを早めるために、時の魔力を上手く使えるかも問題です」
「なるほど。……時の魔力に関しては、俺も協力するよ。妖精たちにも観察を頼もう」
マルクトが協力を明言したことで、酒作りに時の魔力の操作を試すことは決まったも同然だった。
植物での実験が済んでから取り組みたいところだが、魔法陣の作製などは早めに始めてもいいかもしれない。
「まずは植物での実験ですね。それが終わったらお酒を作るのもやってみましょう。いい訓練になりそうです」
アルが微笑み、今後の予定を話すと、アカツキが「はい!」と手を挙げた。ワクワクした様子だが、酒はそう簡単にはできないと思う。後で落ち込まないといいが。
「――アルさん、もやしはそろそろ実験に使ってもいいくらい育ってますよ!」
「そうなんですか? では、明日はもやしを使って、魔法陣の調整をしてみましょう。いくつか考えてはあるんですけど、やっぱり魔力の調整をどう考えるかが難しいんですよね」
さっさと植物での実験を終わらせたいという意思が透けて見えるアカツキの様子を受け流し、アルはアイテムバッグから研究用のノートを取り出す。時の魔力の感知訓練の傍ら、作成していた魔法陣を書き記してあるのだ。
「いくつか考え、ね。単純に魔力を抜いたり、入れたりすることだけを考えているわけではない、ということかな?」
すぐに意図を察したマルクトに頷き、アルはいくつか魔法陣を見せた。
「これが、マルクトさんも言った魔力の抜き出しと注入を行う魔法陣です。それぞれ別にしてあるのは、その方が調整しやすくなると思ったからなのですが」
「そうだね。俺も、その方が良いと思うけど……。他にはどんな方法を考えているの?」
魔法陣をじっと見下ろしたマルクトが、何度か頷いたのを見てアルはホッとした。実際に使って見なければ想定通りに作動するかは分からないが、マルクトが納得してくれるなら、さらに自信が湧く。
アルは続けて、先ほどブランを観察して気づいた方法についても話すことにした。まだ魔法陣を作ってはいないし、正直どうすればいいか分からないから、マルクトの意見がほしい。
「時の魔力の性質を変化させることもできるのではないかと思っているんですけど」
「変化か……。う~ん、そうだね」
アルの言葉を聞いて、マルクトが考え込むように首を傾げた。ノートをぺらぺらと無意味に捲っている。
「――アルは、時の魔力の性質をどう区別している? 見え方が違っているだろう?」
「区別……【未来に向かう性質】の魔力は赤色、少し熱を帯びた感じですかね……。【過去に向かう性質】は青色、少し冷めた感じがします。真逆の性質だからかもしれないですけど」
感覚を言葉にするのは難しい。
時の魔力には、厳密にいえば温度はないが、アルが感じ取った印象を簡単に説明すると、マルクトは「うん――」と頷いた。そして、言葉を続ける。
「時の魔力を扱う魔法に、魔力の感知が必要な理由は、その感覚の曖昧さがあるからなんだ。時の魔力は、見え方にこれといった定義がない。それぞれの感知した見え方によって、扱い方を変えなければならないんだよ」
「……つまり、時の魔力を扱う方法について、僕に合ったやり方と、マルクトさんに合ったやり方は異なる?」
「そうだね。もちろん魔法陣の基礎となる部分は共通でもいいんだろうけど、細かい部分で自分に合ったように調整する必要がある」
アルは頷いてマルクトを見つめた。何を言おうとしているかなんとなく分かった気がする。
「――アルが時の魔力に温度や色のイメージを抱いているなら、魔力を変化させる理論にそのイメージを応用できるかもしれない。つまり、赤を青に変えさせるとか、温度を変化させるってことだね」
「なるほど……」
まだ具体的な魔法陣は浮かんでこないが、なんとなく道筋が見えてきた気がする。アルは目を輝かせて、早速魔法陣作りに取り掛かろうとした。
『……待て待て待てっ! もう夜だぞ! 寝ないつもりか!?』
ブランに呆れた感じで止められて、残念だが明日へ先送りすることになったが。
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