第273話 意外な食の好み
仮定の話であっても、アカツキを少し落ち込ませてしまったので、今日の夕食は存分にニホン料理を堪能して回復してもらおう。
そう決めたアルは、早速調理場へ移動した。
「アカツキさん、何を食べたいですか?」
「生姜焼き……煮物もいいな……。炊き込みご飯……いや、卵かけご飯も捨てがたい。魚料理もたまにはほしい。刺身、煮魚、焼き魚……日本酒が進みそうっ!」
ぶつぶつ呟きながらも、徐々にテンションを上げていくアカツキ。まだ実際に作っていないのに、それだけで精神的に回復するなら、ブランより単純な気がする。
「あ、甘味なら、これ使ってください! 桜のところで手に入れて、渡しそびれてました」
「なんですか?」
『良い香りだな!』
ふと顔を上げたアカツキが、何かの筒を手渡してくる。中身は粉末のようで、なんとなく覚えがある香りがした。
「抹茶の粉! ほうじ茶もありますよ。このままお湯に溶いて飲んでもいいんですけど、日本だと結構甘味に使われてて。俺、結構好きだったんですよねー。マジの抹茶は苦くて、飲むことはほとんどありませんでしたけど」
「へぇ……お茶の粉ですか。紅茶葉をスイーツに使うことはありますし、同じ要領でいいのでしょうか?」
「たぶん、いいと思います。俺、作り方とかは全く知らないですけど」
キリッとした表情のアカツキは、安定の頼りなさだった。料理に関してはアカツキに期待していなかったから、アルは全く気にしないが。鑑定眼の方が絶対信頼できる。
過去のチョコレートの例を考えて、アルは抹茶の粉とほうじ茶の粉を鑑定してみた。
『旨そうなものができそうか?』
アルが何をしているのかすぐに察したブランが、期待に満ちた目で見上げてくる。ブランは新しいものを好む。それが美味なものであればなおさらだ。
「【紅茶葉と同様の使い方が可能です。おすすめはムース。豊かな茶葉の香りを存分に味わえるでしょう】……だって。作り方も詳細が出てる」
『……誰が決めたおすすめなんだ。相変わらず、アルの鑑定眼は何かがおかしい』
ブランに呆れた目を向けられるが、それをアルに言われてもどうしようもないと思う。アルだって、鑑定結果がおかしいことは重々承知しているし。
どうにか他の鑑定眼持ちと比較して研究したいが、そもそも希少性の高い能力だ。この広い世界で出会うのは難しいだろう。アルのように大々的公表しないで使っている人も多いだろうから。
「ムースと言えばゼラチンですか?」
「ええ。でも、あれ作るのが大変なんですよね。作り置きがあったかな……」
アイテムバッグを探るアルを、アカツキが驚愕の表情で見つめた。
「まさかの、ゼラチン自作……!? 俺、桜の作業見て、ムースにゼラチン使うことは知ってますけど、ゼラチン自体をどうやって作るかは知りませんよ!?」
「そうなんですか? まあ、面倒な工程がありますからね」
結局、作り置きはなかった。さすがに今からゼラチンを作るのは嫌なので、ムースは諦めようと決める。
だが、アカツキが調理台に何かをのせて、誇らしげな表情をするのを見て、アルは首を傾げた。
「じゃじゃーん。ゼーラーチーンー! 俺、ゼリーとか好きなんですよね。俺でも作れるかなって思って、桜のところで用意してました!」
「え、凄い。まさか売ってたんですか?」
「いぇい! 売ってました。というか、創れました」
アカツキはミソやショウユ、コメ作りに苦労していたはずだが、サクラの所は随分と便利な食材の宝庫だったらしい。もっといろいろと探してみればよかったなと、少し後悔する。再び訪れることになるのだから、その時でもいいだろうが。
「では、ありがたく使わせてもらいます。抹茶の粉はたくさんありますし、色々作ったら楽しそうですね」
「期待してます!」
『甘味増量だからな! 約束を忘れるんじゃないぞ』
「……今日から適応されるの、その約束……」
ブランのおねだりに少し渋い気分になったが、約束したのは事実なのだから仕方あるまい。ムースは大量に作りやすいし、それに加えて何種類か作ればいいか。
「――では、料理を始めますね。アカツキさんたちは休んでいていいですよ?」
「はーい! でも、アルさんが料理してるとこ見てるのも楽しいので、ここにいます」
『味見なら任せろ!』
「別に、それはいらないけど」
結局、アカツキが何を食べたいかまとまっていないが、あれだけ候補を挙げていたということは、ニホン風の料理ならなんでもいいということだろう。
これまでアルが作ったものに文句を言ったこともないし、アルは自分が食べたい物を作ることにした。
まずは時間がかかる甘味作りから。
抹茶とほうじ茶を使ったムース、パウンドケーキ、クッキー。これだけ作れば、ブランが不満を言うこともないだろう。
次はメインの夕食作り。
今日はコメを炊き込みご飯にしてみた。貝を入れてショウユダシで味付け。貝からも旨味が出るから、絶対美味しくなる。
メイン料理は、アカツキの言葉で魚料理を食べたい気分になったので焼き魚。シンプルに塩を振って焼くだけ。とはいえ、焼き加減は重要だ。
ブランは肉料理がないと怒るだろうから、煮物も作る。鳥の魔物の肉がたくさんあるから、それと大根、ニンジンを煮つけにしてみた。ショウユベースだけど酢で酸味をプラス。さっぱり食べられるのがいいのだ。
野菜が少ない気がするので、テンプラを作る。サラダでもいいが、テンプラは大した手間ではないし、ニホンの料理という統一感が出るから。大葉やピーマン、しいたけ、オニオンなど。ニンジンやコーンなどはかき揚げにしてみた。
「――いい感じかな?」
「ふおお……美味そう……。アルさん、日本酒の準備はできてますよ!」
よだれを垂らしそうな勢いで、アカツキが出来上がった料理を見ていた。その手には既にニホンシュが入った瓶がある。
アルは酒の類いを飲まないから、アカツキの興奮具合に共感はできないが、このメニューが良い酒のつまみになるらしいことは伝わってきた。
「じゃあ、食べましょうか」
既に外は暗くなっていた。夕食にちょうどいい時間だ。
料理はどれも出来立てが一番美味しいし、アカツキと手分けしてテーブルに料理を運んでいたら、マルクトも帰ってきた。相変わらず、食事自体にはあまり興味がなさそうだったが、アカツキが抱えている瓶に目を留め、首を傾げている。
「マルクトさん、おかえりなさい」
「うん。……それは何? 水?」
ニホンシュは透明だから、水だと思っても仕方ない。アカツキは嬉々としながらニホンシュについて説明し、マルクトにも飲むよう勧めていた。
アルもブランも飲酒に付き合わないし、一人で飲むのが寂しかったのかもしれない。
「では、いただきまーす!」
いつも通り、アカツキの掛け声で夕食が始まった。ブランは誰よりも早く料理を口に入れ、幸せそうに食べ続けている。
アカツキはニホンシュを飲みつつ、料理をつまんで頬を緩めていた。
「……へぇ、ニホンシュ、美味しいね。これは、このコメというものから作られている?」
「そうです! 日本の酒造りの技術の結晶! 米の香りがいいんですよねぇ。天麩羅でちょっと口が油っぽくなっても、さらっと流してくれて相性抜群!」
「前にワインというのは飲んだことがあるけど、これは渋みとか酸味とかがなくて飲みやすい。水みたいに飲めてしまうけど、アルコール濃度は高そうだね?」
「まあ、そうっすね。慣れない人は、ワインとかより酔いやすいかもしれないっす」
「精霊に酔いがあるかは分からないけどね」
アカツキとニホンシュについて話しながら、マルクトは料理を口に運んでいた。いつもよりその進みが早いし、杯を空にするテンポいい。
アルは考えもしなかったが、どうやらマルクトは酒好きだったらしい。ニホンシュが口に合っただけかもしれないが、今後のメニューは酒のつまみになるものを積極的に作った方がいいだろうか。
考えながら口に運んだ炊き込みご飯は、貝の旨味がよくコメにしみていて、予想以上に美味しかった。焼き魚や鳥の煮物、テンプラとの相性もいい。アル的には、やはり酒よりコメが最高だ。
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