第269話 それぞれの奮闘

 翌日。

 アルたちはアカツキのダンジョンの妖精たちに、コンペイトウを渡しに行った。


『あら……これはなぁに?』

「異次元回廊へは、転移できないようになっているので。これはコンペイトウと言って、転移を可能にするものなんです」


 アルが説明すると、妖精たちが顔を見合わせて首を傾げる。


『必要かしら?』

『なくてもいいような気もするけれど』

『もらっておけばいいんじゃない? できなかったときに、受け取りに行くのは、私たちもアルも手間でしょう』

『そうね』


 妖精たちは、まだ異次元回廊への転移を試みていなかったようで、コンペイトウが必要かどうか、半信半疑に見える。だが、受け取ってもらえたならそれでいい。

 アル自身が使う分は手元に残して、いくつか渡しておいた。


「よし、これで今日すべきことはしたし、後は時の魔力の感覚を掴む練習だな」

『実験用の植物は育てなくていいのか?』

「それに関しては、アカツキさんがいい植物があるって言っていたから、任せているんだけど……」


 ブランと話しながらアカツキの部屋へと移動する。アカツキが「うぅん……?」と唸りながら水晶玉に手を翳して作業していた。まだ時間がかかりそうな雰囲気なので、アルは自分の訓練に集中する。


「昨日はアプルで、魔力の感覚を少し掴めた気がするし、今日も試そう」

『ん? アプル以外も使うのか?』


 アルがアイテムバッグから各種果物を取り出してテーブルに並べると、ブランがよだれをたらしそうな雰囲気で凝視した。昨日散々魔物の相手をしたので、今日は遊びに行くつもりがないらしい。


「うん、色んな果物で魔力の量に差があるかもしれないからね。折角種類があるし、試してみる価値はあるでしょ」

『うむ。多少傷みが出ても、これくらいならば食えばいいしな』

「さすがに一日ですぐ傷むことはないと思うけど?」


 訓練に使った後の果物を食べるのを狙っているとしか思えないブランの言葉に、アルは呆れて苦笑した。そんなに果物を食べたいなら、ダンジョン内を歩いて来ればいいのに。前日にたくさん採ったとはいえ、まだ実が生っている木もあるはずだ。


『ただ果物を食うだけはつまらんだろう。アルの手にかかれば、様々な美味なるデザートに早変わりするはずだ!』

「さりげなく、でもなく、直球で要求してきたね?」


 ブランがキラキラと瞳を輝かせて見上げてくる。まるで普段デザートを出していないような過度な期待の仕方だが、アルはほぼ毎日作っているし、ブランはそれを腹いっぱい食べているはずだ。

 こうもねだられると困ってしまうが、料理の腕を信頼されているのは素直に嬉しい。複雑な気持ちで、ブランの頭を撫でて宥めた。


「――そんなに手間がかかるものは作らないよ」

『構わんぞ。必要な食材があるなら、とってきてやろう』

「偉そうに言うね。とりあえず、夕食もデザートも、食材は十分足りているから大人しくしていて。アカツキさんの作業が終わるまで訓練するから。ブランも一緒に訓練する?」

『……ふむ。昨日のようにか。多少はしても構わんが』


 冗談で提案したのだが、ブランは思いの外訓練に前向きだった。アルが苦労しているのが分かっているからだろうか。それとも、クインのために何かしたいと思ったのか。

 理由は分からないが、一緒に頑張ってくれるなら、アルもちょっとやる気が増す気がする。


「じゃあ、好きな果物を使ってみてね」


 ブランに微笑み言いながら、アルは手元のアプルに意識を集中した。まずは、昨日も使った果物で感覚を思い出してみることにしたのだ。


 アプルそのものの把握ではなく、全体像を見る感じで。じーっと眺め続けていると、瞬きを忘れそうになってしまうから、それは注意しないといけない。


 どれほど時間が経っただろうか。集中し続けているアルの耳には、アカツキの唸り声も、外から聞こえる妖精たちのざわめきも聞こえなくなっていた。

 真っ赤なアプル。そこに渦巻く不思議な力の気配。それは周囲にも溢れ、流動している。


 次第に、その不思議な力も二種類に分かれていることが感じ取れた。

 煌めく力。色に表すと、赤と青だろうか。

 赤色の力は、ひどく力強く、全てを押し流すような勢いで渦を巻いている。青色の力は、その渦の中心でゆっくりと逆向きに渦を巻き、赤色の力を削いでいるように感じられた。


「――これが……時の魔力……」


 初めて感じるものだが、不思議と確信があった。

 赤色は【未来に向かう性質】で、青色は【過去に向かう性質】の魔力。この世界にあるものは、基本的に未来に向かって時を進めているから、赤色の方に勢いがあるのは納得できる。


『お? 感じ取れたのか!』

「たぶんね。これでいいはずだけど……ちょっと気を抜くと、すぐ分からなくなるのが問題だな。それに、これを定量的に見るのは、マルクトさんが言っていたように確かに難しそう……」


 時の魔力がそこにあるのは分かる。それぞれの魔力の強さを比較して判断することもできる。だが、どれくらいの量の違いがあるかは把握できそうになかった。

 妖精がそれをできるという方が、少し驚くくらいだ。妖精の魔力感知性能を詳しく調べてみたい。


『そこは妖精が担当してくれるのだから、別に構うまい。それより、祝いだ! アルの訓練成功祝いをするぞ!』


 尻尾をブンブン振って、楽しそうに言うブラン。そこまで喜んでくれるのは嬉しいが、その理由は美味しいものを食べたいからではないかと、少し疑う。単純にアルが難関を突破したことを祝っているようには見えなかった。


「……祝いって、祝われる方が準備するものじゃないよね?」


 試しに言ってみると、如実にブランの態度が変わった。愕然とした表情で固まり、目を泳がせている。


『……う、うむ。果物なら、用意してやるぞ?』

「この通り、果物はたくさんあります」


 テーブルに並んだ果物を示すと、ブランがしょんぼりと頭を下げた。垂れた耳と尻尾が哀愁を誘う。


『祝いと言えば、たらふく旨い物を食えると思ったのに……』


 予想通りだったようだ。これくらいのこと、ブランとの付き合いで分かりきったことではあったが。

 アルはブランのあまりの悲しみように肩をすくめた。訓練が上手くいって、アルも機嫌がいいので、用意してやってもいいかと寛容になれる。


「ここに出した果物をデザートで使うから、くれぐれもつまみ食いしないようにね。僕は他の果物でも訓練しておくから」

『っ、うむ! 我に任せろ!』

「いや、つまみ食いしないでって頼んで、その返事はおかしいような……?」


 アルの意思を察して、ブランがぱあっと表情を明るくしてご機嫌になる。返事がおかしい気がするが、テンションを上げたブランにはその言葉は届かなかったようだ。

 苦笑したアルは、それもいつものことかと、訓練を再開しようとした。そこで、アカツキの声が部屋に響く。


「終わったぁああ! なんなの、カタログにあるくせに、くそめんどくさいじゃん! なんで、ここでプログラミング要素が出てくる!? 記憶掘り起こすのしんどすぎたんだけど!」


 叫んだかと思うと、そのまま床に倒れ込むアカツキ。

 アルはその姿を見て、ブランと顔を見合わせた。二人して首を傾げてしまう。

 どうやら想定より難しい作業だったようだが、アカツキの普段の言動よりも幾分ガラが悪い雰囲気だ。相当お疲れらしい。


「アカツキさん、どんな感じですか?」

「アルさーん……、俺、ちゃんとやりました。撮影記録用の魔道具も、実験用の植物の準備も、ちゃんとがんばりましたよー……。だから、ご褒美に、甘いものください。脳が糖分を求めている……」


 アカツキがぐったりとしながら要求してくる。疲れたときに甘い物が欲しくなるのは分かる。そして、ちょうどいいことに、アルは夕食でデザートを作ることを決めているのだ。


「アカツキさん、夕食のデザートをお楽しみに」

「愛してる! さすがアルさん!」


 ブランとの直前の会話を聞いていなかったアカツキは、アルの言葉がアカツキへのご褒美のためだと誤解したらしい。アルもそれを狙って言ったわけだが。

 ブランの要求に応えられて、アカツキへの報酬にもなる。一石二鳥だ。

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