第268話 計画を進める

 十分食べ終えたところだったので、デザートの仕上げに取り掛かる。といっても、カラメルソースを掛けて、果物を添えるだけだが。


「――はい、どうぞ。ブランたちにもね」

『うむ! 旨そうだな!』

「わぁい、プリンアラモード! アイスを添えるのもありだと思いますよ……?」

「アカツキさん、アイス好きですね……」


 暗にねだってくるアカツキに苦笑して、アイテムバッグからアイスクリームを取り出す。最近消費が多い。種類を増やしてもっと作り置きしておくべきだろうか。魔道具があるから、作ろうと思えばすぐなのだが。


「プリンアラモード?」

「アカツキさんの言葉の意味は分かりませんが、その黄色いのは卵とミルクを混ぜて蒸したものですよ。後はダンジョン産の果物を飾ってます」

「へぇ……うん、美味しい。口当たりが滑らかなのがいいね」


 プリンを食べたマルクトが微笑む。結構気に入ったようだ。味覚で魔力を感じるというマルクトも、ダンジョン産のものは問題なく食べられるし、できるだけ喜んでもらいたいと思っていたから安心した。


「――そういえば、訓練の方はどう? 妖精の協力は得られたのかな?」

「あー……訓練は少し時の魔力の気配を掴めたかなという感じですね。妖精たちには協力してもらえそうです」


 不意に尋ねてきたマルクトに今日の成果を話すと、マルクトは驚いたように目を見開いていた。


「たった一日で気配を掴めそうなのは凄いね。優秀だよ」

「……ありがとうございます」


 マルクトに褒められるのは嬉しい。訓練が途中で中断されて、集中力も持続できなかったから少し落ち込んでいたのだが、気分が持ち直してきた。また明日から頑張ればいいだろう。


「時の魔力を掴めるようになったら、本格的に魔法陣の調整も考えないといけないね」

「そうですね。大体の構想はあるんですけど……使って慣れていかないといけないのが問題です。なんにでも試してみればいいというわけでしょう?」


 この部屋にあるテーブルに含まれる時の魔力を操作したところで、目に見える違いはなさそうだし、実験の対象として相応しくないだろう。できれば、過去の状態も、未来の状態も分かりやすいものがいいと思う。過去の状態の記録がとってあれば、さらに違いが分かりやすくなる。


「そうだね……。物質を過去の状態に戻す練習をするなら、植物とかがいいんじゃないかな。定期的に観察をして育てておけば、魔法陣を使った時、どの段階まで戻ったかが分かりやすいだろう?」

「……そうですね。それなら、定期的に記録できる魔道具があると、より正確に判断できますね」


 マルクトの提案は最適だと思い、アルはさらに考えを煮詰める。その様子を見ていたアカツキが、ポンと手を叩いた。


「記録用のカメラってことですね! 正直それ以上の観測法とか分からないっす」

「カメラ?」

「あ、カメラの提案したことなかった……? アルさんたちがダンジョン攻略に来てて、その様子を俺が見るのに使ってた機能なんですけど。遠隔で景色を見ることができる、みたいな? 記録のための機能もあったはずなんで、カタログで創れるような――」


 カタログを取り出し、アカツキが探し始める。アルはアカツキの説明ではカメラについていまいち理解できなかったが、アカツキが創れるならばそれでいいだろう。魔道具ならば自分で作りたい気はするので、魔法陣などを学びたいが。


「あった! カメラで撮ったのを、こっちに記録できるようにすれば問題ありません!」


 アカツキが指さす先に、何かの絵が描かれている。相変わらず理解できないが、使われる魔法陣は一応メモを取っておくことにした。どうやら光に関する魔法理論を使っているようだ。カメラよりも記録の方が複雑な仕組みに見える。自分で作るには研究が必要そうだ。


「明日にでも創ってきますね!」

「お願いします。では、僕は実験対象となる植物を育てることを考えておきます」


 実験対象にするのだから、短期で生長するものと長期で生長するものの二種類があった方がいいか。長期といっても、樹木のように年単位で時間がかかるものは難しいが。


「――普通に野菜かな? 何があったかなぁ」

「俺は畑を用意しておこうか」

「え、いいんですか? そういえば、この空間で普通に植物育ちますか?」


 ここが外の世界と切り離されている空間であることを思い出し、アルが改めて尋ねると、マルクトが軽く肩をすくめた。


「幸いなことに、時の流れは外と同じにしてあるし、土などの構成も外と変えていないよ。問題なく育つだろう」

「それなら良かったです。正直、外に出て実験すべきかと思っていました」

「そうなると、次の満月まで帰って来れないよ?」

「そう、ですね……? いや、アカツキさんのダンジョン経由だと、可能なのでは?」


 言いながら途中で気づいたことを尋ねると、マルクトがきょとんと目を瞬かせる。

 精霊の森からアカツキのダンジョンまでは転移で行くことができたし、長く滞在していた場所には転移の印を置いたままにしている。つまり、この空間から精霊の森に転移することはできないが、アカツキのダンジョン経由なら可能なはずなのだ。


「ああ、その説明をしていなかったね。この空間は、その役割を考えて、外世界とあまり繫がりを作らない方がいいという説明はしたと思うけど。こことアカツキのところを魔法陣で繫いである間は、アカツキのダンジョンから外世界へは転移できないようになっているはずだよ」

「え! いつの間にそんなことに?」


 アカツキが驚きの声をもらした。自分の家のような場所がいつの間にか変えられていたら驚くのも当然か。

 マルクトの説明は納得できることだったので、アルは頷く。これまで試そうと思わなかったから気づかなかっただけだ。


「説明を忘れていて悪いね」

「いや、まぁ、別にいいんですけどね……」


 あっさりと謝るマルクトに、アカツキが何とも言えない表情になる。アカツキ自身が転移魔法を使えるわけではないので、不自由があるわけではないのだ。

 だが、アルはふと思い出したことがあって、少し眉を顰めた。


「妖精たちに協力を依頼して、異次元回廊に行けるか試してもらっているんですが、それに支障はありませんか?」

「それは問題ないだろう。アカツキのところと異次元回廊は、そもそも存在が似通っている上に、外世界とは隔離されている。移動に支障はないと思うよ」

「それならいいのですが……」


 そういえば、妖精たちはどうやって異次元回廊に行くつもりなのだろうか。精霊が管理する扉を潜って行くのかとも思ったが、そのようなことは全く言っていなかった。異次元回廊は基本的に転移魔法を受け付けないものだったはずだ。それを可能にするコンペイトウがあれば別だが。


「――明日、一応コンペイトウを渡しに行こうかな」

「あ、その問題もありましたね。時の魔力を感知する訓練をしなきゃいけないし、魔法陣も作らないといけないし、実験用の植物も育てなきゃいけないし……アルさん、大忙しですねぇ」

「……本当に」


 並べて言われると、確かに大変な気がする。植物を育てたり、観察するのはアカツキやブランに任せてもいいかなとも思うが。


「ここで言うのはちょっと心苦しいですけど……俺たちの帰還問題についても、忘れないでくださいね?」

「あ、そうでした。……もちろん、クインのことを解決させた後に取り組みますよ」

「絶対忘れてたやつじゃん……」


 答えるのに間ができてしまったからか、アカツキにジト目で見つめられた。現時点でやるべきことが多いのだから、まだ何の手がかりも得られていないことを後回しにするのは許してほしい。


「魔族の皆さんの望みを叶える方法も、探したいですが……」


 視線を向けた先でマルクトが肩をすくめた。


「それは俺も分からないから……とりあえず、異世界を把握する方法があるか、研究をしておいてあげるよ」

「ありがとうございます!」


 マルクトから心強い言葉をもらえてありがたい。アル一人では、正直どうすればいいのか分からないでいたので。

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