第270話 アカツキの成果

 当座の糖分補給として、アルはアイスクリームを作った。作り置きをしておかないといけないと思っていたからちょうどいい。

 魔道具にミルクや蜂蜜などを流し入れ、動かしながらアカツキの話を聞く。アカツキは、早速アイスクリームを食べて、少し体力を回復した様子だ。


「まずは、こちらが実験用の植物の種です」


 そう言って取り出されたのは、小指の先ほどの大きさの種。アルが見たことがないものだ。もう一種類あり、そちらは粒々で小さい。ラディッシュの種に近い。


「緑豆と二十日大根の種! なんと緑豆は、一週間から十日くらいで生長するんです。二十日大根は二十日から三十日くらいですね。緑豆を暗所で育てると、もやしになります」

「一週間で育つのはいいですね。でも、暗所で育てるんですか……不思議な植物ですね」


 緑豆という種を手の平で転がす。これ自体が食べられそうな存在感だ。


「あ、その緑豆部分も食べられるんですよ」

「やっぱり食べられるんですか。豆というくらいですから、煮込み料理に使えそうですね」

『全然旨くなさそうだ』


 基本的に野菜を嫌っているブランが、興味なさそうに呟く。その口元がべったりとアイスクリームで汚れていた。


「……あっ! ブラン、俺のアイス、食べたでしょ!?」

『知らん。自分で食ったんじゃないか?』

「嘘つくな! 俺の皿に、ブランの毛が入ってるからな!?」


 いつの間にか空っぽになっていた器に、アカツキが怒りだした。種を取り出す際に、アイスクリームを入れていた器をテーブルに置いたのはアルも確認していたが、ブランが食べていたとは気づかなかった。ブランにも同じ量だけ渡してやったのに、油断も隙もない。


 アルは呆れたため息をつきながら、追加で出来上がったばかりのアイスクリームを、アカツキの器に盛ってやる。


「喧嘩しないで。まだありますから」

「アルさん、ありがとうございます……!」

『我も食うぞ!』

「ブランにはもうありません」

『なに!?』


 盗み食いの罰を告げると、ブランが衝撃を受けた様子で固まった。隣で嬉々とした様子で食べ始めるアカツキと対照的だ。

 そもそも、このアイスクリームは疲れたアカツキを、当座で回復させるために用意しているのだ。大して疲れてもいないブランが食べる理由はない。


『――我だって、魔力を掴めるよう頑張ったんだぞ!?』

「その成果は?」

『ぐっ……ちょっと、分かった気がする』

「昨日と変わりないんでしょう」


 しょんぼりと尻尾を垂らすブランを、アカツキが鼻で笑っていた。それはそれで性格が悪い。ブランのあまりの落ち込みように、アルもいじめているような気がしてきてしまって、ため息をついて妥協した。

 器一杯分、アイスクリームを入れてやり、残りをアイテムバッグに仕舞う。これ以上ねだられたら、作り置きの意味がないので。


『アル! やはりお前はいいやつだ!』

「現金だなぁ」


 調子のいいブランに笑いながら、アルはアカツキに成果の報告の続きを促した。ブランが自分の分のアイスクリームに集中している間なら、アカツキの分が狙われることはないだろう。


「……こちらが、撮影用の道具。こっちが記録用の道具になります。もやし観察のために暗視対応になってますよ」


 警戒したのか、器を片手に持ったまま、アカツキが創ったばかりらしい魔道具を取り出した。その器にブランがちらりと視線を向けたので、その警戒心は正しかったのだろう。アルはその執着に呆れたが。


「撮影用と記録用……どちらもガラスのようなものがついていますね」


 四角い箱に丸いガラスがはまったような撮影用の魔道具。記録用の方は、四角い箱の一面に、ガラスが付けられているように見える。使い方はどちらも分からない。


「そうですね。このガラス部分がレンズ……実験対象を捉える目の役割をしていて、そこで捉えた映像が、こっちの記録用のほうに保存され、そのまま見ることができるんです。試してみましょうか」


 説明が分かりにくくて首を傾げたアルにアカツキが気づき、そっと撮影用の魔道具に手を伸ばす。レンズというものが向けられたのはブランだ。

 ブランは少し嫌そうに顔を顰めながらも、ペロペロとアイスクリームを食べ続ける。


「ここのボタンを押すと撮影が始まって、撮影された映像は自動的に記録用の魔道具の方に転送されます。――こんな感じで、リアルタイムで見ることも可能ですよ」


 アカツキが記録用の魔道具を操作すると、四角いガラス部分にブランの姿が映った。驚くほどそっくりである。

 ブランが顔を上げて、少し手を振ると、四角いガラスの中で、ブランがその通りに動いた。姿をそのまま映しとっているのだと分かっていても、凄いと感嘆してしまう。


「……ブランだ。本当に見たままが映しだされるんですね。でも、丸いレンズを通して捉えているのに、どうしてこっちは四角いんですか?」

「へ? えぇっと……それは、そういうものだからとしか……」


 ふと疑問に思ったことを呟くと、しどろもどろな返事があった。創造主であるアカツキでもあまり理解していないらしい。正確に言えば、ダンジョン能力で創り出されたものだから、それも仕方ないか。


「そうなんですか。それにしても、これがあれば、正確な記録が可能ですね。過去状態との比較も容易にできます」


 アカツキが提案し創り出した魔道具の有用性に、アルは納得した。アカツキが少し誇らしげな表情になる。


「技術的には俺が作ったもんじゃないですけど、そう言ってもらえると嬉しいですね! それはそうと、アルさんの訓練の調子はどうですか?」

「ああ、それは、一歩前進しましたよ。今のところこのアプルに限りますが、時の魔力の把握ができるようになりました。問題は集中力が必要で、長時間の観測には向かないことなんですよね……」


 アルは小さくため息をつく。

 魔法陣を発動させるだけなら、時の魔力の把握ができていればいいのだろう。それでも、調整のために随時観測できていればより良いのは確かだ。妖精の手を借りると言っても、多少の誤差が生まれるのは当然だから。


「集中力ですか……。それは流石に俺にはどうしようもないっすねぇ。慣れたらいける感じではないんですか?」

「できるかもしれないので、訓練あるのみですね」

「ひぇ……大変そう……」


 アカツキから、ひどく気の毒そうな視線を受けてしまった。訓練の大変さはアルが一番分かっているので、苦笑するしかない。

 暫く何か考える様子だったアカツキが、決意を固めた表情で顔を上げた。


「――んじゃ、実験用の植物育てるのと、観察記録は俺とブランにお任せください!」

『って、我もか!?』


 突然アカツキの宣言に巻き込まれ、ブランが跳び上がって驚く。そんなブランに、アカツキが不思議そうな顔で視線を向けた。


「だって、ブランも暇でしょ?」

『うぐっ……それは、そうだが……』


 珍しいことに、ブランがアカツキに押されている。アルは笑いたくなるのをこらえて、アカツキの言葉にのった。実験用の植物の育成と観察を担当してもらえるのは、アルにとっても助かることなので。


「ありがとうございます。アカツキさん、ブラン。よろしくね」

「がんばりまーす!」

『……仕方あるまい』


 ブランが不承不承な様子で頷いたところで、アルは魔道具をアイテムバッグに仕舞い、皿なども片づけた。

 アカツキの用事は終わったようだし、訓練はマルクトの空間でもできる。それに夕飯にデザートをつける約束をしたのだから、その準備を始めなければならない。


「そろそろ戻りましょうか」

「うぃっす! 疲れたんで、ひと眠りしましょうかねぇ」

『我も、今日はもう昼寝するぞ』


 魔道具創造を頑張ったアカツキはともかく、怠惰なだけのブランを小突いておく。多少は夕食の準備を手伝ってほしい。

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