第267話 お肉は焼くのも揚げるのもいい
マルクトの空間にある家。
鬱憤晴らしも兼ねて思う存分暴れてきたアルは、大量の精肉を前に頭を悩ませていた。
『たくさんの肉を食べ比べるなら、ステーキが一番だ!』
「えー、ステーキだけなのはつまらないでしょ。肉の質ごとに、すき焼きとかー、串焼きとかー、揚げ物とかー。色々あるしさ」
とにかくたくさん肉を食べたいブランと、料理の種類を求めるアカツキ。アルの心情としては、ブラン寄りかもしれない。
「料理を作るのは僕なんですよね」
アルの手間になる望みを言うアカツキに笑みを向けると、アカツキが「あ……」と声を漏らし視線を逸らした。アルに負担を強いる自覚はあったらしい。
「……お手伝いします?」
「余計面倒くさそうなので、今日は遠慮します」
アカツキの言葉を笑顔で却下し、アルはいくつか肉を選んで残りは仕舞った。ブランが名残惜しそうに叫んでいるが気にしない。
たくさんの種類の肉を狩ってきたとはいえ、今日全部を食べなければならないわけではないのだ。
「これをミンチ肉にしようっと」
『なに!? 肉そのものの食感が!』
「これはこれで美味しいと思うよ? ステーキとかは頻繁に食べるでしょ。たまには違うのも食べたい」
『む、それはそうだが……』
あまり納得していない表情のブランには、別でステーキを作るべきだろうか。焼くだけならそう手間がないからいいが。
ダンジョンに行ったついでに、アカツキと共同で作ったミンチ肉製造魔道具に肉を投入。これを使いたかったからこそのメニューというのもある。
「お、いい感じですねぇ。ミンチ肉といえば、昨日餃子は食べましたしー……ハンバーグとか? つくねにするには肉の種類がちょっと違う気もしますし」
『ハンバーグとはひき肉を丸めたものを焼くんだったな。うむ、旨そうだ!』
「あ、そう? じゃあ、そっちも作るね」
『ん? ハンバーグを作るんじゃなかったのか?』
ブランが不思議そうに首を傾げる。アルは笑みだけ返して調理を続けた。調理工程は途中まで似たようなものだから、多少種類が増えても構わない。
ミンチ肉は味付けして卵やみじん切りしたオニオンを混ぜて成形。
ハンバーグはこのままフライパンで焼く。煮込みハンバーグを作るのもいいが、今は作り置きのソースがないのでまだ今度にしよう。
アルがもともと作りたかった方は、小麦粉と卵を混ぜたバッター液にくぐらせ、パン粉をつける。
「あ! もしかして、メンチカツですね!」
「揚げ物を食べたい気分だったので。パンで挟む感じでもいいですよね」
今日はたくさん動いたので、何も気にせず食べてもいいはず。あと、米ではなくパンの気分。
付け合わせのキャベツを千切りに。トマトは挟むなら輪切りかな。サラダとして食べるならくし切りなんだけど。
「美味いの間違いなしです! それなら、ハンバーグの方は、トマトソースと照り焼きソースの二種類、ダメですか? あと、ポテトフライも! 目玉焼きがあるとなお良し!」
『旨そうだな! 我も色んな味で食べたいぞ! 卵も多ければ多いほどいい!』
「パンの代わりに、米を固めて焼いたライスバーガーというのもありですが」
「……どんどん要求が増えていきますね。ライスバーガーというのは気になりますが、手間がかかりそうなので今日はなしで」
期待に満ちた表情で料理を待ってくれるのは嬉しいのだが、作りながらさらに要求されるのは面倒くさい。
とはいえ、トマトソースはもともと作ろうと思っていたし、照り焼きソースはさほど作る手間はかからないからいいか。ポテトフライは……この前作った時にたくさん切ってあったから、メンチカツの後に揚げよう。油の味が違いそうだが構うまい。目玉焼きはハンバーグとは別のフライパンに卵を落して焼く。
「アカツキさんたちは卵が焦げないように見ておいてください」
「おうふ……責任重大……」
『アカツキはともかく、我は焼き加減はちゃんと分かるから安心しろ!』
自信なさそうなアカツキはともかく、根拠のない自信を見せるブランは何故なのか。卵を焼く監視くらいで威張られても困るのだが。
焼き加減を見るのに集中して、追加の要求がなくなったから、アル的には思惑通りだ。正直卵の監視とか、本当は必要ないし。
「マルクトさん用にも何か作るべきかなぁ」
アカツキのダンジョンから戻ってきて以来、姿が見えないマルクトのことを考えて呟く。
夜ご飯はこっちで食べると言っておいたし、アルたちが帰ってきているのは気づいているだろうが、マルクトはご飯を食べるつもりがあるのだろうか。精霊は食事が必須ではないから判断が難しい。
「――食べるにしても、やっぱり果物が好きなんだよね」
マルクトを見ていると、やはり肉類への関心が薄いのにはアルも気づいていた。作るならば果物を使ったものがよさそうだ。あと、卵やミルクなども好きなようなので、それも使おう。
『お、甘味もつくのか!』
「マルクトさん用だよ?」
『作るならば一個も二個も変わるまい』
「いや、普通に分量とか変わるけど……」
アルの作業を見て、ブランが瞬時に甘味の気配に気づいた。次いで暴論を投げてくるが、アルは苦笑して受け入れる。もともと多めに作るつもりではあった。
卵とミルクと砂糖を混ぜて、濾してから耐熱容器に入れる。これを蒸している間に、カラメルソースと付け合わせの果物を切っておく。クリームを添えても良さそうだけど、今日は省略。
「アルさーん! 卵、焦げちゃう!」
「ひっくり返して……いや、僕がします」
情けない声で訴えるアカツキに、思わず指示を出しかけて、惨事が予想できたので止めた。ささっと全部をひっくり返す。パンに挟むのは両面焼きがいい。黄身が固すぎるのも嫌なので、火はすぐ止める。余熱でだいぶ白身は固まるから。
「――デザートは冷やしておくとして……マルクトさんいないけど、食べようか」
『飯だ飯ー! 我は腹が減ったぞ!』
「揚げ物の匂いって、めちゃくちゃ食欲をそそるんですよねー」
アカツキが皿の一部を持って行ってくれたので、アルは残りを運ぶ。
「いっただっきまーす! まずはテリヤキバーガー」
『我はパンはいらん。肉だけでいい!』
「野菜も食べて」
大量のハンバーグとメンチカツをのせたブラン用の皿に野菜も入れてやってから、アルは自分用にメンチカツをパンで挟む。キャベツにはマヨネーズソース、メンチカツには果物を使った甘めのソース。
ガブッと噛みついた瞬間から肉汁が溢れて美味しい。
「テリヤキバーガー、うまぁ!」
『うむ。ハンバーグもメンチカツも旨いぞ。もともとの肉の味がいいな』
「なんのお肉でしたっけ?」
「火飛竜のモモ肉ですね」
「……あらためて考えると、レア物の肉を惜しげもなくミンチ肉にしちゃうアルさん凄い……」
「たくさんありますし。珍しいといっても、アカツキさんがいつでも出してくれるでしょう?」
「そうっすね! アルさんの魔力があれば、わりといくらでも出せます。……魔力から食べ物作れるって、やっぱり凄いなぁ」
アカツキに頼んで出してもらった火飛竜は、大きな体の分、食べられる部分が多い。他にもたくさん魔物は狩ったし、惜しむほどのものではなかった。
アカツキの言う通り、魔力から魔物を創れてしまうと、価値観が狂う。アルのアイテムバッグの中には、ギルドに売れば莫大な財産になりそうなほどの魔物素材が詰まっていた。騒ぎになりそうだから、簡単に売り出すことはできないが。
「アカツキさんって、やろうと思えば経済破壊できちゃいますよね」
「やるつもり全くありませんからね? アルさんだってしないでしょう」
「お金に執着してないので」
「自給自足できるのって強みですよねぇ」
夕食を味わいながら、ほのぼのと会話を続けていたら、マルクトの姿が見えた。マルクトはテーブルに並ぶ料理を見てぱちりと瞬いた後、納得したように頷く。
「……夕食か。やっぱり、人間たちって食べる頻度が多いよね」
「マルクトさんには果物とちょっとした甘味を用意してますよ」
「あ、そうなの? じゃあ、せっかくだからもらおうかな」
あまり関心がなさそうなので、やっぱり食事のことを忘れて研究に熱中していたらしい。顔を出してくれたのだから、アルたちの存在は忘れていなかったのだろうが。
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