第266話 訓練中
アルの前には一つのアプル。もぎたての果物だ。それを見つめながら、じっと魔力を探っていた。
生き物ではないアプルには、魔法で使うような魔力がない。それゆえ、人間の中では魔力感知が優れているアルであっても、アプルから何かを感じ取れる気が全くしなかった。妖精曰く、ダンジョンで採れるアプルも当然時の魔力を持っているらしいが。
『――そのアプルはおやつの材料か?』
隣でせっせと果物を収穫していたブランが、期待に満ちた声で尋ねてくる。
妖精との話の後、アルが用意していたクッキーとミルクをたらふく楽しんだはずなのに、もうおやつの話題。アルは毎度のことながら呆れてしまう。
「違うよ。時の魔力を探っていたの。……欠片も見つけられてないけど」
『ああ……大変そうだな』
憐れんだような眼差しに、少し苛立つ。なかなか問題解決の糸口が見えないことへの八つ当たりが主だが、他人事のように言われるのは納得がいかない。
「ブランも探ってみてよ。魔物的な勘の良さでできるかも」
『我ができたところで、アルの魔法の役には立たないだろう?』
「それでも、コツとか分かるかもしれないし」
『むぅ……面倒くさい』
正直な感想を漏らしつつも、木に生っている最後のアプルを手に取り、ブランがじっと睨みつける。やってくれる気はあったらしい。
「ほえ。ブランもやるんですか。俺もお手伝いできたらいいんですけどねぇ。なにせ普通の魔法の魔力さえ分からない……。ダンジョンにどのくらい魔力が蓄えられているかは分かるんですけどねぇ」
アカツキが肩を落しながら、近くの茂みに生るベリーの採取を始める。ブランの代わりにと、せっせと働いているようだ。
「ダンジョンに蓄えられた魔力の定量が可能なら、その能力を応用して魔力を観測できるようになりませんか?」
「アルさん、それかなり無茶っす。俺、このダンジョンのシステムを活用するだけで精一杯っすよ? そんな応用だなんて、アルさんじゃないんだから無理ですよ!」
「……胸を張って言うことじゃないですね」
努力もしないうちから自信満々に宣言するのはどうなのか。思わず目を眇めると、アカツキが慌て始めた。
「いや、これまでに、魔法使えないかなぁって試したことはあっても無理だったんですよ! それにダンジョン能力は、カタログから創る道具とかを除いて、ダンジョン外では使用できませんからね」
「あぁ……そうでしたね」
カタログに魔力観測機能がつけられると載っていないと、ダンジョン外でアカツキの能力は使えないのだ。期待するだけ無駄である。
『――……む、り、だぁあ!』
「うわっ……いきなり叫ばないでよ」
ブランが天を仰いで叫んだかと思うと、ガブッとアプルに噛みついた。集中力が途切れたらしい。諦めが早いなと思いつつも、その徒労感に共感できるアルはそれ以上何も言わず、ブランがアプルを食べきるのを見守った。
『糖分が足りん。アル、おやつ』
「果物で摂取して」
横暴な要求を受け流す。不機嫌そうに尻尾を振ったブランが、アカツキの傍に近寄ると、次から次へとベリーを食べ始めた。いくら集中して脳の栄養がなくなったといっても、食べ過ぎである。
「――少しは気配を掴めた?」
『よく分からん』
口元をベリーで赤く染めたブランが、小さく首を傾げる。だが、その言葉にアルは少し期待を抱いた。よく分からないということは、何かきっかけは掴めたのではないかと思ったのだ。
『――こう……普通の魔力とは違うものがあるような気がする……ような、しないような』
「曖昧すぎるっすね」
アカツキが呆れたように言うが、アルからすればブランは十分頑張っていたのだと分かる。アルはまだ欠片も時の魔力の気配を掴めていない。
「どんな感じにしてその気配を掴んだの?」
『どんな感じ……うぅむ……。あれだ。魔物を狩るとき、姿が見えない場合に察知するのは魔力の気配だけではなかろう? 音も匂いも判断の材料だし、それ以外にも周囲の雰囲気というのも参考になる』
「……ああ、確かに。魔力というものに拘らずに探った方がいいのかな。時の魔力は普段僕が把握している魔力とは違うんだから、その在り方自体が全く違うのかも」
不意に気づいた事実に、アルは訓練方法を変えることにした。魔力を探ろうと努力するのではなく、物質をあらゆる視点から観察するのだ。
まずは鑑定眼で見てみる。示される情報は前回と変わらない。さらに突き詰めて見ようと意識してみても変わらないのだから、この方法は使えないのだろう。
「――難しい。存在自体を把握……」
呟きながらぼんやりとアプルを観察する。周囲に漂う魔力の影響を排除しながら、アプルという存在に向かい合い続けた。
次第にアプルに何か渦巻くものが詰まっているような気がしてくる。同時にそれが周囲にも満ちているように感じられた。
アプルも空気も、木も花も。アルの身体だって――。
『むむっ! 肉!!』
嬉々とした声に集中力が途切れた。声の主に目を向けると、現れた鳥型の魔物にブランが跳びかかっている。なかなか大きな魔物だ。
「あ、あいつ、ブランの肉用にするからって、回避設定から除外してたんだった……。集中邪魔してごめんなさい……」
このダンジョンの管理者であるアカツキが、申し訳なさそうに肩を落す。採取と鍛練を兼ねていたから、魔物が襲ってくるのは構わないのだが、今のタイミングはやめてほしかった。
せっかく捉えられそうだった気配が見えなくなっていて、アルは疲労感からため息をつく。
「はぁ……やってられない……。――ブラン、ちょっと退いてね」
『ん? ……なっ、その魔力で何する気だ⁉』
魔物を追っていたブランが振り返ってきて、驚愕した表情で跳び退る。それを見ながら、アルは魔力を籠めた剣を引き抜いた。これを使うのは久しぶりな気がする。やはり精霊銀製の剣はアルの魔力と相性がいいのか、非常に使いやすい。
「僕の邪魔をした八つ当たりだよ」
ブランの問いに答えながら、魔物目掛けて剣を振り抜く。その延長線上に魔力波が広がった。
周囲の木々と共に魔物が両断されて地に落ちる。
「……やっべぇ、アルさん怒らせんとこ……。普段大人しい人がキレると手に負えないって真実だよな……」
『アルは制御不足でも森を破壊するが、意図して破壊するとより怖さが増すな』
いつの間にかブランがアカツキの頭の上に避難して、失礼なことを言っていた。ブランが怖いと言うほどのことはしていないはずだが。
魔物をアイテムバッグに仕舞いつつ見据えると、アカツキとブランが「何も言ってないよ」と言うように視線を逸らした。わざとらしすぎる誤魔化し方だ。
「……よし、完全に集中力切れちゃったから、今日は狩りを頑張ろう」
「了解! 俺、ちょっと、魔物の設定してきますよ!」
『あ、逃げたな、アカツキ!』
アルの宣言を聞いた途端、アカツキが駆けだす。振り落とされたブランが抗議するのも気にせず、一目散に自分の部屋に戻っていった。そんなに慌てるほどアルの気合いが怖かったのだろうか。
「ブランは一緒に狩りしようね」
『……うむ、まぁ、いいのだがな』
ブランの身体を掴んで肩に乗せると、呆れたように呟かれた。アルの八つ当たりしたい気分を正確に把握しているのだ。
『――どうせなら、強い魔物を狩るか!』
「いいね。そう言えば、飛竜がいなかったっけ?」
『おお、いたな。だが、もっと違うのがいいぞ。アカツキに頼もう』
「そうだねぇ。アカツキさんも、僕たちの意見を聞いてから動いてくれたらいいのに」
既にアカツキの姿は見えない。どんな魔物を設定するつもりか分からないが、どうせなら意見を取り入れてもらいたいので、結局アルたちもアカツキを追って部屋に戻ることにした。
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