第265話 妖精に協力依頼

 マルクトの空間からアカツキのダンジョンまでは、転移用の魔法陣を通って一瞬で辿り着く。その際に時の魔力を感知できないか試してみたが、やはりそう上手くはいかないようだ。


「――さて、妖精たちは……」

「いつも通り花畑ですよぉ。というか、そのお土産美味しそう……」


 アカツキがアルの手元を見て、羨ましそうに呟く。ブランは無言で凝視していた。ねだらないだけの理性はあるらしい。


 クインを異次元回廊から解放するため、時の魔力の感知に長ける妖精たちの協力を得ようと、アルはお土産を用意していた。といっても、妖精が物につられる性質か分からないので、少しでも機嫌を良くしてくれたらいいなという程度の気持ちだが。


 アカツキの部屋から花畑に出て辺りを見渡す。

 一時は白鶏に占拠されかけていた花畑だが、スライムが活躍しているのかほどほどに落ち着いていた。代わりのように多くのスライムがのんびり寛いでいる姿が見えるが、あれはうるさくないから妖精も受け入れているのだろう。


「あ、こんにちは、妖精さん」

『あら、今日はあなたも来たのね』

『良い匂いがするわ』

『あなた、研究で忙しいと聞いていたけど』


 花畑を半ばまで進んでようやく出会った妖精に声をかけると、次から次へと花の陰から妖精が現れた。それぞれが違うことを言うので、アルもどれに反応したらよいか分からない。

 アカツキがうるさそうに顔を顰めた。ついでに耳を手で塞いでいる。妖精への説得の助力を頼んでいるのだから、そのように逃避されるのも困る。


「研究に関してのことで、協力いただけないかと相談なんですが。あ、これは皆さんでどうぞ」


 言いながら、アイテムバッグから取り出したテーブルの上に籠をのせる。中に入っているのはバターをたっぷり使ったクッキーだ。ホットミルクや蜂蜜なども一緒に並べると、妖精たちがきらりと瞳を輝かせたように見えた。


『やっぱりあなたは気が利くわね』

『美味しそう』

『研究の協力ってなに?』

『クッキーには甘いミルクが一番よね』


 テーブルの上に集って、クッキーに手を伸ばす妖精たちを見守る。ブランがこっそりとそれに紛れ込もうとしていたが、アルは即座に捕まえて抱きしめた。ブランの大きさで妖精に紛れるのは無理がある。


『食いたい……』

「ブランは後であげるから、今は我慢ね」

『お? あるのか!』

「ないなんて、一度も言ってないでしょ」


 しょんぼりと垂れていた耳と尻尾が、一気に元気を取り戻した。その現金な態度に呆れつつも、これがブランだと分かっているから肩をすくめて受け流す。


「俺の分もありますよね?」

「……むしろ、アカツキさんだけのけ者にする意味ってありますか? そんなにひどい性格じゃないですよ」


 ソワソワと尋ねてくるアカツキに答えると、ぱぁっと表情を輝かせた。今はこの二人よりも妖精との会話を優先したいのだが。アカツキも協力要請に助力してくれるという話はどこにいったのか。


「それで、協力をお願いしたい研究についてなんですけど。皆さんは異次元回廊に入ることって可能ですか?」


 尋ねた瞬間、妖精たちの動きがピタリと止まった。何かを探るような雰囲気の後、一人が不審そうな表情で口を開く。

 アカツキはお喋り好きの妖精たちの態度の激変に目を白黒させていた。


『何故そんなことが気になるの?』

「実は妖精は時の魔力の感知能力が優れていると聞きまして、異次元回廊内でその能力を発揮してもらいたいんです」


 協力を得たい立場なのだからと、大雑把に事情を話す。神が関することに妖精たちがどう反応するか分からなかったので、クインのことはひとまず言わないでおいた。


『異次元回廊ですって』

『あそこは神が直接管理する場所でしょう』

『違うわよ。今は代理の魔族が管理してるはずよ』

『神はお隠れになったものね』

『あら、そうだったかしら。いやねぇ、ここは世情から取り残されるから』

『そういえば、ここは一部繋げられたんじゃなかったかしら』

『ああ、あちらの方からの干渉があったのよね』

『どうせアカツキがなにかしたのでしょう。こちらの空間に支障はないから無視していたけど』


 妖精たちの話を黙って聞く。時々話題が逸れていくことはあるが、異次元回廊のことも、アカツキがこのダンジョンと存在を繫げたことも、妖精たちは把握していたことが分かった。


「やっべ、やっぱうるさいわ……」

「普段のアカツキさんの方がうるさい気がしますけど?」

「ひどいっす。うるささの種類が違うでしょう?」

「うるさい自覚はあったんですね」

『アカツキは音量と態度がうるさい。妖精は集団だとうるさい』


 ブランが端的に表現して、不満そうだったアカツキが沈黙した。自分でも納得したのだろう。


『あなたは今精霊の森と関わりがあるのでしょう? どうしてそちらの妖精に頼まないの?』

「神の創った空間への立ち入りを、あちらの妖精たちは許可されていないようなので」


 不意に飛んできた質問に答えると、妖精たちに納得した雰囲気が広がった。うっかり忘れていたようだが、この空間に妖精がいることだけでも実は特殊な状況なのだ。


『そうだったわ。長く居すぎて忘れていたわね』

『実際のところ、行けるのかしら』

『行ってみようと思ったことがないわね』

『似たような空間のはずだから、行けないことはない気がするけれど』

『ここでの役目を放棄することにならない?』


 一人が呈した疑問に、妖精たちが沈黙した。ここで自由に過ごしているように見えるが、彼らにも役目があるのだ。それが何なのか、アルは正確なところを知らないが。


「全員がここにいなければならないのですか?」

『……どうかしら。その必要はない気がするけれど』

『行くのは一人でもいいのね?』

『それなら大丈夫かもしれないわ』

『でも、時の魔力の感知って……何をするつもりなの?』


 ついにその質問が来たかと、アルは言葉を選びながら口を開く。クインのことをどこまで話すべきか。今はまだ詳細を告げたくなかった。


「ちょっと、時間を過去に戻したい存在がいまして」


 妖精たちがポカンと口を開けた。初めて見る表情だ。次第に疑わしげに目を細め、アルを観察したかと思うと、正気を問うようにアカツキを見据える。


『本気で言ってる?』

「アルさんは本気。俺も成功したらいいなって思ってる!」


 胸を張って答えるアカツキに、妖精たちが瞬きを繰り返した。そうかと思うと、顔を突き合わせて何か相談する雰囲気になる。あいにくとアルにはその相談内容は聞こえなかった。

 アカツキも不思議そうにしているが、アルはとりあえず妖精たちの結論を待とうと見守った。


『……確かに時の魔力を操ったら存在を過去に戻すことはできるけれど』


 妖精たちを代表して、一人が話し始める。困惑した表情ながら、アルに覚悟を問うように真摯な目を向けてきた。


『――それはとても難しいことよ。本当にそれを成し遂げる力があなたにあるの? 少しでも間違えば、魔法を行使する相手が消滅する危険性もあるのよ?』

「それでも、救う方法がそれしか見つかっていないので」

『そう……他の方法を探してみるのもいいと思うけれど……。実際にそれを使う時にまた声をかけてちょうだい』


 アルはアカツキと共に息を飲んだ。妖精の言葉は、暗に協力要請を受け入れたものだと思われたからだ。


『異次元回廊に行けるかは確かめておくわ。ちょうどいいことに、空間が繋げられているから、試すのはすぐよ』

「ありがとうございます!」


 明言はなかったが、それでも一歩前進したことは間違いない。笑顔で礼を告げたアルを、妖精たちはやれやれと言いたげな雰囲気で見守った。


『……精霊の力を受け継ぐ者からの依頼なんて、そう簡単に断れるものじゃないのよねぇ』

『神の定めた理に触れない限りは、協力しても構わないでしょ』


 妖精たちが内輪でのお喋りに戻るのを聞きながら、アルは苦笑した。クインを助けることが、その理に触れなければいいが。一抹の不安が残ったままだ。

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