第264話 美味いものには節制も必要

 ブランたちに監視してもらいながら長く煮込んでいたのは骨と香草野菜など。それを濾してスープだけを取り出す。ショウユタレと混ぜると、食欲を誘う香りが増した。

 縮れ麺を茹でて、皿に注いだスープに投入。上にはショウユタレで煮込んだ肉の薄切りと、ネギの細切り、ゆで卵をのせる。仕上げにネギを炒めたガーリックオイルを掛けた。


 他にも、ミンチ肉と細切りキャベツを小麦で作った皮に包んで焼いた餃子と、肉と野菜をミソベースのタレで炒めたものを添える。肉も野菜も十分で、栄養バランス的にもいいだろう。


「はい、夕ご飯だよ」

「ふおおおっ、まさかの、町中華的な!? とんこつラーメンに餃子に回鍋肉! チャーハンとは言わないけど、白飯もほしい!」

「コメはお好きにどうぞ」

「アルさん、愛してます!」


 毎度のことながら、アカツキの興奮の度合いが凄い。

 ラーメンは、ドラグーン大公国にある<にゃんにゃん食堂>のシェフに学んだ料理なのだが、これまで手間がかかるので作ったことがなかった。スープ作りが大変なのだ。でも、こんなに喜んでもらえるのは嬉しい限り。


『麺類だな。我にとっては食いにくいが、旨ければ不満はない』


 ワクワクした様子で待っているブランに微笑みながら、アルも席についた。マルクトは興味深そうに食事を見ていたが、さほど食欲がないようなので、少量だけ取り分けて渡してある。


「ではでは、いっただーきまーす!」


 手を合わせてすぐに、アカツキが器用に二本の棒を使ってラーメンを食べ始める。啜りながら食べるので、アルは少し引いてしまった。アカツキ曰く、啜って食べるのが正しい作法らしい。

 アルはフォークで巻き取って食べるが。確かにアカツキの食べ方はよりスープが麺に絡んでいて美味しそうかもしれない。


「うっま! ネギの焦がしニンニクオイルの風味がいいっすね! パンチが効いてます」

「初めて作りましたけど……結構美味しくできましたねぇ」

『旨いぞ! 我はこの肉は薄切りじゃない方がいいがな』

「ブランはそうだろうね。はい、塊のままもあるよ」


 別皿にとっておいた残りの煮豚を取り出し、ブランに渡す。アカツキが物欲しそうな目でそれを追っていた。ブランは絶対に渡すつもりはないだろうが。


『アルは我のことをよく分かってるな!』

「俺も欲しいっす……」


 あまりにも欲しがっているので、後日食べようと思っていた分を取り出してアカツキに渡す。また作ればいいだろう。


「アルさん――神!」

「神じゃないですけど……」

『アル! この餃子、中から肉汁が溢れてくるぞ!』

「肉汁のスープを固めたゼリーを混ぜてるからね」

『肉と野菜の炒め物も、こってりとした味で旨い!』

「それは良かった」

「白飯が進みますねー!」


 ブランとアカツキの食べる勢いが凄い。それだけ口に合ったということだろう。

 マルクトはどうだろうかと見ると、既に取り分けた分を食べきって、デザートにと用意していた果物に手を付けていた。そちらの方がやはり美味しく感じられるのだろうか。


 アルもブランたちに遅れて食べ進めながら少し悩む。研究ばかりしていないで、たまには動くべきだろうか。ブランたちに合わせた食事を続けていたら太りそうだ。


「妖精たちに依頼するためにもダンジョンに行くし、明日はちょっと運動しようかなぁ」

『おお、それが良いぞ! 戦闘の勘を鈍らせないためにもな!』


 即座に頷くブランにアルは苦笑した。ブランは魔物だからか、戦闘を重視したがる。もちろん、アルとしてもある程度は生き抜く術として、戦闘能力の維持は大切なのだが。


「魔力の感知の訓練はどこでもできるからね」

「……物質に意識を集中させること、ですか」


 マルクトから、既に時の魔力の感知訓練については聞いていた。それが、地道に物質内の魔力を感知しようと意識し続けることだとも。


 時の魔力の存在を知り、干渉の理論が分かっていれば、いずれ感知できるようになるはずらしい。その成功例はマルクト自身しか今のところいないらしいが。

 他の精霊は、そもそもマルクトのように独自の魔法陣に時の魔力の干渉理論を組み込むようなことをしないらしく、時の魔力の感知を明確に可能という者はいないという。


 本当に地道な訓練で可能になるのか不安がある。だが、やってみなければ仕方ない。


「ダンジョンにいる妖精の協力が得られるようなら、訓練にも付き合ってもらったら? 彼らの方が俺よりも感知能力が優れているのは間違いない。ここにいる間は、俺の妖精に手を貸してもらってもいいけど」

「それはお願いします。ダンジョンの妖精については、まず依頼を受けてもらえるか確かめるところからですね」


 アルはアカツキに視線を向ける。それに気づいたのか、ピタリと手の動きを止めたアカツキが顔を上げた。


「ダンジョン内の妖精さんたちのことですね~……。う~ん、おしゃべり好きで、俺はあんまり付き合いたくないんすけど……必要なんですもんね。説得が必要なら、もちろん俺も頑張りますよ」

「よろしくお願いします。彼らは明確にはアカツキさんの部下というわけではないでしょうが、一番長く付き合っているのはアカツキさんのはずなので」

「好意の感じで言うと、俺よりアルさんの方が上な気もしますけどね~」


 のほほんと笑うアカツキに苦笑する。それでいいのかと問いたい。妖精はアカツキが管理している空間を監視している存在でもあるはずなのに。


「アル、こういう食べ物も良い訓練になるよ」

「食べ物が、ですか?」


 マルクトが何を言いたいか分からず、首を傾げる。眼前で果物が揺れた。


「これにも時の魔力が含まれている。――でも、こうして食べて消化されることで……消えるわけだ。この変化を感じ取るのも面白いと思うよ」

「……消化までどれほどの時間がかかると思ってるんですか」


 思わず呆れてしまった。マルクトが言いたいことの意味は分かる。だがそれは、現状で全く感知できていない魔力を数時間かけて追えと言っているのと同義だ。精霊がどう思うかは分からないが、人間のアルにとっては、数時間も思考領域を形のない物に向けるのは少し苦痛である。


「大変かな? でも、それくらいの集中力がないと、最初の取っ掛かりを摑むのも難しそうだけど」

「……嫌なこと言いますねぇ。頑張りますけど……」


 時の魔力の感知のために必要となれば、やるしかない。面倒ながら決意を固めたアルに、アカツキとブランから憐れみに満ちた眼差しが向けられる。


「すっげぇ大変そう。俺、応援しかできませんけど……がんばれー」

『……うむうむ。努力あるのみだな。アルなら成し遂げられると信じているぞ』

「それはどうも。これからのご飯の支度、手を抜いていい?」

『それはダメだ! 訓練は適度にやればいいだろう。飯は重要だぞ!』

「俺も手伝いますから、美味しいご飯をお願いしますっ!」


 相変わらず食事に向ける熱量が大きい。呆れた目を向けてため息をつく。この二人の反応は予想していた。

 アカツキに調理を手伝ってもらうのも大変だし、ブランだってさほどその点は器用ではない。結局アルがする方が簡単なのだ。


「……アカツキさんはともかく、僕が今やろうとしている訓練は、クイン、つまりブランのお母さんのためなんだけどね? そのこと、ちゃんと分かってる?」

『わ、分かっているとも! 我ができることならば、なんでも手伝うぞ!』

「言ったね?」


 言質はとった。念を押すアルに、ブランがしまったと言いたげに目を泳がせる。

 アルとしてもブランに何かを無理強いするつもりはないが、我儘を封じるにはいい手だろう。

 食事についてはアルも食べるものだから、不味いものを作るつもりはない。でも、毎回デザートを作れという要求は退けてもいいはずだ。

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