第260話 甘い香り

「おやつ~おやつ~三時のおやつはな~にかな~」

『我はチョコレートを使ったものがいいぞ!』


 部屋に入ってくるなり主張するブランをジト目で見つめる。嬉々として瞳を輝かせているが、それを作らなければならないのはアルなのだが。

 それに、動き回ってきたブランや、食事をしてもしなくても身体の変化がないアカツキと比べ、ほとんど動いていないアルは、あまり食べ過ぎたら身体に良くない。


「チョコレートねぇ……」


 確か作り置きのものはあった。だが、チョコレートを使ったものと言ったということは、そのものではなく工夫がほしいのだろう。

 食べるだけのくせにわがままだ。


「……あぁ、それじゃあ、簡単なのにしよう」


 思いついたのはチョコレートをソースに使うこと。これなら食べる量も調整できるし。


『簡単なもの?』

「アルさんが言う、簡単って……?」


 アカツキが少し疑わしげにしているが、本当に簡単なものだ。

 興味深そうにしているマルクトもつれて、アルは調理場に向かった。



 用意するものはチョコレートとミルク。あとは果物やパン、ビスケットなど。

 チョコレートを細かく刻んでミルクと共に熱する。混ぜるのはアカツキに任せることにした。これくらいならできるだろう。


「やっべ……大役任されちゃった……」


 緊張した面持ちで怖々とかき混ぜている。そんなに心配しなくとも、そうそう失敗することはないのだが。


『アカツキ、失敗したらただじゃおかないぞ!』

「ひえっ……ブランが言うと、マジ怖……!」

「こら、アカツキさんを脅さないで。ブランの分の量、減らすよ?」

『むぅ……脅してない……』


 軽く叱ると、拗ねたブランが調理台の端に顎を乗せふて腐れる。その目はアルの手元を凝視していた。アルは大量のフルーツを切っているのだ。

 あまりに物欲しそうな眼差しなので、可哀想になってフルーツの欠片を口に放り込んでやることにした。


「ほら、これあげるから、大人しくしてて」

『――旨い。妖精がくれたベリーに外れはないな!』 


 ふて腐れていたのも忘れた様子で、ブランの尻尾が振られる。毛が舞うからやめてほしい。


「ふふっ、甘い香りが凄いね」


 マルクトが楽しそうに笑う。食欲があるわけではないが、アルたちの作業を見るのが好きなようだ。


「チョコレートは特に香りが強いですからね。……なんだか、もうお腹いっぱいの気分ですけど」


 苦笑しながら、たくさんの食材を切り終わった。あまりの甘い匂いに、塩味のものも欲しくなって、アルは少し考えてイモフライを作った。熱いうちに塩をまぶすといい感じだ。


「アルさ~ん、これいつまで混ぜれば……?」

「もう良さそうですね」


 しっかりとチョコレートとミルクが混ざっているのを確認して、温めておいた皿に移す。ブランの分は、果物などを盛った上からチョコレートソースを掛けた。


 隣の部屋のテーブルに移動し、おやつの時間の始まり。ブラン以外は、フォークに刺した果物などをチョコレートソースにくぐらせて食べる。


「チョコフォンデュだー! こういうのって単純だけどワクワクしますよね~。自分で選べるっていうのがポイントなのかな」


 言葉通り楽しそうに果物を選ぶアカツキに微笑みながら、ブランに大皿を渡す。

 ブランはフォークを使えないから、これが簡単なのだ。アカツキが言うようなワクワク感は足りないだろうが、ブランは食べられればそういうのはあまり気にしない。


 専用の大皿を用意されたブランは、嬉々とした表情で早速食いつき、至福の表情だ。


『旨いな! チョコレートは濃厚な甘さだが、果物の適度な酸味と瑞々しさが合わさって、いくらでも食えそうだ』

「ブランは、チョコレートだけでもいくらでも食べられるでしょ」

『それは確かに。だが、これが食いやすいのは事実だぞ!』


 口周りを茶色く汚しながら主張するブランに笑う。そう訴えなくとも、喜んでいるのはちゃんと伝わっているが。


「確かにうっまい! あと、このポテトフライにチョコソースかけるのも最高っす!」

「え、それにもチョコレートかけたんですか……」


 完全に口直し用に作ったのだが、アカツキが不思議な食べ方をしている。


「甘いものの次には塩気が欲しくなって、その後はまた甘いものを食べたくなる。魔のスパイラルをひとつに合わせた食べ物が、このチョコレートがけポテトフライなのです! 日本人ならわりとなじみある組み合わせだと思いますよ~」

「そういうものですか?」


 自信満々で語っているので、アルも疑わしさを感じながら試してみた。塩を纏ったポテトフライにチョコレートソース。初めに濃厚な甘味を感じて、塩味がいいアクセントになっている気もする。イモの甘さも感じられるし。


「――でも、僕は別々が好きかなぁ」

「好みの違いはありますね!」


 アカツキは嬉々としてチョコレートがけポテトフライを量産していたが、アルの意見は否定しなかった。


「俺は果物にちょっとチョコレートをかけたのが好ましいよ」

「それ、ほとんどただの果物ですよ?」


 マルクトが食べているのは、申し訳程度に果物の端にチョコレートがついている。ほとんど果物の味しかしないと思う。


「この香りで、既に食べた気になるんだよね」

「あぁ、それはなんとなく分かります」


 固めたチョコレートとは違い、チョコレートソースは部屋に強い香りが漂う。果物好きな精霊なら、この香りと果物だけで満足なのは納得した。


『余りそうなら、我のにもっとかけてもいいぞ!』

「はいはい、分かったよ」

『アカツキ、残してもいいんだからな!』


 無限に食べられそうなブランとは違い、アルたちには限界がある。主張を拒まず受け入れたら、ブランが嬉しそうに尻尾を振った。だが、アカツキが食べるのを妨げようとするのはいただけない。


「のわっ! まだ食べられるから、邪魔しないでー!」

『もう、腹いっぱいだろう?』

「食べられるって言ってるでしょー!」


 果物をチョコソースにつけようとするのを、身体で邪魔するブラン。やり方が卑怯だ。アカツキが情けない顔で文句を言う。


「ブラン、自分のがまだあるでしょ」


 一言咎めたら、素直に身を引く。アカツキで遊んでいただけだったのかもしれない。アカツキと話すこともしなかった初めの頃を思うと、随分と仲良くなったものだ。


「毎回の食事が賑やかだね」

「うるさくてすみません」

「たまにはいいと思うよ」


 軽く肩をすくめて答えるマルクトだが、やはり静かな方が好きなのか、「常だと嫌だ」という感情が言葉に溢れていた。

 マルクトは食事が必須ではないのだし、好きにしてもらって構わない。それこそ、自分の研究もしたいだろうし。アルへの魔法の教授さえ続けてもらえればいい。


 苦笑してそれを伝えようとしたところで、窓の方から光が近づいてきた。妖精だ。フォリオと違い、普段妖精を傍に置いていないマルクトだが、何か用事があるのだろうか。


『マルクト様。外の天気が悪くなってきているようです。こちらの空間の空を調整しますか?』

「おや、雨が降るのは嫌だな」


 マルクトにつられて、アルも窓から空を見る。確かに暗い雨雲が広がってきていた。完全に外の空と同期させると、そんな問題も起こるのか。


『アカツキのところのように、外との同期じゃなくて、時間経過で変化するように変えたらいいんじゃないか?』

「へぇ、君のところはそうなってるんだ? それはそれで不便そうだが……暫くは試してみるか」


 マルクトが動き出す。おやつはもういらないようだ。アルも切り上げて、残りのチョコソースを果物にかけてブランに渡した。


「あ、アルさん、ちゃんとカーテン作ってきましたからね! 朝日でやられる心配はないっすよ。後でつけときますね!」

「ありがとうございます。……特別な機能はつけてませんよね?」

「さすがにカーテンにはつけてないっす。つけた方が良かったですか?」

「いらないです」


 端的に断ると、アカツキが少し落ち込んだ雰囲気になった。必要と言ってもらいたかったのだろうか。

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