第259話 時の魔力

「時に関する魔力については理解できたと思うけど。ここで問題は、それをどうやって扱うか、だろう?」

「ええ。僕としては、一定範囲内の存在に作用して、過去に戻すよう時間を操ることを考えていたのですが……それは少し考え方が違ったみたいですね?」


 アルは元々、クインを中心に結界のようなものを張って、その内側だけ時間を巻き戻す魔法を作ろうと考えていた。だが、時に関する魔力が物質そのものが保有している魔力だとすると、考え方を変えなければならない。


 つまり、現時点では二つの方法が考えられる。

 一つ目は、クインの身体を構成している魔力自体に干渉して【未来に向かう性質】を【過去に向かう性質】に変える方法。二つ目は、【未来に向かう性質】の魔力を減らし、【過去に向かう性質】の魔力を増やす方法。


「空間にある時の魔力に干渉する、というのは可能だよ」

「え? ……あ、そうか。【物質構成魔力】は空気中にも浮遊しているからですか」


 マルクトは空気中の魔力は常に流動していると言っていた。物質が消滅した際に、【物質構成魔力】は空気中に放たれ、次の物質に取り込まれることになるのだ。

 ならば、結界で区切った空間そのものを一つの物質と捉えて、魔法で干渉するというのは可能ということか。


「理解が早いね。優秀なのは良いことだ」


 マルクトが満足げに笑う。アルは少し照れくさくなって頬を掻いた。

 魔法についての知識が精霊界随一と言われるマルクトに褒められるのは嬉しい。それに、新たな知識を得られるのも楽しくて仕方なかった。頭をフル回転させてついていかないといけないから、多少疲労感はあるが。


「――空間魔法の多くは、そうして空間にある時の魔力に作用する理論を組み込んでいるんだ」

「ああ、なるほど。……では、例えば、転移魔法では、時の魔力はどのように使われているんですか?」


 転移魔法と時の魔力の関係性がよく分からない。そもそも、アルが普段使用している転移魔法は、古代の文献に残された魔法陣を用いたもの。それを鑑定眼で調べ、少し改変したことで使えるようになった。

 だが、その理論を真の意味で理解できているかといえば、そうではない。転移魔法の肝となる部分は、文献に残されていた魔法陣をそのまま転用しているのだ。


「うーん……アルは転移魔法をどういうものだと思っている?」

「どういうもの……離れたところにある点を、一瞬で結びつけて移動する、という感じですかね」


 例えばA点が目的地で、そこから離れたB点に自分がいるとする。転移魔法はB点からA点を探知し、A点とB点の間の距離を飛ばして、結びつけるのが転移魔法だ。この場合、B点にいる自分は、A点に辿り着いたことで、B点から分離される。


「そう。では、アルが精霊の森に来た時の魔法について考えてみて」

「精霊の森に来た時は、トラルースさんによる魔法の効果で、暗い道を通って――」


 延々と歩いた道のりを思い出しながら考える。あれも魔法陣を見た時に空間魔法の一種だろうと判断していたが、アルが使っている転移魔法とは全く異なる。目的地までの近道となる空間の創成をしている感じだ。それ故、目的地に着くまで、転移魔法よりも時間がかかるものであった。


「……ん? 時間がかかる……?」


 ふとその言葉が頭に引っ掛かった。

 今、アルたちは時の魔力について話しているのだ。この言葉を無視してはいけないだろう。


 トラルースが魔法で作った空間には、時の流れがあった。それは、フォリオが精霊の森に先に到着して待っていたことからも明らかだ。

 では、アルの転移魔法はどうか。

 アル自身が転移魔法での移動を一瞬と表現したように、体感としてほとんど時の流れは感じない。


「――転移魔法は距離と時間を跳躍している……?」

「ふふ、自力でそこに辿り着くか。凄いね」


 マルクトの微笑んだ顔を凝視する。アルがこれまで考えてきたことが大きく変わった気がした。


「ちょっと待ってくださいね」


 アルは紙を取り出して、普段自分が使う転移魔法の魔法陣を書き出していった。そして鑑定眼を駆使しながら分析に移る。

 マルクトが紅茶を飲みながら、楽しそうにアルの作業を眺めていた。


「――ここが空間に作用する論理が使われた部分……つまり、距離の短縮。そして、この理解できていなかった部分が、もしかして時に関する魔力を操る効果があるということ? 距離だけでなく時間も短縮されているから、一瞬で移動したと感じる……?」


 鑑定眼で見ても、相変わらず理解できない部分。そこに時に関する魔力を操作する術が隠されていたのだ。


「その通りだ。アルが使っている転移の魔法陣は凄く最適化されて使いやすそうだね。ただ、目的地を厳密に把握する必要があるのか」


 マルクトが紙に描かれた魔法陣を見て、感心したように頷く。その言葉でアルは世界間転移の方法を考える上での問題点を思い出した。


「精霊は僕のように目的地を厳密に把握しなくても転移魔法を使えるらしいですが、それはどういうことなのですか?」

「うーん……正直、精霊にとっては魔力があるところは自分の庭のようなものだからね。目的地への大体の距離と方向を把握するのは難しいことじゃない。それで把握した情報を設定して転移しているんだよ」

「……それは、結構誤差が出そうですね」

「そうだね。でも、大した問題はないだろう?」


 あっけらかんと断言するマルクトにアルは苦笑する。


「じゃあ、魔族の方が元の世界に戻る際には使えませんね……」

「異世界の把握ができないとねぇ……さすがに俺も、魔族が来た世界がどこにあるかは分からないな」


 少し落胆する。アカツキたちの帰還に関する情報が得られると思ったのだが。

 ひとまずクインの存在を戻すことを考えて、時に関する魔力を扱う方法を考えることにした。


「クインを元に戻すなら、やっぱり身体を構成している魔力を操る方がいいんですよね? それはどうしたらいいんでしょう……」

「【物質構成魔力】を操るなら、直接その魔力に触れる形で魔力を操ることが必要だろうね」

「直接触れる形……」


 つまり、魔法陣を本人に刻むか、ペンダントのように接触させるのが必要ということか。過去に時を進める場合、魔法陣自体が消滅しないよう考えなければならない。


「過去に進めたいならば、【未来に向かう性質】の魔力を抜くというのが手っ取り早い方法だね。その場合、空気中から【物質構成魔力】が補給されるから、その分も計算に入れて時の調整をしないといけないけれど」

「物質構成魔力は、性質の割合はともかく、量は一定ということですか?」

「そうだね。基本的に、存在に必要な最低限が維持されるようになっているよ」

「なるほど……それなら、魔力を抜いて過去に戻れた頃に少しずつ調整して、元の割合に戻していけばいいのか」


 頭の中で基本的な構想を形にしていく。細かい部分の理論はやはりマルクトに聞いて教えてもらわなければならないだろうが、この方向性で問題ないはずだ。


「――では、詳しい理論を」


 顔を上げて更なる説明を頼もうとしたアルを遮るように、賑やかな声が聞こえてきた。

 窓を見ると、ブランとアカツキが楽しそうに話しながら帰ってきていた。


 時計は現在午後三時近い。晩ご飯には明らかに早く、二人の目的は明らかだった。


「……昼に、アプルパイ出したよね? もしかして、三時のおやつも食べる気?」


 呆れて呟いたところで現実は変わらない。


「おやおや……食欲旺盛な仲間がいると大変だね?」


 マルクトが面白がるように呟く。

 アルもマルクトのように他者から隔離されて研究に集中できる空間がほしいな、と少し思った。寂しくなる気もするが。

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