第258話 時に関する魔力

 家具の設置の後は、再びダンジョンに行くというアカツキとブランを見送った。アルとマルクトは本格的に魔法についての勉強の開始だ。


「アルは空間魔法について知りたいんだったね」

「はい。より正確に言うのでしたら、空間魔法に使われる魔力についてですね。ある魔族が残した文献では、精霊が使用する空間魔法には、時に関する魔力が使われていると書かれていました」

「時に関する魔力……よくそれを知れたものだ」


 マルクトが静かに驚く。

 アルが言った文献とは、ヒロフミが書いたものだ。かつて精霊との繋がりを得て、空間魔法を見せてもらった際に、分析用の【まじない】を使ったらしい。それによって、空間魔法に時に関する魔力が使われていることが分かったようだ。

 精霊は基本的に外部の者に知識を教授しないため、ヒロフミがそれ以上のことを知ることはできなかった。


 アルは空間魔法を使えても、現状で時に関する魔力は認識できない。もし自在に時を操れるようになれば、異次元回廊に残してきたブランの母クインの存在を、正常な聖魔狐の姿に戻すことができる可能性がある。

 また、アカツキたち魔族が元の世界に帰還する転移魔法を考える上でも、役に立つかもしれないのだ。というか、これに関しては、マルクトにも意見を求めたい。空間魔法に関するプロフェッショナルなのは精霊なのだから。


「――うぅん……アルがアカツキを連れているということは、ただ単に学術的に空間魔法を理解したいのではなく、かつて魔族たちが精霊に望んだ、世界間転移の方法も探しているということでいいのかな?」

「そうです。あと、時を操れるなら、助けたい方もいるので」

「助けたい方?」


 過去に魔族と精霊に繋がりがあったことは知っているので、魔族が精霊に世界間転移の方法を求めたことは驚くことではない。マルクトが察することも初めから分かっていた。

 ここで、アルは異次元回廊の試練の番人として、ブランの母親クインが存在を囚われていることについて説明する。


「――あぁ、そう……異次元回廊にねぇ……。あの入り口は精霊で管理しているけど、中の様子は詳しく知らなかったな。そんなことになっていたのか」

「クインが試練の番人を任されていることについて、何かご存じのことはありますか?」


 首を傾げるマルクトに尋ねる。神の意思によるものなのだから、何か情報を持っていないかと少し期待していた。


「その方面での知識は全くないけど、神が魔族に異次元回廊の管理を全面的に任せるのを危ぶんでいたのは分かるよ。クインを存在が改変されるほど神の理で雁字搦めにしているのはそのためだろう」

「魔族の管理が不安なら、そもそも管理を任せなければ良さそうですが」


 神の思考回路が分からない。眉を顰めるアルに、マルクトが微笑みかけた。


「神がその管理に飽きて、魔族が管理人として便利だったのかもね。……元々異次元回廊は試練の場と言われる通り、人間が己を鍛えた末に、神に挑戦する場として創られた。試練を乗り越えると、神に対面でき、何らかの形で勝利すると、神に望みを叶えてもらえるという触れ込みさ」

「触れ込み?」

「俺自身がそれが本当かを知っているわけではないからね。挑戦するに相応しい者を選ぶのは精霊の務めではあるけど」

「なるほど……」


 説明を聞きながら、テーブルに置いたカップに手を伸ばす。脳が糖分を求めている気がして、砂糖を溶かした紅茶で一息いれた。


「過去に聖魔狐が神に会いに行ったという記録は確かにある。魔族については神自身が招いた存在だから、こちらでは把握してないけど」

「いつから魔族の保護の場所になっていたんでしょうね?」

「さあ? 魔族が表立って行動しなくなった時期を考えると、相当昔のことだと思うけど」


 マルクトはあまり興味がなさそうだ。新たな情報も得られそうにないので、アルは話を戻すことにした。


「それで、時に関する魔力なのですが――」

「うん。それに関しては……そうだな、一から説明を始めよう。魔族が残した文献が、全て正しいとは言えないだろうしね」


 魔族には教授されなかった知識が、マルクトによってあっさりと開示されようとしていた。精霊の血を継ぐアルが相手だからこそといえる。


「魔力には、午前中に話した通り【物質構成魔力】と【物質非構成魔力】がある。【物質非構成魔力】とは魔法に使われる魔力で、アルも知っているだろうけど、火や水、風、土などの属性がある」

「ええ。それは分かります。魔力の属性別の感知も問題なくできますし」


 頷くアルに、マルクトが満足そうに微笑む。魔力の属性別の感知さえできない人間は多い。アルは魔法が得意な精霊の魔力核を引き継いでいるからか、それで苦労したことはないが。


「一方で、【物質構成魔力】には存在そのものに関する魔力と時に関する魔力が存在している」

「え? そちらの魔力の性質なんですか?」


 思わず目を見張った。空間魔法に使われていると考えていたから、てっきり魔法に使う魔力の一属性なのだと思っていた。


「そうだよ。そもそも、時という概念は万物に存在する。それが万物に宿る魔力の性質によるものだと考えるなら、さして不思議ではないだろう?」

「……理解しがたいのですが、なんとなく分かりました」


 正直に答えたアルに、マルクトが苦笑する。軽く肩をすくめて、「なんとなく分かっていればそれでいいよ」と慰めるように言った。

 時を操れるようになりたいのだから、より正確に理解できるよう努めたいところだが、まずは情報を最後まで得ることを重視する。


「時に関する魔力は、【未来に向かう性質】のものと【過去に向かう性質】のものがある。その魔力のバランスにより、物質は時を刻んでいるわけだ」

「魔族の身体はこの世界の人間より、【過去に向かう性質】の魔力が多く、【未来に向かう性質】の魔力と拮抗しているから、肉体に変化が生じないのだと、聞いていましたが……」

「そうだね。それで正解だ」


 ヒロフミが文献で書いていたことを告げると、マルクトは何か気に入らないことがある様子で眉を顰めた。


「何か問題があるんですか?」

「――それは本来、この世界のモノとしてあってはならないことなんだよ。そもそも、この世界に生まれたモノ全ては、未来に向かっていくように決まっていた。速度の違いはあるけどね。魔族は唯一の例外であり、神も想定していなかった世界の異物だ」

「異物……」


 アルは少し苦々しく呟く。アカツキやサクラを知る者として、その言葉は受け入れがたかった。だが、精霊であるマルクトが、魔力という点から魔族を表現したに過ぎないことは分かる。


「ああ、申し訳ないね。魔族を貶める意味合いで言ったのではないよ。――ただ、魔族をそのあり方にさせたイービルが気に入らないだけで」

「魔族のその性質は、イービルが決めたものなのですか?」


 思いがけず知った新情報に目を丸くする。だが、イービルが魔族をこの世界に呼び、扱っていたのだから、それも不思議ではないのか。そうすると、イービルも時に関する魔力を扱えることになる。


「こちらの世界に召喚した際に、時に関する魔力の配分を操ったんだろう。元々、異世界の住人の魔族たちは、魔力を持っていなかったらしいから、この世界で存在を形作るには、魔力を注入しないとダメなんだよね。つまり、魔族の存在そのものが、イービルが【物質構成魔力】を扱える証明になっているわけだけど」

「【物質構成魔力】を扱うというのは、特別なことなんですか? 今の僕では、どうすればいいかも分かりませんが、空間魔法を使う際に、自然と使用されていますよね?」

「空間魔法の多くには、元々【物質構成魔力】に干渉する論理が組み込まれているから自然と使えるけど、意識して扱うのは難しいことなんだ」

「そういうものですか……」


 完全に理解できたとは言えないが、アルは頷いて話の続きを促した。

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