第257話 アカツキの創造能力
「じゃじゃじゃーん!」
アカツキが雑な効果音と共に取り出したのは、天蓋付きのベッドだった。ただし、宙に浮いている。
「……これは、どういう原理で――?」
『ベッドが浮いている必要がどこにあるんだ……』
目を丸くして驚きながらもアルは解析を始める。魔道具のように、ベッドの天板に魔法陣が刻まれているらしい。常時浮遊させるのには莫大な魔力が必要そうだが、空気中から魔力を吸収するため、魔石は必要ないようだ。
一方で、ブランは原理なんかよりも、その意義が気になるらしい。呆れたように目を細め、尻尾で床を打っていた。アルも、アカツキが何を考えてこんなベッドを作ったか気になる。
「いやぁ、ただのベッドを創るって、なんかつまらない気がしまして。精霊さん式に、浮かせてみました!」
「……ああ、確かに、フォリオさんに案内された家の家具は浮いていましたけど……真似する必要はないような……」
あっけらかんと言うアカツキに、苦笑してしまう。駄目なわけではないが、常時浮いているというのはちょっと落ち着かない。
「あー……お掃除が楽っていう利点はあるんですよ?」
「確かに、床掃除にはいいですね」
言われてみればその通り、とアルは頷いた。途端に、表情を明るくして、アカツキがマットレス、シーツ類、掛け物などを取り出していく。どれも触り心地を重視したという。
『お、この毛布はいいぞ! ふわっふわだ!』
寝具に少しこだわりがあるブランも納得の質。アルもこれには素直に礼を言った。
「後はー、ソファにー、テーブルにー、ライトにー……――」
次々と取り出される家具。そのどれもが宙に浮かぶ仕様になっていて、ここまで徹底されるとアルも笑って受け入れるしかない。
興味津々で観察しながら感心した雰囲気のマルクトには、くれぐれもこれが人間一般の様式ではないのだと理解しておいてもらいたい。
「そして、これが、俺の自信作! 清掃すらいむ君一号!」
『ぷきゅ』
「ぷきゅ? って、魔物じゃないですか!」
アルは思わず驚愕の声を上げた。ブランは冷静に凝視して、アカツキの肩に飛び乗ったかと思うと、手でそれをつついている。
突如取り出されたのは、見慣れたフォルムの魔物に見えた。水色の半透明なプルプルした球体。スライムに似ているが、どこか違う気もする。
「――いや、魔力反応が薄い……?」
「これは魔物じゃないね。魔物の核がない。人造生命体というか……魔道具の一種と考えた方がよさそうだ」
「魔道具……」
マルクトの解説で、改めてそれが魔物らしくないのだと理解した。名前の通り、スライムを模した魔道具ということか。
「その通りでーす! この子を床に置くと――」
アカツキが清掃すらいむ君一号を床に下ろすと、それはゆっくりと動き始めた。うにうにと這うような動きで、床の埃などのゴミを吸収しているらしい。まだ創りたての家だからさほど汚れていなくて分かりにくいが、掃除の手間が減って便利そうではあった。
「このように、全自動でお掃除してくれるのです! 最高でしょ?」
褒めて、と言いたげに目を輝かせるアカツキに肩をすくめる。確かに凄いが、何故スライムの形を採用したのか。
そもそも、アカツキのダンジョン能力で、このような魔道具が創り出せるとは初めて知った。少なくとも、アカツキに出会ったときにはこのような物を創れる感じではなかった。
例外でいえば、アカツキの魔法の杖だろうか。あれはアルの目から見ても特殊なもので、魔道具と言っていいかも分からない謎創造物たが。
「ベッドもそうですけど、魔道具なんていつ創れるようになったんですか?」
「んー、いつって明確なことは分からないんですけど……。桜のとことダンジョン空間を繋いだからか、それとも俺の記憶がちょっと戻ってきたからか、アルさんとの付き合いが長くなったからか……?」
「アカツキさんも分からないんですね」
首を傾げる様子を見て、アルは悟った。アカツキに詳しいことを聞いたところで何の役にも立たないと。
だが、どうやって魔道具を創るのかは気になる。マルクトの創造魔法とは違うのかについても。
「マルクトさんは魔道具を創造魔法で創れますか?」
「魔道具を、か? 俺はわざわざ魔道具を創ることがないからねぇ……」
マルクトが精霊らしいことを言う。精霊は、魔法を使って繊細な作業したり、継続して使用し続けたりすることも容易いことなので、人間のようにわざわざ魔道具に代行させるということをしないのだろう。
「――だけど、創ろうと思えば創れるはずだよ。ようは、魔法陣を組み込んだ形で物を創ればいいということだろう?」
「なるほど。魔法陣の知識と扱う技術があって、可能になるということですね」
それは納得の話だった。だが、これでよりアカツキの創った物の不思議さが際立つ。アカツキは魔法陣の知識を持っていないはずなのだから。
「アカツキさんのこれは、魔法陣を指定するんですか?」
「うーん、アルさんみたいに理解して組み込む感じじゃなくて……いくつかのサンプルがあって、必要な機能を選択して選ぶ感じですかね?」
ムムッと唸ったアカツキが、再び何かを取り出す。それは分厚い冊子のようだ。カラフルな絵が載せられていて、チラシを束ねた物のようにも見える。
「これが魔道具創造カタログっす。この清掃すらいむ君一号は、この魔物フォルムに、こっちのページの魔法陣を組み合わせて、自動調整機能を適応させてあるんですよ。ベッドとかの家具は、こっちの家具フォルムに、この魔法陣を組み合わせてますね!」
「なるほど……」
「へぇ。ダンジョンとやらに召喚できる魔物や物品と、設定できる魔法陣の一覧か」
アルだけでなく、マルクトも興味津々でカタログを眺める。載せられているフォルムも魔法陣も多岐に及び、様々な応用が効くことが分かった。
これが一般に流布されたら大混乱必至である。魔道具を作る才能とは、誰もが持っているものではないのだから。このカタログを読み込むことで、簡単に魔道具を作れるようになってしまいそうだ。
「あぁ、でも、あまり楽しい感じじゃないですね」
「そうだね」
「楽しい感じじゃない??」
アカツキが目を丸くする。アルの感覚が理解できなかったのだろう。ブランが呆れたようにため息をついた。ブランはアルが言いたいことが分かったようだ。
よく理解してくれている相棒に微笑みながら、アルはカタログをアカツキに返す。
「だって、ここに載っている魔法陣、多様な機能が設定可能とはいえ、遊びがないんですよ。機械的というか……研究する価値がない?」
「そうだね。基本的な魔法理論ばかり用いて、改変が不可のものばかりだ。これを元により良い魔法陣を考えるくらいなら、最初から自分で考えた方がやりやすい」
「そうなんですね……全然理解できませんけど……」
『魔法バカどもめ……』
アカツキもブランも「やれやれ」と言いたげに肩をすくめる。アルはマルクトと顔を見合わせて首を傾げた。アルとしては当然のことを言ったつもりだったが、アカツキとブランの理解は得られなさそうだ。
「でも、この清掃すらいむ君一号みたいに、単純な動作をさせるだけの魔道具なら、これで十分なんでしょうね」
「そうだね。単純な動作だから、むしろ生物感があって可愛げがある気もする」
「それはフォルムがスライムだからでは?」
「丸みって見た目においては結構重要だよね」
マルクトと一緒に、床を一生懸命掃除している清掃すらいむ君一号を眺める。見れば見るほど愛着が湧いてきそう。大して汚れてない床なのが可哀想で、わざとゴミを落とすなんて、本末転倒なことをしたくなる。
「お、結構気に入りましたね? じゃあ、こいつらも置いていいですよね!」
満面の笑みを浮かべたアカツキが、アイテムバッグから大量の清掃すらいむ君を取り出した。ぎょっとするアルたちに構わず、廊下にも出していく。この屋敷全ての清掃をこれに任せるつもりらしい。
「いや、多すぎでは!?」
そこら中で清掃すらいむ君が蠢いている様はさすがに気持ち悪くて、慌ててアカツキの暴挙を止めた。何故こんなにも創ろうと思ったのか、アカツキの感性は謎である。
ちなみに、清掃すらいむ君は千二十三号まであるらしい。数が多いのにも驚くが、キリがよくない理由も分からない。そこは千号で区切っても良かっただろう。
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