第256話 賑やかな昼食

『アルー、帰ったぞー!』

「ただいまで~す! 良いものできましたよ~」


 昼食の準備が終わったところで、ブランとアカツキが帰ってきた。なんとも賑やかなものである。

 マルクトと魔法談義をしていたアルは、その騒がしさに苦笑した。


「何の魔物を狩ったの?」

『鳥だぞ! 夕飯は鳥肉の料理がいい』

「鳥かぁ。何を作ろうかな」


 後で肉質を確認しなくては。

 ほんのり微笑みながら、昼食をテーブルに並べる。本日の昼食は、魔牛のブラウンシチューとチーズドレッシングを掛けた温野菜、ガーリックトースト。食後のデザートはアプルパイ。既にシナモンと他のスパイスの香りが漂っていて、口内にじゅわりと唾液が溢れる。


『――ジュルッ……旨そうな匂いだな!』

「ヨダレ垂らさなかったのは偉いね……」


 明らかにブランの口元が濡れていたが、アルは見なかったことにした。テーブルに落ちていないからよしとする。


「アルさん、家具の設置は食後でいいですよね?」

「はい、ありがとうございます。ご飯を温かい内に食べましょう」


 既に待ちきれない様子でスプーンを手にしているアカツキに微笑む。どんな家具を作ってくれたのか楽しみだ。

 マルクトも含めて席についたところで、アカツキが手を合わせる。この仕草にも慣れたものだ。食事への感謝を込めているらしい。


「いただきますっ!」

『旨いっ……!』


 アカツキに先んじてシチューの肉を口に入れ、ブランが目を細めて至福の表情だ。口周りがべっとりと茶色く汚れているが、後で舐めとるのだろう。喜んでもらえたならそれでいい。


 アルもシチューの肉にスプーンを入れる。圧力をかけて煮込んだ肉は短時間の調理でも柔らかくなっている。スプーンでホロリと崩れた欠片をシチューと絡めて一口。

 濃いブラウンソースは、魔牛を骨ごと煮込んで作ったスープがベースになっていて、肉の旨味がこれでもかと感じられる。果物や野菜の甘さも溶け込んでいて、いい塩梅だ。

 肉は口の中で柔らかにほどけるが、適度な噛みごたえも感じられる。溢れ出す肉の旨味は、ソースとよく調和していた。


「うん、いい出来」

「うっまーい! 俺、シチューといえばホワイトシチューだったんですけど、こういうのも美味いもんなんだって、アルさんと出会ってから知りました。お洒落感ありますよねぇ」

「お洒落? だいぶ茶色ですけど……」


 褒めてもらえるのは嬉しいが、お洒落という感覚は理解できない。ブラウンシチューは庶民料理のひとつだ。貴族の家でも生クリームなどで彩りをつけて食されることもあるが。


「田舎者の俺なんか、子どもの頃にホワイトシチュー以外のシチューなんてなかったんですよ。ルーの定番はやっぱりホワイトシチューですからねぇ」

「ルーって何ですか?」

「え……あぁ、このソースを固めて、長期保存できるようにしたもの、ですかね。お湯に溶かすだけでシチューになるんですよ」


 アカツキが首を傾げ言葉を探しながら説明する。アルが作っている、コンソメスープの素のようなものだろう。

 シチュー自体を固めて保存しておくのは、確かに便利そうだ。アルはアイテムバッグがあるから、そこまで保存食としての形式は重視していなかった。だが、商売を考えるならいいのだろう。その予定はないが。


「ほう……このドレッシング、美味しいね」

「あ、それは妖精たちにもらったチーズとミルクを使ってるんですよ。喜んでもらえて良かったです」


 目を細めるマルクトに説明する。やはりマルクトは肉より野菜派のようだ。適度にブラウンシチューにも手をつけているようだが、多めに盛ったサラダは完食間近だ。


「ガーリックトーストでシチューをすくっても美味しいですよ」


 別皿に乗せているトーストをシチューにつけてぱくりと食べる。ガーリックの風味が良いアクセントになり、カリッと焼いた食感もいい。シチューの濃い味が上手く中和される感じだ。

 マルクトも同じようにして食べて、何度か頷く。


「……あぁ、確かに美味しいね。アルは食を楽しむのが上手だな」

「日々の喜びのひとつですからね。料理を作ること自体も、魔法陣を作るときと同じような工夫や調整が必要で、面白いですし。それに、どうせ食べるなら美味しい方がいいですよね」

「そうだね。何事も楽しんでやることが上達の近道というところかな」


 会話と共に食事を楽しんでいたら、ブランがソワソワと身体を揺らしていた。大量についだブラウンシチューもなくなり、ちゃんと温野菜も完食している。キラキラとした視線が向くのは、テーブルの中央に置いて保温してあるアプルパイだ。


 他の皆もほとんど食事を終えているのを確認して、アルは促される前にアプルパイにナイフを入れた。

 サックリと切れた断面から、トロリとしたアプルの蜜煮とカスタードクリームが溢れる。シナモン香るパイを一切れずつ、アルとアカツキ、マルクト用に取り皿に乗せる。残りは全部ブラン用だ。


「はい、どうぞ。シナモンスパイスは妖精に教えてもらったものだよ」

『おおー! ……旨いな! スパイスの強い香りに負けないくらい、カスタードは卵とミルクの風味が生きているし、アプルは甘酸っぱさを残しつつ、蜜を纏ってこれだけでも十分なスイーツだ! パイ生地はサックリ、バターの風味もあって旨い!』

「か、語るね……」


 ブランの勢いに気圧されて、少し顔が引き攣る。ハーブティーを淹れる手がちょっと止まった。

 アカツキが楽しそうに笑う。


「ブランって、時々グルメリポーターみたいになりますよね。その熱量凄いっす。アルさんの作ったものが美味しいからでしょうけど。……うん、美味し。これはやはりアイス添えも――」


 期待に満ちた眼差しに、用意していたものを取り出す。焼きアプルの時に相性の良さは確認しているのだ。アカツキがそうねだってくることは予想できていた。


「さっすが、アルさん! 気が利く~!」

「どうも。うん、美味しいですね」


 差し出したアイスに飛びつくアカツキ。アルも真似してアイスを添えて食べる。やはりこの組み合わせは最高だ。


「いやはや……工夫を凝らしてあって、美味しいね」


 マルクトも楽しく味わってくれているようなので嬉しい。

 ハーブティーで口直しをしながら最後まで味わい、賑やかな昼食が終わった。




 食後の休憩もとったら、アカツキが早速とばかりに動き出す。アイテムバッグを掲げる仕草で、何を言いたいかは分かっていた。


「――ではでは、俺の成果発表のお時間で~す!」

「テンション高いですね」


 苦笑しながら、アカツキに続いて立ち上がる。マルクトも興味津々な表情でついてきた。人間の文化に関心が出たと言っていたから、人間の生活用の家具というのも気になるのだろう。実際に使うブランがさほど興味無さそうな様子であるのとは対照的だ。 


 二階の生活スペースの部屋に移動する。マルクトが言っていた通り、がらんとした部屋だが、大きめにとられた窓があり、居心地がよさそうだ。


「あっ! カーテン忘れた! 後で作って来ますね」

「あぁ……お願いします」


 ありがちなミスだ。アルも以前自分の家を作った時にカーテンをつけ忘れた記憶がある。


「カーテンか……窓の掛け布のことだね。夜は空を暗くするのに必要なの?」

「朝起きた時、光が差していると眩しいでしょう?」

「明るくなる前に起きたら? 空の明るさの調整はできるよ?」

「……それは、ありですけど、やっぱりカーテンがある方が落ち着きますね」

「ふーん、人間って不思議なこだわりがあるね」


 あまり納得されなかったようだが、アルも詳しくこの感覚を説明できないのだから仕方ない。


「積み重ねられてきた習慣ってもんですよ! では、アルさんに家具のプレゼンの開始です! めちゃくちゃ考えてきたんですよ!」

「プレゼン……?」


 ニコリと笑ったアカツキの言葉はよく分からなかったが、楽しそうなので気にしないことにした。

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