第248話 束の間の帰還
王のところから滞在している家まで帰ってきて、少し体から力が抜けた。アルたちに合わせて調整してくれたようだが、やはりあの気配には威圧感を覚えていたので。話の内容の重さにも肩が凝ってしまった。
「んー……今日は何を食べようか」
『肉だ、肉! 塊肉を食いたいぞ!』
「生で?」
『なんでだ。焼け』
面倒くささを暗に示したが、パシリと尻尾で打たれただけだった。塊肉なら、中にあまり火が入ってなくても食べられる種類のものにすればいいか。ブランが望む大きさだと、火を通しきるのが大変なのだ。
「肉か……。私は食べられそうにないな」
残念そうに呟くフォリオの背後から、妖精たちが荷物を担いで飛び込んでくる。
『ミルクと蜂蜜と卵のおすそわけよ』
『他にほしいものはあるかしら。この森、あいにく肉はとれないのだけど』
「いえ、お気遣いありがとうございます。果物や野菜もいただいてますし、十分です」
滞在中の食材として渡された野菜などは多い。果物はともかく野菜は、ブランがあまり食べないので余りがちだ。
「あ……ミソが少ないんだった」
アイテムバッグを探って取り出した容器の中身。たくさん入っていたはずのそれは、既に底が見え始めていた。ミソを使う機会が多かったから。
「おお? もしかして俺の出番です?」
「出番って、何をするつもりですか……?」
久々に杖を構えているアカツキを見て、嫌な予感がしてきた。杖を振ろうとするのを慌てて掴み、やめさせる。
「【領域支は】っ――」
「する前にまず説明!」
絶対危ないことを言おうとしていた。領域支配とは、アルの家に置いてあるのと似たものではないだろうか。あれは一定の範囲をダンジョンの支配下におくというものだったはず。さすがに精霊の森にそんなものを展開していいわけがない。
「え? だって、俺のダンジョンに行けばミソなんてすぐに作れますよ? せっかく王様に帰っても問題ないってお墨付きをもらったんですし」
「帰る方法が問題なんですよ。僕の家みたいなこと、この森でしたらダメなことくらい分かりますよね?」
「……あ……ごめんなさい……」
きょとんとしていたアカツキが、アルの背後に何を見たのか、両手を挙げて謝った。チラリと後ろを見ると、口元だけに笑みを浮かべたフォリオの周囲を、妖精たちが攻撃直前の様子で飛び回っている。アカツキが怖じ気づいて当然だ。
『愚か者め』
「今回ばかりはその謗りを受け入れます……」
ブランの冷たい視線にとどめを刺され、アカツキが肩を落として項垂れた。杖を懐にしまったところでフォリオたちの警戒感も弛んだようだから、正解の対応だった。
「でも、一度帰れた方が便利なのは確かですよね……。僕がダンジョンまで転移で送りましょうか? あ、ここの出入りってどうなってるんでしょう? また、あの暗い道を通らないといけないんですか?」
アカツキに提案してから、ふと確認し忘れていたことに気づき、フォリオに尋ねる。精霊の森に入り直す際に、神の審判を受けるのが絶対ならば少し面倒くさい。アルだけならばすぐに通り抜けられるらしいが、アカツキが問題なのだ。
眉を寄せたアルに、フォリオが肩をすくめた。
「ここを離れるのが長時間にならなければ転移での移動で問題ないだろう。そうだな……アカツキでは最長で三日か。それ以上となると、清めの水で洗ってもらわなくてはならないな」
「三日……それなら今のところ十分ですね。アカツキさん、行きますか?」
「行きます! 結構長期で空けちゃったんで、気になってたんですよね。異次元回廊の方と繋げた影響とか」
勢いよく頷くアカツキに納得し、ブランを見下ろす。
「ついでに肉も狩ってこようかと思うけど、ブランはどうする?」
『行く。ここは暇だからな。我が旨い肉を狩ってやろう!』
「……まあ、アルさんの魔力があればいくらでも生み出せるんでいいんですけどね」
魔物を狩り尽くしそうなほどの勢いのブランに気圧されたのか、引き攣った顔のアカツキが身をひいた。
「じゃあ、ちょっと行ってきます。夕方には戻ってきますので」
「気をつけて行ってくるといい。私は本体に戻っておくが、ここで声をかけてくれたら気づくからな」
「あ、そうなんですね。分かりました」
転移の印をしっかり設置して、フォリオと別れ、アカツキとブランと共にダンジョンに転移した。
視界には久々のダンジョン。アカツキの部屋から外を見ると、妖精たちが花畑の上をのんびり飛んでいるのが分かる。最近近くにありすぎて、幻想的とも感じられなくなってきた。
「たっだいまー我が家! 牢獄って聞くと、嫌な感じだけど、やっぱ落ち着くー!」
アカツキが完全に緊張を弛めた様子で寝転がった。帰ってきた目的を忘れていそうなくらいの寛ぎようだ。
苦笑しつつも、アカツキの気持ちを理解できたので、肩をすくめて今は咎めないでおいた。
「ブラン、ミソの実採ってくるよ」
『ふむ。あの辺りだとどんな魔物を狩れたんだったか……』
「あ、じゃあ肉用の魔物追加しときますね! 何が追加されたかはお楽しみに!」
「それは、ありがたいですけど……」
アカツキは一緒に行く気はないらしい。早速とばかりに操作を始めるのを見てブランと顔を見合わせた。肉用の魔物というのが、なんだか魔物のあり方として哀愁を誘うが、事実とかけ離れているわけではない。ブランと違ってアルの目的はミソの実採集なので、その邪魔にならなければいいが。
「──行ってきますね」
作業に熱中しているので聞こえているのか分からなかったが、問題はないだろう。
◇◇◇
『ふっふふ~ん、ふ~ん』
「ご機嫌だね、ブラン……」
尻尾をふりふり。踊るような足取りで隣を歩くブランを見ながら苦笑した。アルが手にしている袋には大量のミソの実があるが、アイテムバッグの中にはこれでもかと肉が増えていた。全てブランが狩ったものだ。
アカツキが追加した肉用の魔物とは大きな牛のような姿だった。少し切って肉質を確かめたところ、赤毛の方は赤身肉で黒毛は脂ののった肉のようだ。
ブランは中型に変化してまで、これまでの不満を発散するように暴れ回っていた。ぐうたらなところばかり見るが、戦いから離れる時間が増えると、たまには魔物としての本能のままに狩りをしたくなるらしい。牛型の魔物の他にも、鳥型やその他色々の魔物を思う存分狩れて、満足そうなのは良かった。
「う~ん、ミソの実はこれくらいでいいし……あ、海から塩もとっておこう。ダシ用のコンブとカツオブシも」
ミソの実の袋を仕舞いつつ、せっかく来たのだからと、他の食材の採取も続ける。コメはまだあるしいいか。
アルも採集に満足してアカツキの部屋に帰ってきたところで話し声に気づく。
『あらあら、アルじゃないの。久しぶりね』
『うふふ、至宝の方に会ったのだとアカツキに聞いたわよ』
「妖精さんたちわざわざ会いに来たんですよぉ」
窓辺に集う光にアカツキがげっそりしている。そういえば、アカツキは妖精たちの姦しさが苦手だと言っていた。
そこでふと、精霊の森の妖精との違いに気づく。
「……皆さんは、アカツキさんに嫌な気持ちは感じないんですね?」
『嫌な気持ち? ああ、理から外れているからってことかしら』
『私たち、長い間アカツキの傍にいるのよ? 慣れたわよ』
『アカツキが悪いわけではないと分かっているものね』
「なるほど……」
この様子を見るに、精霊の森の妖精もアカツキと接していれば態度は和らぐということだろう。そのことに気づいたのか、アカツキがホッとした様子で頬を弛めた。アルが思っていた以上に避けられるのを気にしていたらしい。ここの妖精のように姦しくなっても嫌なのだろうが。
「採集も確認も終わりましたし、僕はそろそろ戻りますけど、アカツキさんはどうします? 後日迎えに来てもいいですけど」
「いえ、行きます! 異常がないのは分かりましたし、うっかり三日が過ぎちゃったら嫌ですし」
言葉通り顔を顰めたアカツキに笑いながら、妖精に別れを告げ、来た時同様転移魔法を使った。
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