第247話 生きた森の効果

「母がマギ国から外に嫁ぐことに決めて、それを王様が援助したというのは分かりましたが、何故グリンデル国だったのですか? しかも、王族に嫁ぐのが筋なのに、わざわざ公爵家を選んで」


 眉を顰めながら尋ねる。

 母は公爵家でそれなりに大事にされていた。隣国の王女なのだから当然だが。それは身の周りの世話のことだったり、お金の掛け方だったり。でも、そこに愛はなかったと思う。

 公爵は元婚約者との繋がりを隠していなかったし、アルと年の近い異母兄弟の存在を考えれば、母の存命中からその関係は公然の秘密ということだったのだろう。

 未来を知っていたのなら、何故そんな家に嫁ぐことに決めたのか。


「……ふむ。一つは公爵領が隣接しているのが、生きた森と言われる場所だったこと」

「ブランが生まれ育った森ですね。ですが、それが理由……?」


 思わずブランと顔を見合わせた。森の管理者とも言えるブランも、その理由に心当たりがないようだ。


「もしかして、ブランと会いやすくするためですか?」


 先読みの乙女はアルがブランと出会うことも予知していたようなので、それもあり得るかと首を傾げたが、王は緩く笑んで否定する。


「結果的にそうなると分かっていたのは娘の安心材料ではあっただろう。だが、違う。生きた森は【森】を司るドラゴンが管理していた場所だが、それは神が創り出した原初の森だからなのだ」

「原初の森……」


 反芻するアルの理解を待つように一呼吸おいて、王が説明を続ける。


「神は海を創り、大地を創った。その後命を生み出し育むために、生きた森を創った。あの森は、全ての生き物の始まりの地であり、神の慈悲の象徴でもあったのだ。昼は全ての命に恵みを与える。だが、夜は全てを拒む。命持つ者を甘やかさず、自ら生きる力を持てるよう、神の愛ある厳しさだ」

「そんなに昔から、生きた森は変わらずにあり続けていたんですね……」


 幼い頃から慣れ親しんだ森の話に、思わず前のめりになって聞き入る。ブランも自分の管理する森の話に心なしかソワソワした雰囲気だった。


「ああ。生きた森は普通の森とは違い、森自体が意思を持っている。現在の管理者たる暴食の獣もよく分かっていよう?」

『……ああ、そうだな。管理の手間が掛からないのは助かる』

「こうして外に出られるくらいだからな。【森】の性質を持つ者が、管理者としての位置にいることが重要なのだ。暴食の獣はどこに行こうと、生きた森と存在が繋がっている」


 肩をすくめる王は、ブランが森の外に出ていることを役割の放棄とは見なしていないらしい。存在が繋がっているという意味がよく分からないが、頷くブランは本能で理解しているのだろう。


「話が少し逸れたが――そのようにあり続けてきた生きた森は、その周囲にも影響を与える。つまり、公爵領があるところは、遥か昔から命に干渉しやすい性質を持っているのだ。神から許可はあれど、人間の魔力核に精霊の魔力核を合わせるには器の調整が必要だ。生きた森の傍ならば、それは容易くなる」

「……僕の魔力の器を作るために公爵家を選んだということですか」


 なんとも言いがたい気持ちで唸る。そんなアルに苦笑しながら王が肩をすくめた。


「理由の二つ目も似たようなものだな。娘は公爵が未来で為す全てを知り、愛しき子がそこから立ち去り易い場所だと理解していた。命の危険があるほど虐げられはせず、かつ愛を育むほどの温かさはない。家族に愛を持てば未練を残す。愛しき子が自由を求めた時に障害にならないのがその家だった。娘の立場で唯一の選択肢であったとも言えるな。それより下の爵位では、私たちが勧めようとさすがにマギ国も納得しまい」

「ああ、それはそうでしょうね」


 先読みの乙女はアルが将来自ら国を捨てることを分かっていたのだから、その辺の障害はない方がいいと判断したのだろう。それにしても、出奔後に追っ手がかけられる可能性も分かっていたなら、微妙な選択肢だと思う。結局は領地が隣接しているのが生きた森というのが重視されたのだろう。


「グリンデル国の王族にまで悪魔族が手を伸ばすと分かっていたからでもあるな。それはどうやっても防ぎようのない未来で、愛しき子がその魔の手に掛からぬようギリギリのところを考えたのだろう」

「あ、その問題もありましたね。……なるほど、王族に嫁いでいたなら、今の僕が生きてここにいる可能性は限りなく低かったのか……。ついでに、兵器燃料として使われて、世界の滅亡がより早まっていた、と」

『難しい話だな。卵が先か鶏が先か。未来によりアルの母は行動し、その行動により未来は変動する。行動する度に変わる未来を、よくどうにかしようなんて思えたな』


 ブランの感心したような呆れたような言葉に、アルも同意した。先読みの乙女が望む未来に辿り着くために、どれ程試行を繰り返したのかと思うと気が遠くなる。

 少し魔道具作りの試行にも似ていると思った。規模は段違いだが。


「ああ。だが、娘はそれを苦にしていなかったようだ。類いまれなる精神力よな」


 王様さえも苦笑しながら感心したように呟く。遥か長き時を生きる者でも、先読みの乙女のようなやり方は選べないと言いたげだった。

 話を休むようにお茶を口にした王が、首を傾げる。


「聞きたいことは大体聞けただろうか」

「え、ああ、そうですね……」


 アルも首を傾げながら考える。もちろん謎はたくさんあるが、自分で答えを見つけなければならないことも多いだろう。特に神に関することは理が厳しく王であっても答えられないことが多そうだ。

 他に聞くことというと――


「――あ、そういえば、アカツキさんのダンジョン、えぇと、精霊の方々に分かりやすく言うと、神による永遠の牢獄のことなんですが」

「ああ、脱獄しているようだがな」


 揶揄するような王の言葉に、アカツキがびゃっと首を縮めた。


「だ、脱獄……。そんなつもりないんですよぉ。そもそもどうして捕まっていたのかもよく知りませんけどぉ」

「そうだろうな。だが、気にすることはない。根源たるそなたが出ていくことは、娘はもとより神も知っていた。故にこそ、今に至るまで咎めておらんだろう?」

「……神も知っていた? というか、根源というのがアカツキさんの呼び名ですか?」


 王の言葉に引っ掛かりを覚えて問い掛ける。アカツキも拍子抜けしたように口をポカンと開けた。


「さよう。意味は問うてくれるな。根源は根源なのだ。神が根源を牢獄に閉じこめたのは、世界が壊されかねなかったから。世界に放たれても咎めないのは、今の根源が世界を破壊しないから。そなた、多少の記憶は思い出していようと、神に関する記憶はあるまい」

「え、そうですね。というか、もしかして俺、神と面識あるんです?」

「あるとも。根源を封じたのは神だからな」

「あ、そっか……全然思い出せないんですけど! なんか気になる感じはずっとあるんですけどねぇ」

「そうか。まだ時が満ちておらんからな。深く考える必要はあるまい」

「うっわ……また、謎ムーブしてくるじゃん。余計気になるんですけど……」


 緊張がゆるんできたのか、なかなか失礼な物言いをするようになったアカツキに苦笑する。王が気にしていないようだからいいが、妖精たちは少し不満そうだ。


「それで、聞きたいことなんですが」


 さらに失礼を重ねて妖精たちの不満を募らせないよう、二人の会話に割り込んだ。ぴたりと固まったアカツキは、ようやく妖精たちの目に気づいたようだ。


「なんだろうか」

「アカツキさんがいたその牢獄という場所に妖精がいたんです。フォリオさんは知らないと言っていましたが、王様はご存知ですよね。彼らは何故あそこにいるのですか?」


 妖精は王の目や耳、手足のようなものと言っていたのだ。知らないわけがあるまい。


「ああ、あの者たちか……。ふむ、監視兼牢獄の維持管理といったところか。こうして根源が外に出ようと、大して管理しなかろうと、あの空間を健全に保つためにいるのだ。監視も念のため程度のものだから、帰りたいならば好きに帰るといい。あの者たちが根源の出入りを咎めることはない」

「そうなんですね」

「よかったぁ」


 思わずアカツキと顔を見合わせて頬を緩めた。アルたちが警戒しすぎていたようだ。

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