第246話 精霊の殖やし方
「兵器とは……それほどのものなのですか?」
眉を顰めて尋ねる。アルだけでなくブランも険しい雰囲気で、尻尾を不愉快そうに揺らしていた。
アカツキは同郷の者が為そうとしていることに、血の気が引いた様子だ。
「そうだな──」
王が目を伏せる。
「あれは発動そのものにも大きな魔力を使う。何度も繰り返されていれば、世界の魔力濃度が下がり、崩壊していくだろう。ただ救いは、今のところ発動のための魔力が貯まらず、一度しか使われておらぬことだな」
「そうですか……」
悪魔族が世界と共に自殺行為を行おうとしていることはなんとなく分かっていた。だが、こうして精霊の王の口から語られると、その事実が更に重いものに感じられる。
『そんな状況でも、精霊は悪魔族を討たんのか? それとも、討てんのか?』
ブランが王を見据えて目を細める。それはアルも疑問に思っていた。王は悪魔族の所業をよく理解しているようなのに、悪魔族を討つ意志はないように感じられる。
じっと見つめると、王が苦笑して肩をすくめた。
「……あれらも操られ、哀れな存在だろう。手を掛けるのは、世界を見守る精霊の王たる者として、そう簡単に許せることではない。邪なる者に手を出すのは、私たちであっても些か厳しいものである。少なくとも悪魔族がいるうちは、封じることもできまい」
「なんだか、難しいんですね……」
『ふん、結局、本体のように地面に根を張って、動くことが億劫なだけではないか』
「ブラン、そういうこと言わないの」
失礼な言い方を咎めると、プイッと顔を背けられた。アル自身も少なからず似たような思いを抱いたが、ブランほど精霊を馬鹿にするような言い方はできない。
王はブランの物言いを咎めることなく、苦く笑っただけだった。理解できるものではないと、初めから諦めていたのかもしれない。
「……この問題は、まだ事の行く末を見守る段階だ。それより娘自身の話に戻ろうか」
「はい、お願いします」
軌道がずれた話を戻し、王が微笑んだ。
「娘からその話を聞いた後、私は娘が言う通りの未来が訪れる可能性が高いと理解して、娘が望む通りに手を貸した」
「具体的にどのようなことを?」
「そうだな……精霊の力を継ぐ者を世界に産み落とすのを許すことと、娘がマギ国の外に出られるようにすることだ。マギ国は真っ先に悪魔族の手に落ちると分かっていたからな。後はフォリオを外に出して、娘が望んだ未来が迎えられるよう状況を整えたことくらいか」
答えのそれぞれについて尋ねたいことが多すぎて、返す言葉を迷う。どれもアルの出生とこれまでに深く関わることだろう。
「……まず精霊の力を継ぐ者というのは僕のことですよね。それは人間のあり方とは違うんですか?」
「そうだな。私たちが魔法を使えるのは、その身に魔力核があるからだ。魔物の核と違い、通常は目に見えるものではないが。アルの魔力核には精霊の魔力核が融合している。私の魔力核から分離して、娘に渡したものだ。人間の血を引いて生まれる際に、本来の人間としての魔力核と混ざりあっているから、私の魔力とは性質が少し異なるものになっているが」
説明しながら、王が胸の辺りに手を当てた。少しの間の後、その手の向こうから眩いほどの光が放たれる。それは拳大の玉のようで、王はそれを片手で持つと、何かを捻り取るように指先を動かした。指先に小さな光の玉ができる。
「これが精霊の魔力核を分離したものだ。精霊同士の場合は、二人分の魔力核を合わせて、この森に埋める。すると新たな精霊が生じるのだ。アルの場合は、本来の人間としての魔力核に、私の魔力核が融合している」
「な、なるほど……」
思った以上に、精霊は人間のあり方とかけ離れていたようだ。人間や動物より、本体の通りに植物に近いように感じる。
だが、これで、アルが血筋としてマギ国王女とグリンデル国公爵の間で生まれ、精霊の性質を受け継いでいる存在なのだと真に理解できた。
『不思議な生態だな。……それ、我が食ったらどうなる?』
「えっ、食べる気!? 食い意地張りすぎて、危ない感じになってない?」
『食い意地で言っているのではないわっ!』
とんでもないことを言い出したブランを見下ろし、思わず驚愕の声が漏れた。心外そうに怒られたが、ではどういうつもりで言ったのか。
『──我はドラゴンの核を食って、その力を受け継いだ。精霊の核を食えば、精霊の魔力を得られるのかと思っただけだ』
「……ああ、そう言えば、そうだったね」
アルと同じように、他種族の魔力核を得た存在がここにもいたのだった。食いしん坊過ぎてドラゴンを丸ごと食べてしまったという話が強くて、普段は忘れてしまうけれど、ブランはドラゴンの力を継いだ魔物なのだ。
「ふむ。試してみるか?」
王が分離した魔力核をブランに差し出す。そんなに菓子を与えるような気軽さでしていいことなのだろうか。フォリオが愕然とした様子で手を伸ばして固まり、妖精たちが恐慌を起こしたように飛び回っているのだが。
ブランが訝しげにしながらも手を伸ばす。それを止めるべきか悩んでいたら、王が人の悪い笑みを浮かべた。これまでで一番、人間のような茶目っ気のある表情だ。
悪い予感を覚えて、ブランの体を抱え込んで距離をとらせる。
「──だが、十中八九、その身が破裂すると思うがな」
『っ……分かっているなら食わせようとするなっ! 性悪が!』
「はっはっはっ、食いしん坊も度が過ぎれば身を滅ぼすと学ぶいい機会であろう。あまり愛しき子を困らせるでないぞ」
『飯とそれを一緒にするな!』
きゃんきゃん吠えて暴れるブランを押さえながら苦笑した。王は忠告のために提案したらしいが、心臓に悪い振る舞いだ。それに、これでブランの食い意地が改善されるとも思えない。
とはいえ、アルを思っての行動のようなので、咎めることはしないでおいた。本気で食べさせるつもりはなかったようなので。
「ドラゴンの核を食うた奴がよく言うものだ。それとて、奇跡的な確率で生き残ったと言えるのにな」
「え、それもなんか危ないことだったんですか?」
「そうだ。本来、他の力を受け入れることは危険な行いだ。それゆえ理で禁じられておる。暴食の獣はその危険を乗り越えてしまったからこそ、神が世界に縛られるよう枷を掛けたのだ。枷がなくば、いずれその身が破裂して消えていたかも知れぬな」
「は……?」
『なに……?』
あまりに意外な言葉に、アルもブランも言葉を失った。神はただブランに罰を与えるつもりで魔物の範疇から存在を外し、永遠の命を負わせたわけではなく、ブランの命のことを考えた行動だったらしい。
「まあ、食われたことで空いた世界の管理者としての席を埋めるためという理由が大きいが。魔力と同様に、ドラゴンの存在もまた、容易く減らされていいものではないのだ。新たに創り出すのは難しいようだしな」
『結局、神の都合ではないか! もしかしていい奴だったのか、なんて思った我が愚かだったっ!』
ブランが咆哮のように怒りをぶつけるのを、王は「暴食の獣は元気だな」なんて言いながら、孫を見守るような眼差しで眺めている。なんだか格が違う。
分離していた魔力核を自身のものに戻して、丸めるように握ってから胸に戻す王の仕草は慣れたものだ。精霊にとっては気軽にできることらしい。粘土で遊ぶようなやり方には、なんとも言えない微妙な気分になるが。
「……僕に精霊の魔力核が混ざるのは問題ないんですか」
とりあえず気になっていたことを尋ねると、軽く頷かれた。
「神に許された行いだからな。受け入れられるよう魔力核の器が作られているはずだ」
「ああ、そうなんですね……」
その神に許された、というのも気になるのだが。話す度に聞きたいことが増えていくというのは、少し疲れるものである。
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