第243話 思いがけない真実
話が一段落したのを察したように、どこかから光を纏った妖精たちが舞い集う。それぞれが荷物を抱えていて、床の上が即席のお茶会の雰囲気となった。テーブルも椅子も使わないのが、精霊の王の様式らしい。
「さあ、座るがいい」
「はあ、ありがとうございます……」
クッションを運んできてくれた妖精がにこりと笑むのに心を和ませながら、剣を外して腰を下ろした。そこで、ふと剣の中に宿ったままの存在を思い出す。
「――ルース、出てこないのかな……?」
「ルースとな。――役目ご苦労。そこに未だ潜むとは、なんぞ不手際でもあったのか?」
アルの言葉を聞き咎めた王が、剣を見下ろして問うのに答えるように、ふわりと光がまろび出た。一直線に王に向かい、ヒシッと抱きつく。
『ああ! お久しゅうございます……! 至宝の方……!』
「ふむ……だいぶ存在がブレてしまっているようだな」
『……至宝の方がそうおっしゃるならばそうなのでありましょうな』
王に話し掛けられたことで、雰囲気が切り替わるルースに目を見張る。現れた時と今とでは、存在自体が僅かに異なっているように見える。
「長く離れ過ぎたか。私の源にて眠るがいい」
『……そうさせていただきます』
宙に溶けるように消えたルースの気配を追おうとするも、王の魔力に溶け込んだようですぐに分からなくなった。
「愛しき子。心配はない。妖精には大別すると二つのあり方――人間での男女の差のようなものがある。ルースは元々精霊銀に宿る女性的なあり方だったが、それが剣になることにより、男性的なあり方が付与されたのだ。そのため少し存在に異常が出ただけ。既に剣から存在を離した。眠れば回復する」
「……そのために、ここについてからも姿を見せなかったのですか?」
「妖精にとって、存在がブレることは恥を意味するらしいからな」
初めて聞いた妖精の常識。フォリオや周囲の妖精たちは当然と言いたげな表情だったので、ルースの事情は理解していたらしい。それをアルに説明してくれなかったのは何故か。
視線で尋ねるアルから、フォリオが視線を逸らした。
『……おおかた、また説明し忘れたんだろうよ』
「本当に、フォリオさんって……」
ブランの言葉にギクリと体を揺らすフォリオを見て、ため息が漏れた。
その間、王は我関せずと言いたげに、妖精たちが用意したお茶やお菓子に興味津々だった。一つ一つ手にとっては、これは何かと問い掛け、関心が引かれた物を口に運ぶ。
「――ほう、これは美味なり。いつの間にやら、精霊たちの舌は肥えていたらしい」
『わたくしどもも、皆さま方に少しでも心安らかに過ごしていただこうと、工夫を凝らしているのです。至宝の方も、もう少しこちらに出向いてくだされば、みなが喜びます』
「そうか、考えておこう」
「そう言って、父上は数年は出てこないのだろうな……」
王と妖精の会話に割り込むように、不満げなフォリオが呟く。
「ふむ……まあ、声が掛かれば気づくだろう。愛しき子の帰還に合わせてこのように出てきたではないか」
「……少々時差はあったようだが」
どうやら王は普段この社にさえ現れることは少ないらしい。フォリオの発言を信じるなら、少なくとも数年は姿を現さないのだろう。アルの帰還に気づいて自ら出てきたのか、それとも引っ張り出されたのかは分からないが、こうして会えたのは幸運だったのだと思う。
「――王様と母は、どのように出会ったのでしょう?」
浮かんだ疑問を呟いた。もてなしのために忙しく飛び回っていた妖精たちがピタリと動きをとめ、アルを見つめた。
『あらあら、まあまあ……』
『姫のお話ね。懐かしいわ』
『まこと愛らしき方でした』
『悲しき方でもありました』
囁くような声音に愛情と懐古が滲んだ。ここにいる妖精たちも皆、母を知っているらしい。
「あまり外に出られないなら、人間である母と出会う機会はほとんどないでしょう。しかもこの場所でしか会えないというなら」
疑問に思った理由を添えると、王がゆったりと頷いた。
「愛しき子の考えはその通り。私があの娘と直接会ったのは……四度か?」
『あら、二度でございましょう』
『ご挨拶に来られた時と、魔力の源を授けられた時』
「そうだったか……?」
あまりに少なすぎる邂逅の数に、思わずポカンと口を開けてしまう。隣に座っていたアカツキも、呆然とした様子で手に持っていた果物の蜜漬けを膝に落としていた。
『……精霊とはそのような薄い関係で魔力を継いでいくのか?』
魔物であるブランも理解できない様子で、ジロジロと王とフォリオを眺める。
王が不思議そうに首を傾げ、アルたちを見つめた。
「私にとって、直接会うというのはさほど意味を持たない。あの娘は人間という形代であったがため、それに合わせる形で会うことになったのだ」
「……人間という形代?」
よく分からない発言が出てきた。眉を顰めるアルに気づいた王が、説明の言葉を探すように腕を組んで考え込む。
「──私は世界を見渡す精霊の王であり、ここにいる妖精たちは私の目であり手であり足である。故に妖精たちが知り感じることは、全て私が把握することでもある。……私があの娘を知ったのは、妖精がマギの城を漂っていた時だった」
出会いから全てを語ることにしたのか、ゆったりと話し出した言葉に聞き入る。既に人間の常識からかけ離れた出会いの話だったので、どう受け入れたらいいか分からないが。
「その時私の目になっていたのは……お前か」
『はい、至宝の方。わたくしは、マギの国に異質な存在があるとの報告を受けて調べに向かったのです』
視線を向けられた妖精が、ふわりと礼をして話し出した。
「そう。人間の枠にはおさまらぬ幼子だった。それにもかかわらず、人間の姿をしているのだから、その命が儚いのは自明の理であった」
「っ、……それは、どういう意味なのですか?」
確かに母は短命であったが、それは幼子と呼ばれる時から決まっていたことだったのか。人間の枠にはおさまらないというのが、その理由なのだろうがいまいち理解できず困惑する。アルにとって母は、穏やかなだけの人間だった。
「――あの娘は夢見るように未来を見ていた。空想ではなく……先の時間で起こる出来事を」
不意に語られた言葉に瞠目する。これまでに何度となく聞いてきた人の特徴そのままだった。
「ま、さか……先読みの乙女……?」
『……は? アルの母親が!?』
「っ、ひぇえっ、どういうことっ? でも、先読みの乙女って、遥か昔に魔族とも接触があるんじゃ……? アルさんのお母さんってことは……昔に遡っても四十年前に生まれてるかどうかってところでしょ……? あり得な、くはないのか……?」
混乱したまま、アカツキの言葉を聞いて思い出す。魔族であるヒロフミもまた、先読みの乙女と出会って話をしていたはずだ。それはいつのことだったのか。その時期についてサクラが語っていたかすらあまり覚えていない。そもそも外と隔離された異次元回廊のことを考えれば、時間という概念はあまり意味を持たないが。
それにしても――。
「ああ、その名は聞いていたか。……さよう。あの娘は先読みの乙女である。それゆえに世界の行く末を憂い、短き生を未来へと
思考が停止するとはまさにこのことだ。
愛おしげでありながら、悲しき者を見るような眼差しで宙を見つめる王。その姿を見つめながら、アルは思いがけない真実に戸惑うしかなかった。
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