第238話 精霊の語る神
妖精たちのお喋りが一段落したところで、フォリオが話し出す。
「魔の森の魔物は魔力の循環のために生まれた存在だ」
「ああ……世界の魔力の循環装置説は正しいんですね。魔の森自体がその役割を担っているのだと、魔族たちは考えているようでしたが」
「魔族? ……ああ、おそらく、精霊の誰かがその者らにそう教えたのかもな。昔は多少交流があったらしいから」
片眉を上げたフォリオが、興味深そうに呟いてお茶を飲む。
フォリオ自身は、精霊と魔族の交流があった時代を実際には知らないようだが、精霊の中で最年少と呼ばれる年代ならばそれも当然か。
「魔力は人間の営みに使われたところで消滅しない。消費されたように見えるのは、人間が変質した魔力を感じとれないからだ」
「変質した魔力……」
「その魔力は世界を苛むものだ。それゆえに、神は世界を守るために魔力の清浄化の仕組みを創った。それが管理されし魔の森であり、そこで生じる魔物は倒されることで魔力の浄化が完了する」
「よく分からない仕組みですね……。魔物が倒されると、どうして魔力が浄化されるんです?」
「あー……私は分からん。従兄殿に聞くといい」
目を逸らしたフォリオに目を眇め、ため息をついた。初めから分かっていたが、頼りない。
文句を口に出すのをやめた代わりに、膝の上で寛ぐブランをわしゃわしゃと撫でた。途端に抗議するように手を甘噛みされたが、ただのじゃれあいである。
「――では、魔の森以外の魔物はなんなのですか? 神が創った仕組みには組み込まれていないんですよね?」
「んー……それらは私たちと同じようなものだ」
「同じ?」
思わずフォリオとブランを見比べた。ブランが心外そうに顔を顰めてブンブンと首を振る。
『我をこんな間抜けと一緒にするな!』
「間抜けとは私のことか……?」
首を傾げるフォリオに話の続きを頼む。ブランには余計な口を挟まないよう、骨付き肉を与えておいた。特製スパイスソースに漬け込んでじっくり焼いた肉は、ブランの好みど真ん中だろう。
肉に夢中になる単純な性格の相棒を撫でながら、フォリオの話に集中した。
「神が原初に創った管理者という意味で同じだと言ったのだ。そうだな……創世の話をした方が分かりやすいか」
思案げに呟いたフォリオが指を振った。途端に、どこかから光の煌めきが生まれ宙を漂う。多数の光は、一つひとつが複雑な模様をしていた。
「これは……?」
『精霊にとっての記録書、書物のようなものね。精霊は本という形態の物を保持しないから、受け継ぐ知識をこの形式で記録してあるの』
『確認したいと思ったら、精霊ならばいつだって呼び出せるのよ』
「なるほど……」
小さな光の集合体に目を走らせても、それが意味するところは読み取れない。アルが知る文字ではないのだ。フォリオたちはアルと同じ言葉を喋っているのに、使う文字は全く異なるらしい。
だが、その所々に見覚えがあることに気づいた。
「これは……異次元回廊の入り口で……」
「よく覚えていたな。白き門のありし空間に刻まれし文字の一部は精霊の使うものだ。精霊の文字を覚えたら、一度あの場に戻ってみるのも面白かろうよ。あの空間は、精霊の文字を知っているものだけに与える知識が隠されている。神の余興に過ぎないが」
「へぇ、その空間のことは、フォリオさんも知っていたのですね」
「ぐっ……まあ、その、そうだな……だが、それを教えることは、許されていなかったのだ」
気になったことを聞いただけなのに、フォリオは大層申し訳なさそうに眉を下げた。異次元回廊について多くを語ることを禁じられていたのは気づいていたので、アルは苦笑してフォリオの反応を受け流す。
「精霊の文字を覚えたら、ということは、教えていただけるんですね?」
自分の目が嬉々と輝いているのには気づいていた。静かに話を見守っていたアカツキが、微笑ましげに目を細めて果物を口に放り込む。骨をバリボリと砕いていたブランは呆れた目をしていたが。
「ああ、従兄殿のところに赴く前に覚えた方が効率がよかろうよ。なにせ、従兄殿は大層忙しい方だから……精霊の記録への許可を与えて放置されかねない」
「トラルースさんにこれをいただいていても?」
思わぬ返事に、トラルースに渡されたブレスレットを見せるも、フォリオは複雑な表情で肩をすくめる。
「正直、私はそれがどれ程の効果を示すのか知らないのだ。……私は、従兄殿に無視されてばかりだから」
『こういうのを身から出た錆というのよね』
『まあ、マルクトが社交的な性格ではないのは確かだけれど』
悲しそうにするフォリオに追い打ちをかけるように囁く妖精たちも、フォリオの予想は否定しなかった。これまでのことでなんとなく想像していたが相当偏屈な人物らしい。
「……文字を教えるのは後にして、まずは創世の記録を教えよう」
気を取り直したように呟くフォリオが、光の粒一つひとつを指しながら歌う。
「神は魔力から世界を創った。一つの大地を囲む大きな海。他の世界と同じように、神はまず獣と人の形を持つものを創り出した。爆発的に増えいく命たち。それは神の制御を超えて、大地を、海を汚していく。横暴なる命の管理のために、ドラゴンを創り、魔物の生きる森を創った。魔力の管理のために精霊を創った。しかし、世界には汚れた魔力が満ち始めていた。それゆえ魔の森を創った。汚れた魔力で森は範囲を拡大し、そこで生じた魔物は命の天敵として絶大な効果を示した。つまり、神が直接創ったのは、原初の獣と人間。そして、ドラゴンと精霊と生きた森で生まれる魔物。魔の森の魔物は、魔力によって生じたものに過ぎない」
最後の光を指した途端、光が消えていく。フォリオがアルを見つめて首を傾げた。
「これが創世の記録だ」
「……なんというか……神が行き当たりばったりなことはよく分かりましたけど、実感は湧きませんね」
『なぜ初めに制御の効かぬものを生み出したのだ……馬鹿なのか……』
あまりにも壮大な話を概要だけ語られたところで、そうなのかという感想しか抱けない。同じように耳を澄ませていたブランは、呆れたように呟くくらいには、世界の有り様をしっかりと把握しているようだが。
「命というものは、本来神の手の中で存在し続けるものではないというのが神の持論だったからな。後から生まれた私たちが、神の理に強く縛られているのは、獣や人間の失敗があったからだろう」
肩をすくめて答えるフォリオに苦笑する。人間は神にとっての失敗作と言われてしまったのには、なんとなく苦い思いも抱くが、人間が世界の有り様なんて気に止めない身勝手な生き物であることはアルも理解していた。
「……では、魔族は神にとってどういう存在なのですか?」
創世記に存在しない魔族。それが神を僭称するイービルに招かれた存在だとは知っているが、神が魔族をどのような存在として捉えているか分からない。
イービル自体も、いつ、どこから生まれたのか分からないが……フォリオに尋ねて答えを得られるものだろうか。
問い掛けたアルを、フォリオは片眉を上げて見つめた。そして、息を飲んで答えを待つアカツキに視線を移す。
「魔族は、神にとって――」
フォリオの目が細められる。射竦められたように、アカツキの体が震えるのが視界の端に映った。
「――人間よりも、獣よりも……耐え難い、世界の異物に他ならない」
神の裁断を告げるように、固い響きが部屋に響いた。
「……だが、それと同時に」
ふっと声に温もりが宿る。
「どこまでも心を揺さぶる存在なのだろうなぁ……。神にとっては、それさえも忌々しきものなのかもしれないが……」
愛おしい者を想うように、フォリオが神を語るのを、アルは不思議な心地で聞くしかなかった。
――――
あけましておめでとうございます!
本年も何卒よろしくお願いいたします……!
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