第234話 鍵になるのは

 暗い道を歩く。自分達以外の気配は一切なく、単調な道程だ。


「ブラン、少しは緊張感を持ってよ」

『ふあ……この空間のどこに緊張感を持てと言うのだ』


 肩で寝そべるブランが欠伸まじりに言う。アルも内心で同意した。

 トラルースから資格がどうのと言われて気になっていたが、驚くほどに危険を感じるものがないのだ。唯一思うのは、いつになったら着くのだろうという疑問。

 長期間ここに居ることになるのであれば、食料の問題が出てくる。だが、アルのアイテムバッグ内の物資を考えれば今のところ気にすることではない。それに、アルの命にかかわる状態になるならば、トラルースが入る前に忠告していただろう。


「いや、こんな中を延々と歩いていたら、普通に精神がやられますからね!?」

『うるさいな。そろそろアルの腕から離れたらどうだ』


 アルの腕に抱きつくアカツキを、ブランが不機嫌そうに睨む。アルを気遣っての言葉ではなく、アカツキの距離が近いことで、声がいつも以上に大きく感じることへの不快感を示しているのだ。

 アカツキに抱きつかれて腕が疲れてきたし、そろそろ突き放してもいいだろうかと考えるアルも大概だが、ブランはいつも通りアカツキに冷たい。


「嫌ですよ! 離したら最後、俺だけあの森に戻されちゃうかも知れないんですよ!?」

「……その可能性はありますね」


 なるほどと頷いて、アルはアカツキの態度を許容することにした。

 精霊の血を持ち、ある程度精霊の森に許容される要素があるアルとは違い、アカツキは最低限の条件すらクリアしていない。

 過去では魔族と精霊はある程度関わりがあったらしいが、神の罰を受けているとされているアカツキに、それが適用されるとは思えなかった。


『延々と歩き続けなければならないのは、アカツキのせいじゃないか? アルが森に受け入れられても、くっついている存在が離れなければ、入れないのかもしれないぞ』


 ブランの言うことに一理あると思う。現に、資格の判定をされないフォリオは、この場所に足を踏み入れた途端姿を消していた。アル達に先んじて精霊の森に帰還しているはずだ。

 資格を得られないアカツキがくっついていることで、アルが精霊の森に入れない可能性は十分にあった。


「それを言ったらブランだって、精霊の森に受け入れられるとは限らないんですからね!」

『グッ……我はアルの相棒だ。それに、ドラゴンから【森】の性質を受け継いでいる。我が拒否されるわけなかろう!』


 アカツキの言い分にも一理ある。ブランもまた、精霊の領域においては部外者であり、精霊の森に受け入れられるとは限らない存在だ。


 喧々囂々と言い合う二人を聞き流しながら、変わらない景色に変化を求めて魔法を発動させた。

 闇を彩るように様々な光が生まれては消えていく。音がない分、儚さの増した花火擬きだ。


『……何をやってるんだ』


 ピタリと喧嘩をやめたかと思うと、ブランが呆れたように呟いた。だが、その声音に愉快さが滲み、アルの余興を楽しんでいるのが伝わってくる。


「暇すぎて遊んでみた。これを魔道具で再現できたら、結構いい商売になりそうだと思わない?」

『金儲けする気もないくせに。……まあ、金持ち連中には喜ばれそうだな』

「綺麗ですねー! アルさん、こういう魔法も使えたんですか。戦う技術か生活に密着した魔法ばっかりかと思ってました」

「馬鹿にしてます?」


 歓声を上げながらも、少し気に障る言い方をされた。正直な感想だと分かるからこそ、気に食わない。

 アルは実用性ばかりを求めて魔法を研究しているわけではないというのに。むしろ、どこにも所属していない立場だからこそ、利益を求めない研究をしていると思う。……花火の魔法で商売を初めに言ってしまったことで、あまり説得力がない気もするが。


「してませんよ!?」

『アルを馬鹿にするとは偉くなったものだな、アカツキが』

「してないってば!」


 再び言い合いを始めた二人から花火に視線を移す。

 一瞬の気を引けたが、この程度の魔法では二人の喧嘩を止めるには至らなかったようだ。

 耳元で言い合いをされるとうるさいんだよなぁと思いながら、用済みとなった魔法を消そうとしたところで、小さな変化を感じた。 


「はぁ……そろそろ、この道も終わらないか、な……?」


 花火に何かが照らされたのだ。一瞬で闇にのまれた姿を確認するために、今度はライトの魔法を放って照らす。


 それは中央を削って器のようになった石だった。中には枯れた花びらが詰められている。

 明らかに怪しい。何もなかった空間に、突然こんな人工物が現れるなんて、何かの仕掛けにしか思えない。


「……これ、なんだろう?」

『意味ありげだが……意図が全く分からんな』

「うぅん……たぶん、これ水が満ちているはずのものですよ」

「水? どうしてそんなことが分かるんですか?」


 アカツキの突然の言葉に目を見張っていると、掴まれたままだった腕が引かれた。逆らわずついて行くと、石の傍に木で作られた大きなスプーンのようなものがあった。


「柄杓ですね。神社とかで、水で手や口を清めるために置いてあるんです。あ、神社っていうのは、この世界での神殿のようなものですね」

「……へぇ。確かに神殿だと聖水で身を清めることもありますね。神からの許可を得る場所と考えたら相応しい、のかな……?」

『ふん、まだるっこしいことをするものだ。精霊の森以外は穢れているとでも言うつもりか?』


 石の周囲を興味津々で見て回るアルとは違い、ブランは不機嫌そうだ。ブランは生まれた森も、これまで過ごしてきた場所もそれなりに気に入っているのだろう。それを否定されたように感じても仕方ない。


「……神の考えは分からないけど、今は従う他ないよね。魔法で水を――」


 水を出す仕掛けが存在しないことを確認し、手っ取り早い手段として魔法を唱えようとしたところで、ふと腰元から魔力高まりを感じた。

 剣だ。アルの意思に関係なく、剣が魔力を吸い込んで、僅かな光を放ち出していた。


『なんだ、いきなり?』

「めっちゃ光ってますけど……?」


 暗い中でこの変化はよく目立つ。アルに遅れて異変に気づいた二人が困惑した声を上げた。

 アルは慣れ親しんだ剣の柄を握りながら首を傾げる。

 この変化の正確な理由はアルとて分からない。ただ、この剣が精霊銀製であり、何らかの意図によりフォリオから鍛冶師の手を介してアルに贈られたものであるのは確かだ。


「……無機物に意思が宿るか否か」


 剣から伝わってくる要求にアルは目を細めて考え込んだ。アルは様々な事象を論理的に理解することが好きだ。剣が何かを語りかけてくるなんて、簡単に信じられるものではない。

 だが、この剣はかつてアルを主に選ぶということをしてみせた。それは剣が意思を持つという事実を裏付ける、一つの証である。それを頭ごなしに否定するほど、アルは愚かではない。


「――長い付き合いだし。とりあえず信用してみようか」

『何を言ってるんだ』


 不思議そうに顔を覗き込んでくるブランに微笑む。独り言じみていたのは自覚している。だが、言葉に出すことで、よく分からない事象をとりあえず受け入れる気持ちになれるのだ。


 静かに引き抜いた剣は、暗闇の中で美しい光を放っていた。それから伝わってくる意思を確認して、アルはその切っ先を枯れた花びらが詰まる石の中央に向ける。

 まるで石に沈み込むように、剣が突き刺さった。


「ハッ!? なにこれ、勇者の剣の逆バージョン的な!?」

『……ほう。もしや、鍵として渡されていたのか』


 意味の分からない言葉を叫ぶアカツキはともかく、ブランはすぐにアルがしたことの意味が分かったらしい。

 さすがの相棒の察しの良さに笑みを浮かべるアルの前で、剣を刺したところから滾々と水が溢れ、花びらが瑞々しさを取り戻していった。

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