第227話 情報の共有

 冒険者ギルドでの資格手続きはつつがなく終わった。ソフィアが手を回してくれていたおかげで、依頼完了を告げるだけで済んだのだから、面会の際にはとびきりの手土産でも持って行くべきだろう。

 用事が済むと攫われるような勢いでレイの宿に連れ込まれたが、一年近くも結果的に無視をしてしまった不義理を思えば仕方あるまい。


『おお、やはりお前は気が利くな! このケーキ、旨いぞ!』

「……ブラン、完全に餌付けされてんじゃん。でも、これまじでうまーい! レイさんのところのかな?」


 話をするために席についた途端、レイがテーブルの上にスイーツと果物を積み上げる。それを目にして一気に態度を軟化させ食欲に走るブランを、アルはジト目で見下ろした。

 つい先ほどまで強引な態度のレイに文句を言って、アルを守ろうとしていたとは思えない。あっさり懐柔されすぎだ。

 その横でブランを馬鹿にするように呟きつつ、美味しいものに顔を綻ばせているアカツキも、人のことは言えない。


「ノースの昔ながらのケーキだ。ドライフルーツが練り込んである。……さて、そろそろ説明をもらおうか。これを食い尽くすくらいの時間はあるだろう?」

「……別に足止めされなくても、きちんと説明するつもりでしたよ?」


 どうやらこの食べ物の山は、レイなりの拘束法らしい。そこまでされなくても逃げるつもりはないが、一年近くも連絡を断っていたことになっているアルに向けられる信頼はないようだ。

 じろりと睨まれて、アルは目を逸らしながら何をどこまで話すか考えをまとめた。


 異次元回廊はその存在を知る者が限られる場所だ。精霊が管理し、知った者は全て試練に放り込まれる。

 フォリオに事情を話せば見逃してもらえるかもしれないが、アルはそんな博打をするつもりはなかった。それゆえ、これまでの話をするにしても、異次元回廊の存在は除かなければならない。


 余計なことは話さないようにしながら、訥々と言葉を紡ぐアルをレイの冷静な目が見つめた。


「実は昨日まで、アカツキさんのダンジョンと似たような場所にいたんです。そこはちょっと外部と空間が違っていて、転移箱が上手く作用していなかったみたいで……レイさんのことを無視したわけではないんですよ?」

「――へぇ、アカツキのダンジョンと似たような場所な……」


 レイの鋭い視線が射抜いてくる。それに含まれた「なんか誤魔化してんだろ」という意に気づかない振りをして、アルは笑みを浮かべて頷いた。そして、卓上の転移箱から溢れた手紙に目を落とす。全てレイから届いていた手紙だ。


「……心配をお掛けしてすみません」


 手紙に綴られた文字を指先で辿り、目線を上げてレイを見つめる。手紙からは、アルの状況を心から心配している様子が伝わってきた。アルが意図したことではないとはいえ、申し訳なく思うのが正直なところだ。


「……はぁー……無事だったならいいんだ。こっちが勝手に慌てただけだ」


 大きなため息とともに手を振って、レイはアルの謝罪を退けた。そして気を取り直したようにテーブルに頬杖をつきながらアルを見つめる。その顔に、久しぶりに見る笑みが浮かんでいた。


「それで? どんな大冒険をしてきたんだ? お前のことだ。突拍子もないことしてたんだろ?」

「それ、どういう意味です? 僕は常識人な冒険者ですよ?」

「はっ、普通の冒険者は、そう簡単に消息を絶ったりしねぇよ。というか、本気で自分のこと常識人だと思ってんのか? 魔の森を旅して、得体の知れない場所に無謀に足を踏み入れる常識なんてないぞ?」


 心底不思議そうに見つめられて、アルは思わず眉間に皺を寄せた。自分がそれほど突飛な人間だとは思っていないのだが、レイとの間に深い認識の溝がある気がする。


『アルが常識人というのはないな。世捨て人……というほどではないが、普通の人間より世界への関心が薄いのは間違いない。どんな環境でも生き抜く実力があるから、別にそれで構わないんだがな』

「それでも人間だろう。あまり人里から離れすぎない方がいい。人としての生き方を忘れちまう」


 何故かブランとレイが睨み合った。ブランの頬が詰め込んだケーキで膨らんでいて場が締まらないが、双方ともに真剣な目をしている。


「……レイさんは、何を知っているんですか?」


 無言の争いを止めるように、アルはレイに疑問を投げつけた。レイの言葉は、まるでアルと精霊の繋がりを知っているように聞こえたからだ。

 ブランから逸らされた視線がアルに向いた。何かを推し量るように目を眇めたかと思うと、レイが大きく息を吐いて俯く。その眉間に皺が寄っていた。


「……一年もの間、世界の情報から取り残されていたんだから知らないだろうが、最近帝国に不審な動きがある」

「不審な動き……」

「ああ。――分かたれた精霊の血を探しているんだと」


 ブランとアカツキがアルに視線を向けた。すぐに逸らしたものの、レイはそれを見逃していなかったようで、再び深いため息をついて、窓の外に視線を移す。


「精霊が人間との間にもうけた子だ。特殊な能力があるらしい。帝国は未だマギ国と戦争中。どうやら精霊の子の特殊能力を戦争に役立てたいらしいな。あそこの跡継ぎが抵抗しているようだが、それがどこまで保てるかは分からん。……精霊は空間魔法が得意らしいぞ」


 独り言のように聞こえるが、全てアルに伝えるための言葉だった。

 アルはその様子を見て、思わず笑みを零す。ブランも呆れたようにレイを見て、全てを悟ったようにケーキを食べるのを再開した。アカツキだけが戸惑ったように視線をうろつかせている。


「……どうやら思っていた以上に心配をお掛けしてしまっていたようで、本当にすみません。僕は帝国に捕まりませんよ。レイさんが国の意向に逆らって、機密情報を漏らす必要はありま――」

「うるさいな。情報は持っていて無駄にならない。四の五の言わずに受け取っておけ!」


 アルの言葉を遮るようにレイが吐き捨てた。悪態をついたように見えるが、それは照れ隠し、あるいはただ心配が募っただけのものだろう。

 隠密の立場で得ただろう情報を部外者にもらしていいはずがない。それにもかかわらず、つらつらと語るレイに苦笑しつつ、アルはその思いやりを有り難く受け取ることにした。


「――マギ国も精霊の子の存在について気づいているようだが、どうやら既に死んでいると思っているらしい。グリンデル国からの情報らしいが……心当たりは?」

「うーん……たぶん僕の魔力反応を感知できなくなったからでしょうね。グリンデル国には魔力で探知する魔道具がありますが、僕が昨日までいたところは、そういう魔道具も干渉できない場所でしたし」

「ああ、そういうことか。つまり、グリンデル国が再びお前を探そうとしない限り、マギ国は動かないな……」


 アルの答えに、レイが目を細めて頷く。

 しつこく追手を出していたグリンデル国だが、既にこの国からはその存在はなくなっているらしい。どこかでアルの生存の情報が伝わらなければ問題なさそうだ。

 今問題なのは帝国だ。ソフィアとの婚約の話もあり、この国を帝国の手の者が彷徨いているのはレイも把握しているらしく、苦々しい表情をする。


「……お前はさっさとこの国を出た方がいい。できれば……精霊の森に行け。あそこは排他的と聞くが、さすがに血縁者を追い出したりはしないだろう。帝国も精霊に牙をむくことはしねぇ」

「……ええ、行くつもりですよ。ですが、一週間ほどはこの国にいないといけません。お姫様と会う予定もありますし」

「ああ? アル、帝国にわざわざ情報をくれてやるような真似をするつもりか?」


 レイが訝しげに目を細めた。アルは苦笑しながら首を横に振った。


「帝国は僕の名も身分も既に知っているでしょう。ここにいることも。それでも接触してくる様子はない。……おそらくリアム様が帝国の動きを押さえているんです。帝国はドラゴンの意向を無視できないのだと、以前聞いたことがありますから――そうでしょう?」


 視線を逸らした先。窓の外に金色が見えた。

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