第226話 予想外の再会
ドラグーン大公国首都。
一夜明けてやって来たそこは、相変わらず活気のある雰囲気だった。むしろ以前よりも人々の顔が明るいようにも見える。
それが何故かと考えれば、ざわめきに紛れる声で容易に答えが見つかった。
「――ああ、食料への不安が払拭されたのか」
『アルとあの娘が取り組んだ作業は、順調に実を結んでいるようだな』
アルの呟きに、ブランも感慨深げに答えた。
野菜や穀物が並ぶ市がある。それらの価格は以前よりだいぶ低い。それだけ魔の森での食料生産が上手くいっているということだろう。魔の森内の耕作地を増やすなんて話も、雑踏に紛れて聞こえてきた。
「んん? 前も活気はあった気はしますけどねぇ。まあ、俺、ほとんどバッグの中だったんでよく覚えてないですけど」
「そうでしょうね。というか、アカツキさん、あんまりうろつかないでくださいね?」
アカツキが興味津々で周囲を見渡したかと思うと、子どものようにふらふらと店に向かおうとする。そのマントの裾を摑んで引き止めながら、アルは軽く睨んだ。
街に慣れていない者が警戒心なく動き回ったら危ない。アカツキから目を離したら迷子になった上に厄介事に巻き込まれそうだ。
世慣れなさの自覚はあるのか、アカツキは気まずそうに作り笑いを浮かべて、アルの傍にピタリとくっついた。大剣を担いだ男が傍を通り過ぎていったから怖かったのかもしれない。
「――やっぱここは異世界なんだよなぁ」
「今さらでしょう。ほら、さっさと行きますよ」
あまりくっつかれるのも邪魔だと思うものの、人の姿で初めての街なのだと分かっているので口にしないでおいた。
『アル、アル! 旨そうな物売ってるぞ! 食おう!』
「さっき朝ご飯食べたばかりでしょ……」
『そんなもん、魔の森を通って来る間に消化しきってしまったぞ。ほれ、あれはコメを使った飯みたいだぞ。食べたことないんじゃないか?』
「コメ?」
肩に乗ったブランの要求を聞き流していたが、アルも興味を惹かれるような情報が飛び込んできた。思わずブランが指す方に視線を向ける。視界の隅で、ブランがしたり顔をしているのに少し腹が立った。
「米……あ、ちまきみたいな感じっすね? おお、あれは角煮が入ってるみたい、美味そう……」
「ちまき……炊き込みご飯じゃないんですか?」
屋台の近くでは、葉っぱに包まれた茶色のコメの塊を齧っている人がたくさんいた。どうやら食べ歩きに人気のメニューらしい。コメはアルたちが伝え栽培することになった物だが、ここ一年ほどで急速に普及しているようだ。
「普通はもち米のはずですけど……普通のコメで作ったら、確かに炊き込みご飯? でもあれ、もち米に見える……?」
「モチゴメ……コメの一種ですか? 品種改良でもしたのかもしれませんね。普通は年月がかかるはずですけど、魔の森なら生長サイクルが早くて研究しやすいですし」
「ふえ~、もしそうなら、米も色んな種類があるんですかね~」
アカツキが顔を綻ばせて声音を明るくした。以前聞いたのだが、アカツキの故郷では野菜や穀物の品種改良が盛んだったらしい。世界一と言ってもいいくらい、野菜も果物もコメも美味しかったのだと、懐かしそうに、誇らしそうに語っていた。
『難しいことはいいから、買いに行くぞ!』
「はいはい、食べるのは後でね」
『なんでだ⁉ 温かいうちに食うのが旨いだろう!』
「アイテムバッグに入れてたら、出来立てのままだよ」
抗議する声を聞き流し、屋台に寄って三人分購入する。手を伸ばすブランを躱してアイテムバッグに仕舞い、急ぎ足で屋台通りを進んだ。いつまでもここにいたら、ブランが次々に食べ物を要求すると、これまでの経験から悟ったのだ。
『アルー、あの肉も旨そうだぞ!』
「アルさん、あれも温かそうで良くないですか?」
『おお、甘いものも良さそうだぞ』
「あれなんだろう? なんか四角い箱からお金が出てる……?」
「お、にいちゃん、これいるか? これはな、入れたコインが倍になって出て来るって商品でな――」
「え、すげぇ! 楽して金持ちじゃん!」
フラッと出店を覗いたアカツキのマントを勢いよく引いて、アルは強制的に連れ去った。
「買いません! こんな分かりやすい詐欺に引っ掛かる人、普通います⁉」
「ええ⁉ 詐欺? 詐欺だったんですか?」
目を白黒させるアカツキを見て、アルは深い疲労感を覚えた。やはり自由にさせてはいけない人だと改めて実感する。
アカツキを騙そうとした店員さえ、立ち去るアルたちの背に向けて「こんな分かりやすい手に引っ掛かっちゃだめだぞー」と忠告を飛ばしていた。そう言うくらいなら引っ掛けようとしないでほしいものだ。
『アカツキ、お前馬鹿だろう。魔物の我でさえ、あれはありえないと分かるぞ……』
「えー、異世界ならありなのかなーって思うじゃん……」
食べ物の要求をやめるくらい、ブランもアカツキに呆れているようだ。アルはため息をこらえて、見えてきた冒険者ギルドに急ぎ足で向かった。目的を達成する前に、これ以上疲れるのはご免である。
冒険者ギルドの開け放たれていたドアを潜ると、久しぶりの光景が広がっていた。冒険者がたむろして、依頼を選んだり、金を受け取ったりしている。昼前だから人影はさほど多くない。
警戒すべき相手がいないのを確認して、受付カウンターに向かおうとしたアルの足が止まった。あまりにも思いがけない姿が階段の方から現れたのが見えたのだ。
「――レイさん!?」
「あ、ああー! アル、お前、この野郎!」
目が合った瞬間に、詰め寄られて肩を摑まれた。巻き込まれそうになったブランが肩から跳び下りつつ、レイの足に尻尾をぶつける。レイはそれさえ頓着しない様子で、アルを凝視していた。
その鬼気迫る様子に、冒険者ギルド内から視線が集中しているのを感じて、アルはこの場から逃げたくなった。あまり目立ちたくないのに、物事は上手くいかないものだ。
『危ないだろう! こら、アルを離せ!』
「おおう? 確か、アルさんのお友達……? なんでここにいるんですかね?」
アカツキがレイを見つめて首を傾げているのが視界の隅に映る。アルもレイがこの場にいることには疑問しかなかった。
レイはドラグーン大公国から離れたノース国の冒険者だ。しかも秘密裏にノース国に仕えている立場でもある。この場にいるのはあまりにもおかしい。
「……色々聞きたいことはあるんですが、まず場所を移しませんか?」
「……ああ、俺もそう思っていたところだぜ」
レイの強すぎる視線に負けて提案すると、唸るような声が返ってきた。怒りが溢れているように見えるのだが、それが何故なのかがよく分からない。
内心で首を傾げているアルに気づいたのか、肩から手を離したレイから半眼を向けられた。
「……俺の心配は杞憂だったようだが、一年近くも連絡がつかないのはひどくねぇか?」
「あ……」
異次元回廊と外の時差についてうっかり忘れていた。それに、あの地はコンペイトウがなければ転移魔法が使えない場所だ。レイから転移箱を通じて連絡が来ていても、上手く受け取れていなかったのかもしれないとようやく気付く。
気まずさから目を逸らしたアルを、レイは暫く無言で睨んでいたが、軽く手を振ってカウンターを示した。
「とりあえず、冒険者資格の手続きして来い。どこぞの姫さんがお前の資格に配慮をしてくれていたようだぞ」
「……ええ、まあ、それは知ってます」
どうやら事情をある程度知っているらしいレイに作り笑いを返し、アルはそそくさとカウンターに向かった。正直レイに何をどう説明するかで、頭はいっぱいである。
だが、様々な事情に通じ、アルのこともよく分かってくれているレイがこの場にいてくれたことは、情報を集めようと思っているアルにとって幸いなことは確かだった。
――――――
土曜日に更新できなくて申し訳ありません……!
体調を崩しておりました……。
一気に寒くなってきましたので、皆様もお気をつけてくださいませ(。>д<)
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